2-8
明け放たれた2階のテラスから少し肌寒い風が吹き込んできた。ロイが窓を閉めようとした時、ふわりと二つの黒い塊が現れた。
「速かったな。ここまでそれなりの距離があるだろう?毎回驚かされるな。」
ロイがクレアとウェントスを部屋に入れて窓を閉める。
「ロイも魔力を使えたらいいのにね。貴方、心構えはいいから、もっと凄い剣士になれたと思うわ。残念ね。」
「そこまではっきり言われると、傷つくことろを通り過ぎて腹立たしいな。」
ロイは露骨に嫌な顔で答える。
「ロイだって望んでそうなってるわけじゃないんだから、もう少し言い方考えろよ。」
相変わらず、ウェントスは人の気持ちをよく察する。
「もしかしたら、何かのきっかけで魔力が大量放出するかもしれないぞ。世の中に絶対はないからな。」
ルシアスも参加して、一通り和やかな話を終えた四人は本題に入る。
「さて、現場はどんな感じだった?」
ルシアスがソファでお茶を飲みながら、尋ねる。
「なかなか悲惨な現場だったわ。」
クレアは見てきた状況を伝える。ロイはその内容に顔をしかめる。
「なんだ、それは。命を弄んでるのか。不快な話だ。」
「私は見てきたことを話しただけよ。私に怒らないでよ。」
皆が黙り込む。ウェントスが4人分のお茶を淹れる僅かな音だけが聞こえる。
暫くして、ルシアスが口を開いた。
「今回の事件は今までと違う。」
ルシアスが言葉を選びながら、考えながら、ぽつりぽつりと独り言のように話始めた。
「首謀者は何らかの意図を持って実行し、何かを伝えようとしたのではないか?では、何を?」
立ち上がり、部屋の中をゆっくりと歩きながらルシアスは続ける。
「報復?警告?なんだろう?首の向いていた方向に意味がある?そして、なぜミネラ領で?」
「首は皆同じ方向を向いていたよ。王都の方角。」
ウェントスが補足する。ルシアスは壁に貼ってある大きなフェリシア王国領の地図の前で立ち止まる。
「鉄街道がこれ。ミネラ領からドロス領を超え、首都スピカへ続く。」
現在は鉄街道となっている川を指でなぞりながら確認する。
「今回の事件の現場はこのあたり。」
ウェントスがミネラ領の端、ドロス領付近を指す。
「そして皆こっちを見ていた。」
鉄街道に置いた指をスピカに向かって動かす。
「王家に恨みのある人間か?山ほどいてわからないな。」
ロイが呟く。
「ねえ、これは何の印なの?」
クレアが地図の一点を指す。ウェントスが現場から首都スピカまでを指で直線的になぞった線の近くに記されている記号だった。ロイも地図に近寄って確認する。
「それは城の印だ。この地図は古いから今とは記号が少し違うんだ。まあ、その当時の地図だから、ドロス王国の城と言った方が正確かな。」
ルシアスの執務室には、かつて王城で暮らしていた部屋に飾ってあった大きな古い地図が壁一面に飾ってある。誰がいつ作らせたのかわからないが、気に入っていたので引っ越しの時にそのまま持ってきたものだ。
クレアの言葉にルシアスが反応する。
「もしかしたら、ドロス家?しかし、ドロス家の影は数代前に消滅したと聞いている。残党か?何のため?ミネラ領である理由は?」
ルシアスがため息をつく。
「駄目だ。全くわからない。」
「それはそうだよ。まだ何も調べてないんだからさ。俺たちも気になることがあるんだ。」
ウェントスがルシアスに向かって話す。
「今回の事件は普通の、魔力のない人間の仕業ではないよ。この事件には、俺たちみたいなやつらが関わってる。俺たちも誰なのか知りたいんだ。だから、少しこっちの方に専念させてくれる?」
「私もそう思ってたところ。」
クレアも続く。
「そうだな。まずは情報を集めよう。しかし、危うい場面には絶対に踏み込むな。必ず帰ってくるように。いいな。」
ルシアスがそう告げると二人は嬉しそうな笑顔になる。
「わかった。ありがとう。じゃあ、ちょっと行ってくるね。」
「殿下、楽しみにしてて。」
そういって、クレアとウェントスの二人は部屋から去った。
ルシアスは再びソファに沈み込んでため息を漏らす。
「私が案を出したと同時にこのような事件が起こるとはな。私は運命から嫌われているのだろうか。全く嫌になる。」
「そう言うな。やれるところまでやってみるのだろう?珍しく弱気だな。」
「私にも弱気になる日があるのだよ。守るべきものが増えると、弱みも増える。心配が増える。」
「確かにそれはあるな。でも、守るべきものが増えるということは自分に近しい人が増えるということだろう?幸せなことではないか。」
「そうだな。君の言う通りだ。前向きにとらえないといけないな。」
「最近忙しかったからな。なんなら、夜の蝶たちに会いに行く護衛をしようか?たまには息抜きしたらどうだ?」
「それはもう無理だな。最近は顔を知られすぎている。」
「それもそうか。じゃあ、誰か連れてくるか?」
「いや、必要ない。これ以上、疲れたくない。どちらかというと癒しが欲しい。」
「なんだか老人のようだな。若者の台詞ではないぞ。」
「そうか?じゃあ、老人を癒してくれ。」
ロイが笑いながらふざけて返す。
「ルシアス翁、どのような癒しをお望みですか?小生にできることでしたら、何なりと。」
「そうか。では老人の頼みを聞いて欲しい。最近眠りが浅くて寝不足なのだ。少し仮眠を取りたいから、側にいてくれないか?」
「側にいる?」
「そうだ。それだけでいい。誰か、人の存在を感じていたいのだよ。寂しい老人の願いを叶えてくれるか?」
「仰せのままに。」
ロイはそういうと、ルシアスがほぼ横たわっているソファの足側に座る。
「反対側に。」
「いや、王族の頭側に座るのは遠慮させてくれ。」
「かまわない。命令だ。」
こういう時にルシアスは王族の権利を振りかざす。命令といわれるとどうしようもない。ロイはため息をついて頭側に座り直す。
「それでいい。何か面白い話をしてくれ。」
「わがままな王子だな。」
「そうだ。私はニセモノ最悪ボンクラ王子なのだ。」
「そう言えばそうだったな。今度、また街で名前を聞いてみないといけないな。変わっているかもしれないぞ。」
ロイとルシアスは、互いに違う方向をぼんやり眺めながら、静かな声で囁くように会話をする。
「そういえば、先日こんな話を聞いた。私の部下が城下で食事をしていたら…。」
ロイが他愛もない話を始める。ルシアスは目を閉じて時々相槌を打っていたが、次第に返事が遠くなり、寝息を立て始めた。ロイはルシアスが寝たのを確認して話を止める。
ロイはその顔を見つめながら、小さなため息をつく。「人の気も知らないで。」
ぽつりと呟いて、ルシアスの額にそっと口づけ、部屋を出た。




