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丁寧に手入れされた庭のバラの枝に小鳥が止まっている。顔は赤く、 背や肩羽は褐色で腰は白く、腰中央に黒い縦斑が1本、 黒い尾羽の先端は白く、左右に大きな白斑がある鳥だ。この鮮やかな鳥はゴシキヒワだ。美しい声で鳴くその様子は非常にほほえましい。
穏やかな午後の庭を東屋から眺めているルシアスの環境は、全く逆の状態であった。向かいに座っているのは、王太子アウルム、そして隣に座っているのは宰相ブルヌスである。実に不穏な空気が充満している。
今日は朝から鉄街道の現地調査の為に出かける予定だった。ロイと揃って出かけようとした寸前、城門で止められた。アウルムから東屋に訪れるようにという召喚である。そのまま踵を返して東屋へ向かい、優雅にお茶を飲むアウルムに挨拶する。
「ルシアス、来たか。君と話したいことがあってね。おや?出かけるところだったのかな?」
白々しい。
「はい。丁度出ようとしているところでしたが、大した事ではございません。それよりも、アウルム兄様、何のお話でしょうか。」
早く終わらせて、出発したいところだ。
「確認しておこうと思ってね。」
ルシアスは心の中で『来たか』と呟く。
「先日の報告会では随分と宰相殿と親しそうだったな。君とは未来について語り合い、共に歩もうと話をしたと記憶していたのだが、私の記憶違いだろうか?」
「いえ、確かに殿下とそのようなお話をしたことをしっかり覚えています。忘れたことはございません。」
「そうか。」
アウルムの顔に僅かながら笑みが浮かぶ。ルシアスが自分の傘下であることを再認識させるつもりなのだろう。
「あの時、兄様はこの国をより良いものとするために共にあってほしいとおっしゃいました。私もそのお考えに強く共感いたしたことを昨日のことのように覚えております。」
アウルムは満足そうに頷く。確かに、初めは助け合おうとルシアスも純粋に思っていた。しかし、王家の書類を故意に紛失させ、ルシアスの足元を掬おうとしたのは記憶に新しい。アウルムはまだルシアスが気がついていないと思っているのだろうか。そんな人間に従順であれと言われても無理な話だ。ルシアスは続ける。
「そして、兄様はこうもおっしゃいました。『我々が父上の本当の子である事を証明する何かが欲しい』と、その為には私の助けが必要なのだと。」
「その通りだ。そちらの方はなにか得られたか?」
「いいえ、残念ながら。しかし、もしかしたらと思うことがあるので、近日中に父王のお見舞いに伺おうかと考えている次第です。」
「そうか。万事順調のようだな。では、今後あのような紛らわしい態度は取らぬように。常に、私の側に控えておれ。」
アウルムの中では、アウルム派と宰相派の二通りしか存在しないらしい。アウルムの犬になるつもりはないのだが、とルシアスは心の中で呟く。アウルムは満面の笑みを浮かべている。しかし、次の言葉でその笑みは瞬時に消え去る。
「私は、この国のより良い未来のため兄様と共にあることを願いました。私の願いは、この国の、民の、幸せです。私はその為に私自身のできることをやりたいと思っています。ですので、時に兄様と意見が合わぬこともあろうかと思います。その時は、ご容赦を。私は自分が正しいと思う方に進みたいと思っています。」
貴方の犬ではないと暗に伝わったらしい。不機嫌な顔をしたアウルムが言葉を発しようとした時、東屋の外から声が飛び込んできた。
「おや、これはこれは。」
大げさに芝居じみた様子で続ける。
「素晴らしいお言葉が聞こえてくると思っていたら、お二人がいらっしゃったとは。奇遇ですなぁ。丁度、散歩をしていたところです。私もご一緒させていただいてもよろしいでしょうか?」
中年の物腰柔らかな紳士が返事も待たずに東屋に入り込む。もう一つ空席があるのだが、ルシアスの隣に立つ。宰相殿だ。この国で一番忙しい人がたまたま庭を散歩しているなどあり得ない。狙って来たのだろう。
「わざとらしい。邪魔をするな。」
アウルムが露骨に嫌な顔をして答える。
「ルシアスがお前になどなびくものか。幾ら媚を売ろうともそちらには付かぬ。」
勝手に決めつけないで欲しい。ルシアスがブルヌスに座ることを勧める。
「これはまた、随分な。私は一緒にお茶を楽しみたいと思ったまでです。」
ブルヌスはゆったりとソファに腰掛ける。その後、暫く二人の嫌味合戦が繰り広げられている最中、ルシアスは庭のゴシキヒワに気がついたという訳である。
二人が何とか折合いをつければ丸く収まるのではないかと考えていた時期もあった。しかし、様々なことを知るにつけ、互いが憎くてしようがないのだと、今現在ルシアスは理解している。
それぞれが複雑な思いを持って生きている。だから、人生が複雑になるのは致し方ない。そんな悟りのような心境でルシアスはゴシキヒワを眺めていた。
ゴシキヒワは、病人の部屋に置かれると、患者が回復する場合は希望のまなざしを向け、駄目な場合は目をそらすと聞いたことがある。先ほどからずっと見ているが、ちっとも目が合わない。この状況は駄目な感じということだろうか。
相容れぬ二人の嫌味が更に過熱しているのをぼんやり聞いていたルシアスの耳にある言葉が飛び込んできた。
「では、鉄街道案になにかご都合の悪いことでもお有りですか?随分とご立腹のご様子でしたが。」
「そうではない。貴殿が馴れ馴れしくルシアスと共に取り組むなどと言うからだ。」
「はて。特段馴れ馴れしいなどとは思いませぬが。それを言うなら、殿下とドロス公爵の方が余程仲がよろしいようにお見受けしますが。」
「貴殿ほどではない。私は四方八方に媚を売る質ではないのでね。」
「これは失礼いたしました。ドロス公爵は旧家ですから、殿下が懇意にされるのは最もの話です。鉄街道の改革に、さぞご懸念もあることでしょう。それに、先日のあの悲惨な事件が起きてますます心配ですなぁ。」
アウルムの顔が僅かに引きつるのを、ルシアスはとらえた。会議での二人の様子から、何かしらの繋がりがあることは気がついていたため、今調査中だ。しかし、あの事件とアウルムの関係とはなんだろうか。少なくとも宰相殿は何かの手掛かりを持っているようだ。
ルシアスの僅かな動きを捉えたのか、宰相殿がにこやかに話しかけてくる。
「ルシアス殿下、近いうちに対策案をもう少し詰めてみませんか?私からも少し提案してみたいことがあるのです。」
渡りに船だ。アウルムの前で約束をすれば、影で会っていたなどと弾弓されることもない。
「そうですね。では、後ほど使いの者を寄越しますので日程を合わせましょう。」
ふと庭のバラの枝に目をやると、ゴシキヒワが可愛く鳴いて飛び立った。飛び立つ前の一瞬、ルシアスは目が合ったような気がした。




