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それはとても悲惨な現場であった。
4頭の馬は逃げたのか、奪われたのか、いなかった。そこにあったのは、船を曳く馬の御者と護衛のものと思われる遺体だった。その数、7人。皆一様に首から上を失っていた。
その周囲にはおびただしい血が撒き散らされ、猛烈な鉄の匂いが充満していた。体は統一性なく倒れていたが、彼らの首はご丁寧に曳航道と川岸の間に等間隔で並べられ、皆同じ方向を向いていた。首をはね、並べたのだ。
川沿いの木立の上から二人で現場を観察する。
「気分のよいものではないね。」
「そりゃそうよ。こんなの、慣れるもんじゃないわ。慣れてはいけないものよ。」
「そうだな。少し前迄はこういう現場に全く心が動くことがなかったけど、今はなんだか違う。あの方の影響かな。」
「私たちも人らしくなってきたのかもね。」
頭から爪先まで真っ黒な二人が静かに会話する。クレアとウェントスだ。
「それにしても、凄いな。これは普通の盗賊の仕業ではないことは明らかだけど、一体どういう輩だろう。俺たちと同じ系統かな。」
「そうね、恐らく。でも、この辺りにそんな集団いたかしら?一人で7人相手ではなさそうね。血の散り方からして、数人で一気に襲ったように見えるわ。」
「俺たちが知らない暗殺集団?」
「うーん、分からない。こんなことなら、もっと頭目にいろいろ聞いとけばよかったなぁ。」
クレアが枝の上で愚痴りながら座り込む。
「でも、あの首はなんであんな風にする必要があるんだ?気持ちが悪いな。」
ウェントスが尋ねる。
「私達のようなものは命令に従うだけ。首を並べろと言われたらそうするでしょ?命令した人間が何かを伝えたかったのかしら。あの首が向いている方角は…。」
そう言いながら、クレアが首と同じ方向を目線で追う。ウェントスも同じ方向を向いてみる。それは、首都プリムの方角であった。
「王都?王族に反逆するってこと?」
ウェントスがクレアに尋ねる。
「わからないわ。全然違う意味かもしれないし。母様にも聞いてみましょうよ。」
「そうだね。」
鉄街道は、ミネラ領からドロス領を経て首都プリムまでゆるりと流れる河川に沿う形で作られている。船がすれ違う事ができるくらいに河川を拡張し、その両隣に曳航道を作った。つまり、運河と両側の曳航道を合わせたものが鉄街道だ。ミネラ領から首都プリムまでは広大な平野のため、その川の流れは非常に緩やかだ。しかし、緩やかながらも流れはあるので、一度推進力が付けば引く力をあまり必要とせずに馬車よりもはるかに多量の物資を楽に運搬できる。一方で、川は常に流れ、運河は一隻分の幅しかない。軽い船や小さな船は途中に設けられている運河に沿った坂道に船を陸揚げすることも可能であるが、積載量のある大きな船は不可能であるため、一度出発すると到着まで止まることはできない。その為、途中の数カ所の詰所に到着すると、歩きながら馬と人が交代する。そうやって、夜通し移動して、およそ一日で首都に到着する仕組みだ。
道が一本であり、そこを離れられないとなれば襲われやすくなる。だから、この鉄街道は護衛が多く付く。その一方で、後ろから絶え間なく次の船の一行がやってくるため、襲う側は時間をかけることはできないのだ。更に、鉄鉱石やその加工品は重量があるため、その全てが奪われることはない。盗品は陸路で運ぶことになるからだ。その為、効率よく短時間で襲撃を行うには、10人程でわっと急襲をかけ、どさくさに紛れて奪っていくというのが定番であった。しかし、今回は様子が違った。
暫くして、クレアとウェントスの待っている人間が来たようだ。遠くから騎乗した15名ほどが見える。二人は気配を消す。
「これは一体どういうことなのだ?」
ミネラ領主が騎乗したまま頭を抱えて嘆く。
「まだ状況が把握できておりません。護衛の者達は決して手を抜くような者達ではありませんでした。しかもこの様な有様。何処から手を付けるべきなのか。」
護衛隊長が言葉を濁す。その時、川下の方から声がかかる。護衛隊員の者だ。
「申し上げます。先程、川下にこの者達のものと思われる船が見つかりました。積荷には、荒らされた形跡がありません。」
ミネラ領主が嘆く。
「この者達は、何者かの意思を伝えるためだけにこの様なことになってしまったのか。何ということだ。なんという…。この様なことは、あってはならない…。」
苦痛に満ちた声に皆が沈黙する。護衛の仕事は、いつも危険と隣り合わせだ。命を落とすこともあり得る。しかし、前日まで楽しく話していたものが突然物言わぬ存在になるのは辛いものだし、この者達の家族の事を思うといたたまれない。
暫くして、ミネラ領主の凛とした声が響く。
「この者達に哀悼の意を捧げる。我が忠実なる剣よ、安らかに眠れ。汝の働きは我が心に永遠に刻まれる。」
そして、ミネラ領主は護衛隊長に告げる。
「この現場を克明に記録せよ。惨状を絵に書き留めよ。決してこの惨劇を忘れてはならぬ。必ずや、わが部下のかたきを討つ。心してかかれ。」
そして、現代で言うところの実況見分が始まった。その作業は半日かけて行われた後、遺体は丁寧に埋葬された。
作業が全て終わったのを見届けて、クレアとウェントスもルシアス邸へ戻った。




