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ロイから渡された記録の束を、ルシアスは机にぽんと置く。あまりに薄いので、滑って少し遠くまで行ってしまい、こともあろうに、ドロス公爵の前で止まる。
決して、嫌がらせではないことを分かってくれるのを期待しよう。
ドロス公爵が目の前の束を眺めながら言う。
「これは何ですかな?私に読めと仰るのですね?」
たまたまそこまでいってしまいました。
「読むほどのものではない。少し眺めてもらう程度で結構だ。それは、補修している者達の帳簿の中から鉄街道の補修の部分だけ抜き出したものだ。どんなに調べてみてもこれ以外、出てこない。」
続けてルシアスは、分厚い束をドンと机の上に置く。
「そして、これが鉄街道を使って運搬した時にドロス領に支払った通行料の記録だ。ミネラ家の記録と王都でその数を照らし合わせている。相違ないものだ。」
皆が遠巻きながら、覗き込む。
「で、何を言いたいのだ?そういう年があっても特段珍しくあるまい。」
アウルムが苛立たしげに言葉を荒げる。
「殿下、大事なのはここからです。」
ルシアスは、一拍置いてアウルムに微笑みながら続けた。
「私はドロス公爵家の収支について詳細を詰めている訳ではないのです。鉄街道の現状について説明しているのです。収入があるのに鉄街道の管理状態が悪化している。つまり、財はあるのに対策がなされていない。」
ドロス公爵の顔が険悪な表情となるのを確認しながら、ルシアスは続ける。
「何故このような事が起きているのか。公爵家が現状を知らないということはないでしょう。ならば、考えられることは二つ。一つ目は、状態悪化を知っているのに実施していない。つまり、現状に目をつむり暴利を貪っている。」
アウルムが鼻で笑って呟く。
「馬鹿げている。話にならん。」
その言葉を流してルシアスは話を続ける。
「二つ目は、状況は知っているが何らかの理由があり、そこまで手がまわらないので、実施できていない。」
ルシアスは、ゆっくりと皆が座しているテーブルの周りを歩きながら、一人ひとりの顔を見ながら話す。知っている顔が増えてきた。
「皆さん、ここで少し考えて欲しい。ドロス公爵家は長年王家に忠誠を誓い、尽力してくれている。そんな公爵家が私利私欲に走るとは考えにくい。なにか理由があって手がまわらないのではないかと。そう、私は思うのです。」
それを聞いたドロス公爵の顔が綻ぶ。
「なんと、ルシアス殿下。そのような事にお気づきになられたとは。お恥ずかしい限りですが、当家は公爵家なれば、様々な政に携わらねばなりませぬ。領内全てに手がまわらず、街道の修復、保全がおろそかになっていたやもしれません。盗賊に関しても我らの手のまわらぬところがあったやもしれません。」
ドロス公爵は嬉しいような困ったような顔をして、ルシアスに同調する。ドロス家の黒い収支を隠すためなら、この程度の演技はお手のものだろう。移身の早いこと、この上ない。
ルシアスもドロス公爵の演技に乗っかって、調子づきながら答える。
「やはりそうでしたか。私が心配していた事が起きていたのですね。」
そして、自分の席に戻ったルシアスは、皆の顔をぐるりと見回して続ける。
「そこで、先程私が皆さんに提示した案を考えていただきたいのです。」
多くのものが、笑顔をみせる。お茶会に出た甲斐があった。よい流れだ。アウルムとドロス公爵を頷かせる流れに持っていけそうである。
ルシアスはアウルムと視線を合わせて、ゆっくりと話しかける。
「アウルム殿下、この一件、私が請負います。よろしいですか?」
「よいだろう。」
言質は取れた。皆の間にどよめきが起こる。ルシアスはドロス公爵に目を向ける。
「仰せのままに。」
ルシアスは心の中で自分に最大限の拍手を送る。
後は、アウルムの気が変わらないうちに早急にこの部屋を辞するだけだ。ルシアスはにっこり微笑んで、急ぎの用があるのでと席を立つ。
その時、心地よいテノールが響いた。
「なるほど、よく分かりました。鉄街道管理は王国の財政にも直結するところです。是非、この宰相にルシアス殿下の補佐をさせていただけますか?」
この人を忘れていた訳では無いが、今、この時に言わなくてよい台詞だ。なぜ、掻き回す。折角の言質が取り消されてしまうではないかと思いながらも、笑みを浮かべて宰相に目を向ける。
そこには、穏やかな微笑みを称えた宰相殿がいた。そして、その横には恐ろしい目をしたアウルムがいた。二人の強烈な視線をまともに受けなければならないのは、なかなかに辛いものだ。アウルムの機嫌を損なわず、宰相への敵意を見せずにこの場を乗り切る言葉が必要だ。
ルシアスは少し間をおいて、一言伝えて部屋を出た。
「『正しい』と『間違い』という概念の向こうに、広い野原がある。そこで会いましょう。」




