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仰げば尊し  作者: 孤鶴
1.我が師の恩
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2-4

ウィリとの会合の後、ルシアスは定例会議に向けて「鉄街道危機管理対策案」という資料を作成することとなった。現在の正確な鉄街道の使用内容・頻度、整備にかかわる費用、及び被害状況等の確認とそれらに対する対策案の提示である。資料をつくるには、どうしてもドロス家への資料提供を依頼せねばならない。返事はないことを想定しつつも、型のごとく依頼書類は出す。

その一方で、早速パトロン依存の行動を開始した。ドロス家周囲の、実際に仕事をこなしている者たちへの、盛大な接待である。舗装工事をしている者、運搬に関わる者、沿道の森林管理をする者等だ。直接料金を請求している者達に聞いた方が早いからだ。羽振りのよい商人のふりで偶然を装ってお近づきになり、浴びる程の酒を飲ませて娼館に誘う。これを数回繰り返すことで情報を聞き出すのだ。とても典型的であるが、これが存外うまくいく。そして、街道沿いで営業している飲食店、宿屋に訪れ、雑談と共に噂話を収集する。

今までこれらをルシアス自ら行っていたのだが、今回は自身の仲間たちと手分けして情報収集する。接待は、側仕えのジェニとその双子の妹ミーニが担当だ。ミーニは側仕えは性に合わないらしく、ルシアス邸の雑務一般をこなしてくれている、全能型の人だ。一方、飲食店や宿屋の情報は、クレアとウェントスが担当だ。

ルシアスとロイはひたすらに王都で開催されるお茶会なるものに出席し、顔を売って、華美な装飾を身にまとい、金と余計な色気をちらつかせる作業を繰り返した。



そうして2か月程が経ち、雪解けが進み芽吹きが感じられる頃、春の定例報告会議が開かれた。

重厚で大きな楕円のテーブルを、豪奢な椅子がずらりと取り囲む会議室の椅子に、ルシアスはロイを後ろに従え座っている。王の椅子には代理であるアウルムが坐し、その右隣に宰相殿、左側にルシアスという配置だ。座す前に、少しだけ視線を宰相殿に向けると、彼は嬉しそうに微笑んで大仰に会釈した。アウルムの顔が曇る。宰相殿とルシアスに何らかの関係性があるとアウルムは考えたのだろう。飼い犬に手を噛まれたとでも思っているようだ。ルシアスとしては、アウルムに忠誠を誓ったことは一度もないのだが。その様子に周りも気付く。新年の祝賀会の前に行われた冬の定例報告会議のような穏やかな雰囲気はなく、緊迫した空気が漂う中、会議が始まった。

通常通りの特に差しさわりのない報告が続いた。ウーベル領の報告もあった。これからが対策本番のようだ。続いて、ミネラ家は通常通りの報告と被害が増えてきていると報告した。これからのルシアスの提案への呼び水だ。全領主の報告が終わると、通常は雑談が始まるのだが、今回はアウルムの不機嫌な様子から皆が黙り込む。一瞬、水を打ったように場が静まり返る。

アウルムが不機嫌な様子を隠すこともなく、正面を向いたままルシアスに話しかける。

「ルシアス、何か言いたいことはあるか?なければ終わりにしようと思うのだが。」

おそらく何も言うなと言っているのだろう。先日の祝賀会で盛大に自分の側だと宣伝した者が、自分の意図せぬところで、しかも大勢の貴族の前で、敵の大将と親しさを滲ませた挨拶をしたことが気に入らない様子だ。


が、ルシアスはあえて満面の笑みを浮かべて発言する。

「一つだけ。」

アウルムの眉間に皺が寄る。ルシアスは周りを見渡して続ける。


「鉄街道について提案があります。先程の報告にもあったように、最近治安の悪化があるようです。鉄鉱石及び鉄の加工品は我が国の主要輸出品目であり、大きな利益を生み出します。ここは王家が関わって安全と恒常性維持を図らねばならないかと。」

アウルムの眉間の皺が一層深くなり、射抜くような視線を向ける。

「何故、突然そのような話が出てくるのだ?ドロス公爵は特に問題ないと先程、報告したではないか。何を考えている?」

お前ごときがしゃしゃり出てくるな、黙って自分に従っていろと言いたいのだろう。ドロス公爵も続く。

「恐れながら、ルシアス殿下。我が領内においてそのような報告は上がってきておりません。おそらく、自分の思い通りにならない者たちのひがみでしょう。そのようなことに関わっておられたら、身が持ちませぬぞ。殿下は最近まつりごとに関わり始めたとか。一人ひとりの声に耳を傾けることも大事ですが、その真偽を見定めるのも、また為政者の務めかと。」

青二才は黙ってろということのようだ。白髪の狡猾な様子のセルウス・ドロス公爵がルシアスを諭す様子をみて、アウルムの溜飲も少しは下がったようだ。アウルムが鼻で笑いながら付け加える。

「まだ、いろいろなことを学ばねばならぬな。この話はルシアスには荷が重かろう。詳細を調べてまた提案したらよい。今回、この提案は無しとしよう。」

その時、柔らかなテノールの声が発言した。

「ルシアス殿下、素晴らしい慧眼をお持ちですな。私も丁度、そのことについて提案させていただこうと思っていたところでした。いやはや、まつりごとに携わるようになられてまだ日も浅いにも関わらず、この重大案件にお気付きになられるとは。非常に興味深いお話です。詳しく聞かせていただいても?」

宰相殿が絶妙な後押しをしてくれた。内容的には嬉しいのだが、これでアウルム対ルシアスの構図が出来上がってしまった。ルシアスが慧眼ならば、アウルムは節穴とでも言いたいのだろうか。嫌味満載である。


ここまでくると後には引けない。ルシアスは、ロイから受け取った書簡を大きなテーブルの上に広げる。そこには、昨年1年間の鉄街道利用料の総額、補修・整備の総額、鉄街道の略図が記載されていた。昨年に関しては、ほぼ補修・整備は実施されておらず、利用料の殆どが収入となっている。さらに、鉄街道の実際の略図と襲撃位置をバツ印で示したそれは、全てドロス領内であった。これらの内容を、ルシアスが皆に説明したところで、ドロス公爵の顔が真顔になる。

「ルシアス殿下、これは一体なんでしょうか。私共の報告とは全く別物です。どこからこの情報を?このような偽物を出されても、私としては何とも言いようがありませんな。」

アウルムも苛立って付け加える。

「なんだ。この茶番は。馬鹿げている。ルシアス、どうした?何がしたいのだ。」

ルシアスはほほ笑んだまま答える。

「これは茶番でも、偽物でもありません。では、その根拠をお示ししましょう。」

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