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ミネラ侯爵家は、フェリシア王国の西側にある、ウーベルに次ぐ古さのミネラ領を統治している。古参の領主であるのに、なぜ侯爵なのかというと、その土地にこれと言ったものが無かったからである。広い平原が多くを占めるこの領地は、農作物の質も量も特段際立つものがなく、工芸品もあるのだが、特別良いとも悪いともされない位置付けだった。収益も納税も特段目を引くものが無かったため、ミネラ家はずっと侯爵家だったのだ。
そんなミネラ家に、30年ほど前、大きな転機が訪れた。良質な鉄鉱石の鉱脈が見つかったのだ。以降、ミネラ領は、鉄鉱石とその加工品により莫大な富を生み出す領土に変貌した。その利益は国家の半分とも噂されている。
その富を生む鉄鉱石や加工品を、港湾都市であるフェリシア王国首都プリムまで輸送するための道が鉄街道だ。鉄街道はミネラ領とフェリシア領の間にあるいくつかの領地を貫いているため、鉄鉱石や加工品から得られる富をむしり取ろうとする輩が出てくる。その筆頭が、ドロス家というわけである。
ドロス領も海に面しているのだが、残念ながら断崖絶壁のため、港を作ることができない。それ故、断崖絶壁の途切れた先、王都プリムまで輸送が必要となる。
ドロス領内の鉄街道を作ったのは、勿論ドロス公爵家である。その為、使用料を支払うことに双方異議はなかった。しかし、年々使用料は高額になり、今や取引価格の4割を占めるほどになっているという。更に、近年に至っては道の整備もされなくなり、酷い悪路のため輸送も困難になってきているそうだ。
そして、驚くべきことに、この鉄街道では絶妙な頃合いで盗賊が現れる。毎回輸送時間は異なるのに、鉄鉱石と鉄製品のみ襲われる。対策として馬車の外装を穀物と同じにしても、面白いほどに、鉄製品と鉄鉱石だけ狙われる。ドロス領内で。死人こそまだ出ていないが、こちらも被害の程度が年々悪化している。
ドロス家に何度も街道の整備と治安の改善をお願いしても、薄ら笑いを浮かべながら「善処する」といわれるのみで、改善することはない。加えて、この数年はドロス家の羽振りが良いようだ。主犯格はぼんやりと察しがつく。ここまで露骨に酷いことをされても、証拠がなければどうにもならない。加えて、ドロス家は公爵家であり、ミネラ家は侯爵家であるため、ミネラ家がドロス家に物申すことは御法度である。王を頂点とする身分制度には逆らえない。理不尽な事、この上ない。
そんな状態を打破するべく、ウィリが行動を起こそうとしているというわけだ。ルシアスは、一通り話を聞いた後、ウィリに諭すように伝える。
「ウィリ、内容はよく分かった。だが、まずは情報収集だ。性急に動いてもよい結果は得られない。私もまだ何も力を持たない王族だ。何ができるのか分からないし、君が思うより時間がかかるかもしれない。まず、何をすべきか、からだ。」
「そんなことはわかってるわ。ルシアスに全てを任せようなんて思ってない。ミネラ家も全力を尽くすつもりよ。そこで、一つ提案があるの。」
「提案というと?」
ロイが加わる。
「ルシアスには、まず鉄街道の具体的な安全対策、例えば護衛団の設立や道路の整備・管理を行う組織の設立とか、そういった案を定例報告会議に提出してほしいの。そうすると、鉄街道で利益を得ているミネラ家がルシアスに加勢するのは当然でしょ?」
流石はミネラ家時期当主候補だ。既に考えがあるらしい。ウィリが続ける。
「ルシアス、力とは財力よ。今はお金が物をいう時代。だから、ルシアス・ステラ・フェリシアの後ろ盾にステラ家がなってあげるわ。それで、ルーは王族としての力をつけるのよ。」
ウィリが美しく微笑んでみせる。物事を円滑に進めるために金で解決ということだ。
「つまりは、ミネラ家がルシアス王子のパトロンになるわけだな。そして、王子は金にものをいわせて貴族たちを従え、国政における地位や権力を強固なものにする。一方、ミネラ家は金はあるが、権力はない。そこで王子を立てて、今の地盤をより強固なものとする。願わくば公爵家に格上げ、か?」
ロイがまとめる。
「その通りよ、ロイ。そして、私はミネラ家当主になりたい。王太子側室じゃ駄目なの。私が側室になると、ミネラ家は存続できない。ミネラ領は王家か、他の貴族のものになるわ。アウルム様はそれを狙っているのでしょうけど、ミネラ領は渡さない。ミネラ家も途絶えさせないわ。」
様々な人の、様々な思いが交錯しているようだ。
「ウィリはミネラ家を私のパトロンにすることで、アウルム様と私を対立させて、側室の話を荒立てるつもりだな。そして、鉄街道に王家が介入することで動き始める何者かを見つけるということか。」
ルシアスが付け加える。
「そう。今、私が考えている計画は概ねそんな感じ。どうかしら。ルシアスにも悪い話ではないと思うのだけど。」
「そうだな。アウルム様とは、当初共に王国の未来を語り合った仲ではあるが、最近思うところがある。対立してみても面白いかもしれない。」
「なにかあったのか?」
ロイが尋ねる。
「ウーベル領でのことだ。出発時に携帯したはずの王家の白紙の書簡が紛失した。私が自由に取り決めてよいとアウルム様から渡された白紙の書簡だ。」
「紛失した?」
ウィリが問う。
「そうだ。決して紛失してはならない書簡だ。それは厳重に鍵のかかる木箱に保管され、私の部屋に置かれていた。それが消えたのだよ、書簡だけ。リドアが現れた朝にね。」
「どういうことだ?」
今度はロイが尋ねる。
「リドアの話を覚えているか?私の部屋を訪ねた時に、扉の前の衛兵がいなかった、と。」
「そういえば、確かにそうだった。」
「書簡と共に消えた衛兵。彼はアウルム様の衛兵だ。そして、先日、私の優秀な部下がその衛兵がアウルム様の側近の一人として働いていることを確認したというわけだ。」
「それは…。」
ロイが言葉に詰まる。
「ルーは、アウルム様に遊ばれたってこと?」
ウィリがロイに代わって尋ねる。
「その通りだ。愚かな第12王子をおちょくってみたのだろう。木箱を開けたら何も入っていないことを知った王子が慌てふためく様をね。」
「随分と馬鹿にしてるわ。」
「私もそう思うよ。でも、ウーベルの一件は皆が私の実力を推し量っていたのも事実だ。どれほどの対応能力があるのか、試したという側面もあるのだろう。」
「で、サスが王都まで走ることになったというわけか。」
「そうだ。サスには悪いことをした。」
「アウルム様って、思っていたよりあまりいい人ではなさそうね。」
ウィリが言う。
「王族でいい人などいないだろう。私だって、相当に性格はねじ曲がっているぞ。」
ウィリとロイがそうだねと頷く。否定してくれると嬉しい場面ではあったのだが。
「それはそうと、ルーの優秀な部下って誰?気になるわ。」
ウィリが興味深げに尋ねる。
「それは秘密だ。私の数少ない情報網だからね。」
「それもそうね。情報は大切だものね。」
ウィリが引いてくれた。
「では、ウィリはどのようにして情報収集しているのだ?」
ロイが尋ねると、ウィリが誇らしげに答える。
「我がミネラ家は、貴族と言っても、やっていることは商売と似ている。商売は情報が命。あらゆる情報網を使って集めているの。長い年月をかけて築き上げたものよ。」
そして、ウィリが怪しげに微笑んでルシアスに言う。
「詳細は、我が一族の秘密。ルーがミネラ家に嫁ぐなら教えてあげる。」
「それは魅力的な話だが、残念ながら私が知り得ることはなさそうだな。」
そんなやり取りから、いつもの無駄話をして三人の集まりはお開きとなった。
帰り際、ウィリは開けられたドアの前で振り返り、ルシアスとロイを見てそれぞれに一言付け加えて去っていった。
「ロイ、素敵なブローチね。」
「ルー、自己主張が強すぎるわ。いつも二人でいるのに、ロイに手を出すような人はいないわよ。」
彼女の情報網は広いようだ。




