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「ミネラ家のよくわかっているもの」にサスが事務仕事の手ほどきを依頼した後、一人の人物がルシアス邸に期間限定で訪れた。ミネラ家の家令と双璧をなした敏腕の経理財務担当であり、昨年年齢を理由に退職した、ドーラ・カルタという女性だ。温和な祖母のような雰囲気の女性であったが、仕事となると非常に厳しい人だった。
まず、ルシアス邸に経理財務室なるものが創設され、机がずらりと並べられた。そして、ルシアス邸で働くものたちが午前、午後で事務作業を行う形で始まった。専門性が高い部分も多く、1週間もするとできるものとできないものが出てきたため、ドーラが適性をみて、専任のものを選んだ。今現在は専属3人とドーラの4人体制で経理財務処理を行っている。ドーラの3か月の契約期間が終わるまでに新規採用をせねばならないが、彼女の仕事量をこなすには3人ほど必要そうだ。
そして、彼女の介入は素晴らしい成果を上げた。一か月ほど積まれていた山のような書類は驚く程正確に、適切に処理され、消え去った。そして何よりも、事務仕事に割く拘束時間が半日もせずに済むようになったことが、ルシアスにとっては最も喜ばしいことであった。ドーラには感謝しかない。
時間の余裕ができたルシアスのもとに、ウィリこと、ウィリディス・ミネラ侯爵令嬢が訪れたのが、ドーラが来て2か月ほど経った頃であった。珍しくルシアスに相談したいことがあるというのだ。今まで逆はそこそこあったのだが、ウィリ自らルシアス邸に訪れて相談とは初めてのことである。
いつものことであるが、ルシアスとウィリとロイの三人が集まると一機に砕けた雰囲気になる。ウィリが世間話もそこそこに切り出した。
「突然なんだけど、どうにかして鉄街道を安心して使用できるようにしてほしいの。」
「というと?」
ルシアスが尋ねる。
「『ドロス侯爵家とその仲間たち』よ。」
「なんだ?それは。」
今度はロイが尋ねる。
「あの人たちをどうにかしてほしいの。」
込み入った話のようだ。
「具体的に教えてくれるかい?」
ルシアスがそう言うと、ウィリが堰を切ったように話し出した。
「どうやらドロス領を通過するときに通過税とかなんとかいって、通行料のようなものを取ってるみたいなの。ひどいでしょ?そういうことをされると価格にその分を上乗せしないといけないから、取引の価格を上げざるを得なくなる。価格を上げると売れ行きが落ちる。でも、価格をそのままにすると、働く者たちの収入が減ってしまう。どちらにせよ、それが積み重なっていくと、ミネラ領全体に影響が出るようになるわ。由々しき問題よ。それにミネラ領ではほとんどないのに、ドロス領に入ると盗賊に襲われることが増えてきている。おかしいのよ。何とかしたいけど、ミネラ侯爵家ではドロス公爵家には何も言えない。何故あんな低俗な人たちが公爵家なのかしら。本当に家格の差が恨めしいわ。だから、王家の力が必要なのよ、ルシアス。」
思いの丈を語って幾分か落ち着いたウィリが、一息つく。
「私は最近やっと政治活動を始めたばかりなのは知っているだろう?勿論、ドロス公爵など会ったこともない。簡単には進まないと思うが。」
ルシアスがそう答えると、ウィリがげんなりした顔をする。
「本当に何をしてたのよ。何をしてたかは分かってるけど。ルシアス、貴方無駄な時間を過ごしてきたわね。」
痛いところを突いてくる。
「それは私自身もよく分かっている。改めて言ってくれるな。それよりも、なぜアウルム様に相談しないのだ?私より余程力になってくれそうではないか。」
ウィリは少し間を開けて答える。
「アウルム様とはあまり話したくないの。」
「なぜだ?」
ロイが尋ねる。少しだけ、ウィリは言葉を詰まらせた後、小さな声で答えた。
「アウルム様から側室の話が来てるのよ。」
ルシアスとロイは驚いて目を合わせ、ロイが答える。
「それはよかった、な。」
「よくないわよ。」
「なんというか、喜ばしいことだ。おめでとう、ウィリ。」
「ルー、本当にめでたいと思ってるの?ねぇ。」
ウィリが苛立って答える。
「通常は喜ぶ話ではないか。側室とはいえ、侯爵家の娘が王太子に望まれて嫁ぐのだ。」
ルシアスは一般的な意見を述べてみる。
「いざ自分に降りかかってくると嫌なものね。この前の晩餐会の時に打診されたの。」
ルシアス帰還と新年の祝いを兼ねた晩餐会の時のようである。
「少し詳しく聞かせてもらえるだろか。」
ルシアスがそう尋ねると、ウィリが消沈した様子で答える。
「晩餐会の途中、バルコニーで一息ついていたの。その時、アウルム様がいらっしゃって、『王国の発展のために君を側室に迎えたいと思っている。どうだろうか。考えてみてほしい。』と仰ったわ。」
「それで君はなんと?」
「少し考えさせてくださいと、当たり障りのない返事をしたわ。最終的な返事は決まっているのだけど、なんだか少しあがきたくなってしまって。嫌なものね。」
はぁと大きくため息をつくウィリに、ルシアスが砕けた様子で言う。
「相当に嫌な様子だね。まず、側室という立ち位置が嫌。そして、アウルム様も嫌。でも、侯爵家に生まれたからには受け入れなければならない。でも、嫌なものは嫌だ。できることならば、なにか断るいい方法はないものか。といったことろかな。勿論、私はいつでもウィリの味方だ。手を尽くすよ。本当は、それが言いたくて今日ここまできたのかい?」
ウィリの顔が綻ぶ。その様子を見て、美しい人だとルシアスは改めて思う。
ウィリはルシアスを抱きしめ、額同士を合わせて、瞳を見つめる。
「大好き、ルー。鉄街道の相談をしたかったのは本当よ。でも、側室問題も不安だったの。やっぱり今日来て良かった。」
そんな様子を見ていたロイが付け加える。
「お姫様、我々にお任せください。」
そう言って、おどけて深くお辞儀をする。ウィリが顔を上げたロイも抱きしめる。
「ロイ、大好き。二人がいてくれて良かった。」
「でもこういうことは我々貴族には仕方のないことだろう?なぜそんなに嫌がるのだ?」
ロイが不思議そうに尋ねる。
「私だってそんなことはわかってるわ。そんなに物事が分からない子供でもない。でも。」
そう言ってソファに座りながら、ウィリがルシアスに視線を向ける。
「なにかおかしいと感じるの。ねぇ、ルシアス、貴方もアウルム様になにか感じない?なんというか、すごく表現しにくいのだけれど、違和感というか。近寄ってはいけないような気がして。」
ウィリの言葉を聞いて、少しだけ逡巡したルシアスがウィリの前にゆっくり跪いて、ウィリと視線を合わせる。
「ウィリ、ウィリディス・ミネラ。君は私の妻になってくれるかい?」
突然の言葉にロイが驚く。
「本気なのか?アウルム様対策なのか?ルシアス?」
ルシアスとウィリは見つめ合ったまま動かない。ロイが部屋を出るべきと判断して、二人に背を向けた時である。
「我慢しろと言われたら、我慢できるけど。できればご遠慮願いたいわ。」
ウィリが不満げな声で答えた。
ルシアスが楽しそうに笑い出す。ロイは更に驚きながら振り返る。ルシアスは今しがた結婚の申し込みを断られたのに、なぜ笑っているのだろう。理解に苦しむ。衝撃が大きすぎて、逆に笑ってしまったのだろうか。
「良かった。ウィリがちゃんと断ってくれて。」
ルシアスが嬉しそうにそう言う。更にロイには理解しがたい言葉が出てきた。
「ルシアス、何を言っているんだ?私には全く分からないのだが。」
ロイが困惑しながらルシアスに尋ねると、ルシアスが楽しそうに答える。
「ウィリには申し訳ないのだが、少し試させてもらったのだ。」
「試した?」
ウィリが不思議そうに言う。
「そうだ。ウィリは今、私の申し出を断った。」
「ええ、そうね。」
「それが重要なのだ。ウィリは凄いな。」
「どういうことだ?」
ロイが尋ねる。
まだ確信はないのだが、とルシアスは二人に自分の仮説を伝える。驚いている二人にこう告げた。
「まだ仮説の段階にすぎない。しかし、本当だとするなら、国の根底を揺るがす事になるだろう。だから、慎重に確認すべきと思っている。丁度良かった。二人には話そうと思っていたところだった。」
ウィリが少し考えて言う。
「でも、ルー。それは王族であるあなたの身にも影響があることよ。はっきりしなくてもいいのではないかしら。」
ロイがルシアスに代わって答える。
「知ることと知らせることは別だ。私達が正解にたどり着いたとしても、それを他人に伝えるかは別問題ということだ。言わなければ、知らないことと同じだからな。」
ルシアスが付け加える。
「そういうことだ。私は正解を知りたいだけだよ。」
「それにしては、事が大きすぎるぞ。私達も聞いてしまったではないか。」
ロイがげんなりした顔で言う。
「仮説にすぎないのだ。軽く聞き流してもらえばよい。しかし、これが本当なら、私がおかしな行動に出た時に二人には止めてほしいのだ。それは君たちにしかできない。」
「相変わらずルシアスの周りは騒々しいわね。でも、私の側室問題もどうにかなるかもしれない。嫌な気分が晴れてきたわ。私、いつでもルシアスの味方よ。」
ロイがため息混じりに付け加える。
「勿論、私も君たちの味方ではあるが。何も起こらないといいなぁ。」
なんとなく、三人の目が合って笑いがこみ上げる。
「それはそうと、まだ鉄街道の話が進んでいない。もう少し詳しい内容を聞かせてほしい。」
ルシアスの言葉にウィリが答えた内容は、なかなかに複雑だった。




