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仰げば尊し  作者: 孤鶴
1.我が師の恩
34/41

2. prologue

「もっと、なんというか、どうにかならないのか?」


執務室の机に頬杖をつき、書類を眺めながらルシアスがぼやく。

「仕事があってよいではないか。皆が君を必要としているのだ。喜ばしい事だ。」

ロイが隣の机で文字を書きながら答える。

「そうですよ、殿下。これからもっと増えますよ。この程度で音を上げてはなりません。」

サスも書類をまとめながら、げんなりしたルシアスの方を見てにこやかに答える。

ウーベルから王都に帰還して、3週間が経とうとしている。外はもうすぐ雪が舞いそうな気配になってきた。そろそろ暖房に火が入る頃だろうか。




3週間前、ルシアスが王都に戻るやいなや、行きよりも更に仰々しい帰還式典が催され、アウルムがこれでもかと言わんばかりの賛辞を繰り返した。その効果は絶大であり、その後、ルシアスは至る場所で数多の貴族から挨拶された。どうやら、王族認定してもらえたようである。


式典が終わった後、旅の疲れと傷を癒すために、母が生前使っていた小さな館に身を寄せた。1週間ほどして、肩の傷もすっかり良くなったルシアスは、そのまま生活の拠点をこの小さな館に移した。それが数日前の話である。その後間を置かずして、アウルムからの快気祝いと共にやってきたのが、この書類達なのだ。

元気で何より、頼りにしてるぞというメッセージが添えられた美しい花と共に、応接室の机の上にいくつもの書類の山ができた。そこで急遽、執務室を作り、机を置いて事務仕事を始めたというわけである。



新品の重厚な机に向かい、ルシアスは一番上の書類を手に取る。どうやら、王都のとある道路の舗装修理の許可願のようだ。こんなに困ってるという内容から始まって、だから道路舗装修理するので許可してね、という内が長々と書き連ねてある。なるほど書類とはこういうものなのかと感心しながら、許可のところに署名する。

次は、とある大きな商会の収支報告だ。収入と支出が記載され、その中で税金をどの程度払ったというものだ。後ろに分厚い伝票が添付されている。これはどうしたら良いのだろうか、この伝票を誰が確認するのだろうか、と思いながら、目を上げると気の毒そうなサスと目合う。

「それは、全て計算して収支を確認しなければなりません。ミネラ家でも全て確認していました。しかし、一人で最初から最後までやるとなると、とても大変ですね。」

「流石は、ウィリのミネラ家だな。しかし、これを確認するのは骨の折れる作業だな。」

ルシアスは伝票の束を揺らしながら答える。


フェリシア王国は、その成り立ちが、寄せ集めの国である。20年ほど前まで、そう、つい最近まで他国を合併するために動き続けていたため、それぞれの地域で自治を推奨していた。かつての国であったそれらの地域は王国からの横槍がはいらないことを喜び、地域それぞれにほぼ独立行政を行なっている。つまり、それぞれの地域毎にそれぞれのやり方でこのような書類が処理されているということだ。

王都プリム含むフェリシア領は王家の管轄となるため、小さな案件であっても領主である王家のところまで回ってくるのだ。フェリシア領では、人力豊富なことをいいことに、とりあえず上のものが全部許可という体制でやっていたらしい。


そう言うわけで、土木工事許可申請、納税報告、収支報告、質問状、はたまた入港許可願なども含めて、様々なものが束になって、ルシアスの元に毎日届けられるようになった。更に王家には、他の領主達からの報告書も送られるため、その量はとんでもないことになる。


フェリシア王家の慣習にならって、そんな書類たちと悪戦苦闘していたルシアスが2日ほど頑張った結果、冒頭の愚痴を零すに至ったのだ。



「しかし、このままでは毎日が書類に向かって終わってしまう。ミネラ家では、ウィリやミネラ侯爵がこれら書類に全部目を通しているのか?」

ルシアスは場所を移し、ソファ沈み込むように脱力しながらサスに尋ねる。

「はい。目を通していらっしゃいます。しかし、正確に申しますと、まとめたものを確認して署名をしていらっしゃいます。」

「まとめたもの?」

「はい、そうです。ミネラ家では、鉄鉱石の産出に由来する鉱山管理、鉄製造、それを商う者たち等、様々なものたちが多量の書類を提出します。それを、先ず大まかに種類ごとに分けて、更に内容ごとに分けます。それをまとめて書類を作る者たちが専属でおります。」

「なるほど。それはとても良い方法だな。ルシアス、君には申し訳ないが、王家のやり方では効率が悪いように思う。」

ロイも書く手を止めて会話に参加する。

「私もそう思っていたところだ。実質、アウルム兄様と私の二人で全ての書類仕事をやっているのだから、もっと効率を上げないといけない。」

ルシアスはソファに沈めた背中を起こして続ける。

「書類を専属で処理する者たち。良いな。ロイ、君にその役を任せよう。」

「なにを言っているのだ?ルシアス、私は君の護衛だ。他の仕事をやるのは職務放棄にあたる。」

「問題ない。兼任だ。私の隣で、今のように手伝うだけだ。護衛の役割もしっかり果たしているではないか。」

「相変わらず無茶なことを言う。まずは関係各所に相談してからだ。」

もっともである。


早速、3人で作業に取りかかる。先ずは1つ目の書類の山を分類する。農林水産、商業、交通、税金、教育、保健、金融、等。書類を箱に分類して入れていく。仕分けをしていると、使用人たちが寄ってきて、一緒に分類を始める。皆でそっちだ、どっちだと言いながら、2つ目、3つ目の山の仕分けをしていくと、存外楽しく、そして早く終わった。

「意外と楽しいものだな。」

ルシアスがそう言うと、サスがすかさず答える。

「殿下、ここからが大変なのですよ。」

例えば、とサスが説明を始める。概要を聞いたことろで、疑問が湧く。

「では、これらの書類を裁くのにどれ程の人間が必要なのだろうか?それに、細かいやり方を誰かに教えて貰わねばならない。適任の者はいるだろうか?」

「私も詳しいと言うわけではありませんので、ミネラ家のよく分かっている者に相談してみます。やり方もある程度は教えてくれるでしょう。」

「私のほうからもウィリに伝えておこう。」


ルシアスはその場にいる者たちを見回しながら言う。

「私を取り巻く環境が大きく変わろうとしている。私もこの環境に順応せねばならない。王家の伝統や慣習もあるが、私は私なりのやり方で進みたいと思っている。まだ詳細は決めていないが、これからは君たちにも新しい仕事を担ってもらうことがあるだろう。希望あるものは、その都度、名乗り出てくれると嬉しい。是非、私に君たちの力を貸してほしい。」

我ながらなかなかに良い話ができたと、ルシアスが悦に入っていると、何やら外が騒がしい。


「殿下、サクスム殿がお見えになりました。」

来訪を告げられる。

「相変わらず、よく喋る男だな。」

ロイが呟く。

「それが良いところだ。さあ、いこう。」



第二幕の始まりである。

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