閑話1
「ねぇ、いつまでこれ着るの?」
「寝る前までです。これからは毎日着用ですよ。もう少し細かく言うと、朝身支度を整えて、夜就寝する前までということになりますね。」
「えー!今だけじゃないの?嫌だなー。」
「俺も嫌だ。何かこの服、首周りがキツいし。」
ここは王都にあるルシアスの邸宅である。ルシアスの母が生活していた小さな邸宅だ。ウーベルから戻って、ルシアスは生活の拠点を移したのだ。
先程から不満を述べているのは、ベスペルとテリオだ。使用人の服が気に入らないらしい。サスが丁寧に答えている。
「初日早々これでは先が思いやられますね。貴方達はやる気があるのですか?」
「やる気はあるけど。嫌だなー。」
ベスペルが昨日の事を思い出しながら、げんなりして答える。
王都について、ベスペルとテリオは、都会の様子に喜び、まさしく跳んで回っていた。少年少女にとって、都会はとても刺激的で楽しかったのだろう。2週間程度して気持ちが落ち着き、一段落したところで、ルシアス邸に姿を現したら、サスに捕まった。
2人は先ず洗われた。風呂に入ったというよりは、数人がかりで徹底的に磨かれたのだ。相当に汚れていたらしい。はじめの頃は、水も泡も黒かった。自分の汚れに驚いたくらいだ。磨かれた後、髪を切って整えられたら、既に夜になっていた。今朝叩き起こされて、他の使用人たちに教えて貰いながら、やっとこの服を来て、サスの前に現れたところだ。
「ねぇ、サス。俺達の服って何で他の人と色が違うの?」
「先ず私が答える前に、言い直しなさい。『俺達』ではありません。『私達』です。」
テリオがげんなりして繰り返す。
「私達の服は、何故他の使用人の方達と違う色なのですか?」
サスが満足気に答える。
「それは、殿下の側仕えのみに許可されている色だからです。その色の服ということは、最も殿下のお側にいる人間ということを示しているのです。皆の模範となるよう、精進しなさい。貴方達は常に見られているのですからね。良いですね?」
「そうなの!?じゃあ、私、皆と同じ黒がいい。できないよぉ。」
ベスペルが泣き言を言う。
「何を今更。自分からやると宣言していたではないですか。思ったより根性なしなのですね。」
サスが軽蔑した目でベスペルを見ると、ムッとした顔でベスペルが答える。
「うるさい。あんたって、本当にムカつく言い方するよね。絶対に負けないから。見ときなさいよ、フン!」
「先ずはその言葉遣いからですね。先は遠いようですねぇ。」
サスが勝ち誇ったように続ける。
「では、行きますよ。」
そう告げられて、三人が向かったのはルシアスがいる執務室だった。
ルシアスは王都に戻った後、多量の仕事を回されている。使えるやつ認定されたことは喜ばしいのだが、今は仕事に忙殺されている状態だ。
ドアをノックして中に入る。いつもとは勝手が異なるため、二人は縮こまってサスの後に続く。
ルシアスが仕事の手を止めて、二人を見やる。
そして、笑顔になる。
「ほう。これは素敵な二人だな。黒も良いが、灰色も似合うな。丁度良かった。休憩がてら、君達と相談したいことがあってね。」
そう言いながら、ルシアスがソファに移動し、ロイも仕事の手を止めて参加する。他の使用人が部屋を出たところで、二人に座るようにルシアスが勧める。
「相談したいのは、君達の名前だ。」
「名前?」
ロイが代わりに答えると、ルシアスが続ける。
「そうだ。名前だ。ベスペルとテリオ、この名前はどうやって付けられた名前だ?」
ベスペルが少しうつむきながら答える。
「頭目が付けた名前よ。私達は『コウモリ』の中であらかじめ決められている名前を使うの。誰かが死ぬと、新しく使えるようになるの。」
「そうだったのか。」
ロイが驚いて呟く。
「その名前をどうしようかと考えていてね。君達は既に『コウモリ』ではない。だから、その名前を使う必要がない。そして、その名前から、かつて君達が『コウモリ』であったことを嗅ぎつけられる可能性がある。私としては変えたい気持ちがあるのだが、名前というものは大事なものだ。君達の意見を聞きたくてね。」
ルシアスは不思議な人だと、やはりサスは思う。一方的に決めても良い立場なのに、いつも本人の気持ちを聞いてくれる。サスはそんなルシアスが好きだ。
ベスペルとテリオが目を合わせて、驚いた後、考え込む。
「何だか、殿下の側にいると、考えることが増えるなぁ。いや、増えます。」
テリオがぽつりと呟いて、続ける。
「私はできることなら、新しい名前が欲しいです。『コウモリ』は俺、いや私の歴史ではあるけど、新しい自分を始めたいからです。」
「私も、新しい名前がいい。です。」
ベスペルも続く。
「そうか。良かった。では、私が考えた名前を伝えてもよいだろうか?」
ルシアスがベスペルを見る。
「ベスペルは、クレア。輝くという意味だ。」
次にテリオを見る。
「テリオは、ウェントス。風という意味だ。」
ロイが付け加える。
「輝く風か。良い名だな。」
二人が嬉しそうに、自分の名を呟き、礼を述べる。
「本当に良いのか?遠慮は要らないぞ。」
ルシアスが念を押すが、二人は新しい名を選んだ。
こうして、ベスペルとテリオこと、クレアとウェントスは、新しい生活を始めることになった。
そして、目まぐるしい速さで1ヶ月ほどが過ぎたある日の午後、久しぶりの休憩を取ることができた二人は、側仕えの控室で寛いでいた。
そこへサスも加わり、和やかな雰囲気で会話を楽しんでいた中、ウェントスがサスに尋ねた。
「前から気になっていたのですが、殿下は男性が好きなのですか?女性が好きなのですか?それとも、どちらも?」
サスが紅茶を吹き出しそうになるのを堪えて、咳き込む。
「何故、そのようなことを?驚きのあまり、変な場所にお茶が、ゴホッ、入ったではないか、ゴホッ。」
「いえ、その、ウーベルの夜会の時にロイ様とあのような事をしていたので…。その、どうなっているのかなと思いまして…。」
「ウェントス、そんな事を聞いてはいけないわ。とはいえ、私も気になるけど。実際、どうなんですか?」
クレアも加わる。
ウーベルの夜会の時のロイとの事とは、リドアの目の前でルシアスがロイに口づけた事だ。クレアもウェントスも影で見ていたらしい。
「あぁ、あれか。あれはただのいたずらだ。」
「「いたずら?」」
二人が声を揃えて聞き返す。
「そうだ。殿下はたまにああやって面白がるのだ。昔からだよ。周りのものは皆知っているから驚かないがな。私も経験者だ。」
サスがサラリと言う。
「え!サス様もロイ様と同じ事されたの?本当に?じゃあ、私もそんな日が?」
「ウェントス、なに?それ嬉しがってるの?あんた、殿下の事、好きなの?」
クレアが冷めた目でウェントスを見る。
「いや、好きとか、嫌いとかじゃなくて。あんなに綺麗な人に迫られたら、男でも女でも舞い上がってしまいそうじゃないか?」
「あー、確かにね。私も嬉しくなっちゃうかも。」
クレアが妄想してはしゃぐ。
「で、サス様はどうでした?嬉しかったですか?」
クレアがサスに感想を聞く。
「そうだなぁ。嬉しかったというより、なんというか、殿下に見つめられると、そうあってしかるべきというか。困ったとかそういう感情はなかったな。」
「なにそれ。完全に落ちてる感じだわ。」
クレアが、やだーと言いながらサスの腕をバシバシと叩く。それなりに痛い。
「そうだなぁ。でも、殿下ならいいかぁ。」
ウェントスが呟くと、間髪入れず、クレアが真顔での答える。
「意味わかんないんだけど。」
そんな、他愛もないお喋りを楽しんだ3人だった。




