1-27
それ程深い傷ではなかったが、しっかりと手当てをしてもらい、ルシアスは午後の日差しの中、今ベッドの中で座っている。ウーベルは大切に手当していますという表明だ。数日は部屋から出られなさそうだ。
先程からロイの落ち込みが酷い。
本来の目的や鍛え方が違う上に、相手は歴戦の猛者だ。歯が立たないのは当然なのだ。こればっかりはどうしようもない。
ルシアスがロイに声をかける。
「ロイ、気にするな。相手が悪かったのだ。実際に私は生きているのだから問題ない。これから鍛錬を積めばよいのだ。君はまだ発展途上なのだから。」
ロイがルシアスのベッドの前に跪き、頭を垂れる。
「この度は言い訳のしようがありません。私の不徳の致すところです。何卒、厳しい沙汰をお与えください。」
ルシアスはため息をつく。
「そのような事は望んでいない。私は表に立つ人間ではない。模範的に規範を守ることも、平等に扱うことも必要ないのだ。だから、もうよいのだ。ロイ、私は君に傍にいてほしいのだよ。」
ロイが顔を上げる。
「わかったか?」
ルシアスが微笑む。
ロイは短く頷くと、寝室のバルコニーに向かい、窓を開けた。肩が揺れているのは見なかったことにしよう。心地よい風がルシアスの髪を揺らすと同時に黒い塊がふわりと部屋に舞い降りた。
「殿下、傷はどう?血は止まった?」
ベスペルが尋ねる。
「あぁ、ベスペルの手当がよかったのだろう。もう大丈夫だ。」
「よかったね。俺、あの時、心臓が止まりそうになったよ。」
テリオが屈託のない様子で話す。この姿だけ見れば、やはり少年だ。テリオが続ける。
「リドアなんだけどさ、なんでか分からないけど死んでないよ。心臓が止まる毒なのに、なんでかな。」
ディロスを摂取していたことが影響しているのだろうか。どうであれ、生きている事に安堵する。
「リドアの父親は、現在のスクアの夫なのか?」
ルシアスがテリオに尋ねる。
「違うよ。あの人は、リドアが生まれた後に来た入婿だよ。詳しい事は分からないけど、あの人がディロスを管理してる。」
「そうか。しかし、実の娘ではなくとも、生活を共にすれば情が湧くような気がするが。随分と素っ気ない態度だったな。」
少し間を空けて、ルシアスがぽつりと付け加える。
「何とも言えない気持ちになるな。」
暫く誰も言葉を発することなく、風だけが音をたてた。
静けさを破るようにベスペルがルシアスに尋ねる。
「ねぇ、殿下、どうして10だったの?私には10より長く感じたけど。」
テリオも続く。
「俺も10じゃなくて、15だったよ。」
ルシアスが苦笑しながら答える。
「あれは、適当だ。」
「適当?どういうことだ?」
ロイが振り返って参加する。
「ディロスを打ち込んでから効果が出るまでの時間は、本当のところ、知らないのだ。教えてもらったのは『あっという間』という単語だけだった。だから、10くらいだろうと予想しただけだ。」
「え?じゃあ、もしかしたらもっと長くかかってたかもしれないってこと?死んでたかもしれないってこと?信じられない。」
ベスペルが驚いて畳み掛ける。
「そうだな。もしかしたら、死んでたかもしれないな。」
ルシアスが皆に伝えた作戦は実に簡単なものだった。
近いうちに、頭目とルシアスが対峙する時が来る。その時は、ルシアスがディロスを打ち込むまで待て、打ち込んだら10を数えるまで持ちこたえろ。それだけだった。
ロイが尋ねる。
「私の予想では、ルシアスや私は死なない程度に痛めつけられて、気を失うか何処かに閉じ込められ、その間に、頭目は、スクアとリドア、『コウモリ』の2人を消して、自分は消えるつもりだったのではないかと踏んでいた。だから、本気でルシアスと私を殺しに来たのには驚いた。勿論、こちらは最初から戦うつもりだったから、私はそのつもりで臨んでいたのだが。王族殺しは重罪だ。あちらの予定と大きくずれて、大変な事になったのではないのだろうか?頭目はそれを分かったうえで、私達に向かってきたのだろうか?」
ルシアスは、今回の事件から考えられる流れを彼らに話す。
スクアの夫は、リドアにルシアスを館に呼ぶようにけしかける。ルシアスが訪ねたところで、頭目がルシアスに絡むように、いつもよりディロスを多めに与えておく。後は、潰し合いを待つだけだ。生き残った者をみて、生かすか殺すか決めればよい。使用人は館から遠ざけ、頃合いをみて部屋を尋ねる。惨状を目の当たりにして、驚いてみせる。
今回の場合は、ルシアスとロイが生きていたので、何処から来たかわからない男が突然暴れ出し、リドアを殺した。居合わせたルシアスとロイがその男にとどめを刺したところで、挨拶に伺った夫がこの現場に出くわした、という流れになったのだろう、と。
「私達が死んだとて、責任はウーベル領主が取らねばならないのだ。生きても死んでも、どちらでも構わないという結論になるな。」
「とんでもないな。」
ロイが呟く。
ルシアスがソファにもたれていた背を起こしながら話す。
「今回、多くの場面で賭けをした。上手く行ったから良かったものの、毎回よい結果とはならないものだ。そこでだ。
なぜ賭けをしなければならなかったのか。
それは情報が足りなかったからだ。」
ルシアスは皆を順に見ながら続ける。
「情報が足りないのだ。私には情報網がない。情報がないと、物事はとても見えにくいものだ。常に危うさと隣り合わせになってしまう。」
そして、ベスペルとテリオに視線を定めて語りかける。
「これから君達には、私の目と耳になってもらいたい。重要な情報を伝えたり、調べたりして欲しいのだ。時に危険なこともあるだろう。覚悟はあるか?」
ベスペルとテリオが、ルシアスの前に跪く。
「私達は貴方に助けを請い、願いを叶えていただきました。この恩、決して忘れません。終生、お使えるすことを誓います。」
「俺も、です。」
「ありがとう。君達の母上は私が責任持って治療を受けさせよう。よろしく頼むぞ。」
そんな和やかな雰囲気の中、寝室のドアが叩かれ、サスが現れた。ルシアスの周りを見て、顔をしかめる。
「お薬をお持ちしたら、何ですか?貴方達は。早く出ていきなさい。」
ベスペルとテリオをバルコニーに押しやって窓を閉め、ロイに向かって苦言を呈する。
「ロイド様、護衛が殿下のお部屋で何をだらだらしているのですか?貴方のお仕事をしてください。」
ロイも部屋から追い出される。
「サスには敵わないな。」
ルシアスが面白そうに笑うと、サスが真顔で答える。
「ルシアス様、とても心配しました。どんぐりを突然燃やせと言われて、燃やして戻ってきたら、怪我をされていて。このような事はもうやめてください。」
「サス、心配をかけてすまなかった。今度から気をつけよう。サスが頑張ってくれたから、今、私は生きているのだ。本当にありがとう。」
そう言って、サスの頭を撫でる。小さな頃のサスへの接し方が未だに抜けない。
「いい加減、私を子供扱いするのはやめてください。でも、そうおっしゃって頂けると嬉しいですね。」
サスが機嫌良く、部屋を後にする。
ルシアスは、ベッドの中で今回の出来事を振り返る。
言葉、仕草、音、匂い、それらを一つ一つ思い出していたのだが、過度の緊張がほぐれてきたのか、心地良い眠気に誘われてそのまま意識を手放した。




