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「お前はもう用済みなんだよ。うるせぇ。」
頭目というだけあり、やはり技術は一流なのだろう。ルシアスは組んだ脚を解いてスクアに近づく。隣に跪き、リドアの首に手を添えて、心拍が感じ取れないことを確認した。気を失ったのではない。スクアも気がついているのだろう。嗚咽するスクアの背中をさすりながら、隣にいる頭目に話しかける。
「貴方はなんと心無いことをするのだ?これはあんまりではないか。」
「俺に食ってかかるからだ。お前だって、このままこの女の後を追わせてやっていいんだぜ。丁度いいじゃねえか、痴話喧嘩の縺れで無理心中。片が付く。口も聞けねえくらいに痛めつけて、思い知らせてやろうかと思ってたんだがよ。」
興奮状態のためか、理性が働かなくなってきたようだ。
頭目は薄ら笑いを浮かべながら、スクアの隣に跪いていたルシアスの胸ぐらを掴んで引き上げる。抵抗するも、全く歯が立たない。ズルズルと引き上げられ、頭目と同じ目の高さまで持ち上げられると、ルシアスでは首を絞められるようになってしまう。その手を解こうと両手で掴むが、やはりびくともしない。
その時、後ろから声が聞こえる。
「その手を離せ。私が相手だ。」
ロイだ。しかし、実力の差は歴然であり、対峙したとて瞬殺だろう。頭目が面白そうに答える。
「お前が?俺と?冗談だろ?面白いこと言うな。」
「私は殿下の護衛だ。黙って見ているわけにはいかない。私が相手だ。」
ロイが繰り返す。
「いいぜ。たいした時間は掛からねぇしな。お前もついでに、ご主人様と一緒にあの世に送ってやるよ。ありがたく思え。」
頭目はドサリとルシアスを下に落とす。ルシアスは咳き込みながらその場に倒れ込んで、大きく息を吸う。やっと息が出来る。
頭目がロイに視線を移したその時、彼の太腿の後ろに小さな刺激が走った。瞬間、反射的に背後のルシアスを蹴り飛ばす。何か針のようなもので刺されたようだ。だが、体調に変化はない。寧ろ、羽根が生えたように軽やかに感じる。
「何をした?」
頭目の蹴りにより、壁に激しく背中を打ちつけ、崩れ落ちたままのルシアスが咳き込みながら、苦しそうに言う。
「10だ。堪えろ。」
とても体が軽くて、とても強くなった気がする。頭目は、狂ったように、いや、実際狂った状態なのだが、ロイに襲いかかる。ロイは最初の一手はかわしたものの、敵う相手ではない。次の一手を防いだのは、ベスペルだった。
「やっぱり裏切りやがったな。」
頭目は更に激しく攻めてくる。やはり、殺しにくる。そこにテリオも加わるが、やはり劣勢だ。黒い3つの塊が恐ろしい速さで動いている。刀同士がぶつかり合う音と、打撃の音が響く。ルシアスには正確に動きを捉えることすら、ままならない。
なんとか凌いで欲しい。10まであと少し。
息苦しさのあまり、壁に倒れ込んだルシアスが体を立て直そうとした時、突然目の前に膝立ちになった頭目が現れた。滑り込んで来たようだ。頭目と目線が合い、その後ろに虚を突かれた3人の様子がぼんやりと写る。
先程まで3人の相手をしていたはずの彼が、目の前にいる。にやりと口角を上げた頭目は、小刀をくるりと回して逆手に持ち、ルシアスに囁く。
「じゃあな。」
ー失敗したか。ー
ルシアスは、嬉しそうな顔をした頭目の顔を見つめながらそう思った。小刀を振り下ろす時間は、三人が阻止するまでの時間より短い。間に合わない。終わりだ。
刀が肉を貫く鈍い音が響く。ルシアスの袖口からポタリポタリと血が滴り落ちた。そして、ルシアスの前に膝立ちになっていた黒ずくめの男は、その口から血を溢れさせ、崩れ落ちた。
ベスペルが、すぐさま手慣れた様子でルシアスの肩の傷を手当てする。どうやら指の爪程度の深さまで刺さったようだ。傷は浅い。
「駄目かと思った。」
テリオが座り込む。
「ほんとに。私達、間に合わなかった。」
ベスペルが呟く。
「ありがとう。助かったよ。私も助からないと思った。君達のおかげだ。」
男の背中には騎士の剣と短剣が二本刺さっていた。ロイが消沈しながら呟く。
「この男の動きが一瞬止まったんだ。ルシアスを刺す直前に。丁度、10だった。止まった隙にとどめを刺しただけだ。間に合わなかったんだ。」
頭目が刀を振り下ろす直前、興奮が最高潮に達したのだろうか。
「そうか。いずれにせよ、私達は此処にいて、生きている。それでよいではないか。」
ルシアスはゆっくりと立ち上がり、部屋の惨状を見やる。酷い有様だ。スクアが部屋の片隅で何かを呟いている。衝撃が大きすぎたのかもしれない。
静かすぎるこの館には、利用人は殆ど詰めていなようだ。最低限の仕事をして、今日は皆引き上げたのだろう。そこに靴音が響き、ドアを開ける者がいた。『コウモリ』たちが姿を消す。中の惨状を見て、わざとらしく驚いてみせる。
「これは何たる惨状。一体何が起こったのですか?あぁ、何ということだ。ルシアス殿下、大丈夫ですか?」
「スクア、どうしたのだ?リドア?どうしてこんな事に。」
こちらも分かっていて乗ったのだが、あちらの予定通りに事が進んでいるようだ。ルシアスが答える。
「突然、男が暴れ出しましてね。驚きました。なんとか私の護衛が守ってくれたのですが、この男に見覚えは?」
「いいえ、全く。とんでもないことになりました。殿下、手当が必要でしょう。さぁ、行きましょう。」
スクアの夫は、スクアとリドアを顧みることなく、ルシアスと共に部屋を後にした。




