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「助けてほしい割には横柄な態度だな。」
ロイが不機嫌そうに睥睨して言う。
「うるさいわね。全く動けなかったくせに。偉そうに話しかけてこないで。」
こちらも負けていないようだ。
ルシアスは、思わず笑顔になりながら答える。
「どちらも一旦落ち着いてほしい。問題を解決しないといけないからな。先ずは名を教えてくれないかな?」
二人の話はなかなか興味深いものだった。
『コウモリ』の二人の名は、姉がベスペル、弟がテリオというらしい。『コウモリ』は、一般的に言うところの隠密集団であるが、現在の構成員はたったの三名だという。彼ら二人と頭目のみだ。それには理由がある。
彼らはウーベルの影の集団であり、本来はウーベル領主の指示で活動するのが基本である。しかし、いつの頃からかウーベル領主の姉と、次期領主候補のその娘の指示に従わねばならなくなった。原因は頭目のディロス中毒だ。きっかけは不明だが、頭目はディロスに毒されてしまい、離れられなくなってしまった。その供給源があの母娘なのだ。それが原因となり、それなりの人数で構成されていた集団であったが、ある者は去り、ある者は消され、今は三人にまで減ったそうだ。
「それで、何故君たちだけが残ったのだ?」
ロイが疑問をぶつける。
「なぜだと思う?そんな事もわからないの?頭悪いの?」
ベスペルが不機嫌そうに言う。この二人はあまり気が合わなそうだとルシアスは思いながら、代わりに答える。
「君たちには逃げられない理由がある。恐らく、親か兄弟姉妹を頭目に人質として取られているといったところだろう。その人質とされている人物が体調不良などの外的支援を得なければならない事態に陥っている。状況は日々悪化して、時間がなくなってきている。しかし、技術、体力共に自分より上回る相手では太刀打ちできない。外からの助けが必要、こんな感じかな?」
「すごいな。どうして分かるんだ?」
テリオが少年らしい反応をする。
「大したことではないよ。小さな情報の寄り合わせから推測しているだけだ。それよりも、大人に気が付かれないように、ネクタリスの燃えかすやどんぐりといった手がかりを置いていった君たちの方がすごいと思うが。あのどんぐりのおかげで、ネクタリス群生地も見つけることができた。」
「実際、探し回ったのは私だがな。」
ロイが自慢げに言う。
「頭より身体を動かす方が合ってるのね。」
ベスペルはチクチクいう人間のようだ。
「君達の状況が分かった。少し時間をくれるかな。選択肢を考えたい。」
ルシアスが思考に耽る。
暫く応接室は静かになり、バルコニーから吹き込む風でサラサラとカーテンが揺れる音だけが響いた。
ルシアスが突然話し始めた。考えがまとまったようだ。
「最初、私は『コウモリ』が一枚岩だと思っていた。その為、頭目をこちらに引き込むことで解決しようと考えていた。しかし、実際は異なっていた。君たちに選択肢を与えよう。これは交渉だ。君たちが子供であることは考慮しない。」
「選択肢は2つ。
1つ目は、闇に紛れて消える。これは、自分自身の命を最も優先する方法だ。人質は見殺す。安全で成功の可能性が最も高い。私達が王都に帰る時に紛れ込めばよいだろう。頭目はウーベルからそう遠くまでは離れられない。王都に無事着いたら、君達を解放しよう。晴れて、自由の身だ。
2つ目は、頭目と対峙する。この場合、君達二人とも死ぬ可能性がある。ご覧の通り、私は戦闘では敵わない。できることは、時間を稼ぐ事くらいだ。その隙に、君たちが頭目を殺すことができるか、だ。彼は必ず君達を殺しに来る。であれば、こちらも殺るしかない。一瞬の迷いが命取りになる。覚悟はあるか?曲がりなりにも、君たちの恩師だ。
そして、成功した暁には、私の部下となってもらう。私も自身の命を危険にさらすのだ。これくらいの見返りがないとな。
いずれにせよ、これは交渉だ。どちらも望まないなら、無しでもよい。」
二人は黙り込む。そして、ベスペルが意を決して答える。
「私は2つ目を選びたい。そのために貴方達と話す機会を作った。そして、何よりも母を助けたい。時間がないの。」
ロイが割ってはいる。
「そうか、人質は母上か。しかし、君たちの母上はそう思っているだろうか。我が子の命まで犠牲にして、自分が生きたいと思うだろうか。私が母上だったら、嬉しくないぞ。」
皆が黙り込む。
暫くして、テリオがぽつりと言い出した。
「正直、どっちが正しいのか分からない。だから、自分がやりたいことをやろうと思う。やっぱり俺も母さんを助けたい。母さんを見殺しにして、これから先を生きていくのは難しいや。俺は母さんの息子でありたい。」
「私も同じ。」
ベスペルもテリオに続く。
「分かった。では、作戦会議といこう。」
その時、ドア越しに声がかかった。皆に一瞬緊張が走る。
「サンギス様のお戻りです。」
「やっと帰ってきたか。」
ロイがそう言いながら、ドアを開ける。
そこには、不機嫌そうな顔をしたサンギスこと、サスが立っていた。
「只今戻りました。先に申し上げます。大変、大変、苦労いたしました。ルー様、あれは何ですか?私は二度とあのようなところには行きたくありません。本当に嫌でした。」
サスが『ルー様』と言う時は、やはりロイと同じく感情が昂ぶっている時だ。相当にご立腹のようだ。
サスを抱き寄せて背中をさすりながら、ルシアスが労う。
「サス、ありがとう。恩に着る。君しかできない仕事だったのだ。君の働きがなければ、私達は生きる選択肢をなくすところだった。感謝しかないよ。本当にありがとう。」
それに満足したのか、サスの声が和らぐ。
「ところで、あの黒い子供は何ですか?あまり清潔な感じがしませんね。それに、ルシアス殿下に早急にお話しないといけないことがあるので、そこにいるのは些か困りますね。」
すかさず、テリオが言い返す。
「子供じゃない。それよりもお前は誰だよ。入ってきたと思ったら、ベラベラ喋ってうるさいし。」
「貴方こそ、その口を慎みなさい。この場でそのような言葉遣いはそぐわない。今すぐ退室しなさい。」
どうやらこちらも気が合わないようだ。ルシアスが割って入り、農地改革と『コウモリ』の事の成行きをサスに説明する。
説明が終わると、サスは納得したようだ。
「だから、今回私は王都に戻ったのですね。」
「そういう事だ。王家の保証となると、その書類が必要だ。だが、書類を渡すにしても、渡す相手が本物か分からないのでは渡せない。その点、サスの容姿は代わりが効かないからな。サスしか私の部下であることを証明できる者がいなかったのだよ。ウーベルに到着早々、王都に引返す事になり申し訳なかった。」
「書類よりもあちらの方が嫌でしたよ。」
サスが心底嫌そうな顔をして言う。
「あー、そうだな。確かにサスには合わない場所だったな。」
「何のことだ?」
ロイが話に加わる。
「サスが王都に書類を受取にいった後に、ネクタリスの燃えかすを拾った為、早馬を出したのだ。」
「何のために?」
「ディロスを手に入れるためだ。」
「ディロスを?どうして?」
今度は、ベスペルが問いかける。
「今回の切り札だ。ディロスは王都でも闇取引されている。私も何人もの人間がディロスに溺れていくのを見ている。その中で、一度だけ、とんでもない使い方をしている者に出会った。それを持ってきてもらったのだ。」
ルシアスはサスが王都から持ち帰った手のひらに乗る程の小さな箱を机に置く。
「何が入っている?」
ロイが緊張した面持ちで問う。
「これだ。」
ルシアスがそっと箱を開く。




