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ー『安直に答えだけを求めてはなりません。成り立ちを知らずして、真の理解はありませぬぞ』ー
ウーベル邸の自室に戻り、風呂に入って温まりながら先生の言葉を思い出す。ルシアスが寛いだ服でソファに座ったところで、ロイが声をかける。
「さっきの話をもう一度かみ砕いて話してほしい。君は誰と会って、何を話したのだ?」
「今日は何の日か知っているかい?」
「今日?なんだか最近は謎解きが多いな。何かの記念日か?」
「今日はララ様の命日だ。」
散歩中にララの供養塔を見つけた時に、刻まれていた日付をルシアスは覚えていた。
「そういうことか。ならば、あの人物はドビオ殿ということか。」
「いかにも。」
「それで?先程の君の話を合わせると、ドビオ殿はまだ生きていて、王に対して何か画策中で、更に『コウモリ』の黒幕で、君は何か彼と話し合ったのだろう?」
「大筋としては、正解だな。」
「彼は何なんだ?王に仕返ししたいのに、何故君にも嫌がらせをしているんだ?何が目的なのか、全く分からない。」
「私達から見ると、確かにそう見えるな。しかし、逆側から見ると分かると思うが。」
「逆側?ドビオ殿の方から、ということか?」
「そうだ。」
ルシアスが静かに微笑んで、『私の妄想なのだが』と付け加えて話を続ける。
「彼は愛する人を失った頃から、その愛情をその大きさのまま、憎悪に変えた。その向かう先は、我が父王だ。相手が大きすぎるが故に、簡単に事を動かせない。ならば、大きく、根底から壊してやろうと思った。では、どうしたらよいか?『将を射んと欲すればまず馬を射よ』だ。先ず周りを潰して、本来の目的を潰す。今はまだ周りを潰しているのだろう。もうすぐ完成するのかもしれないがな。」
「それがウーベルなのか?」
「そうだ。彼にとって、ウーベルは憎しみの対象の一つだ。ララ様を王家に嫁がせたのだからな。」
「そんな事を言っても、ウーベルが王家に『否』と言えるわけがないではないか。」
「もちろんそうだ。だが、そのままウーベルに何もしないのは、腹の虫が収まらないのだろう。所謂、嫌がらせだな。」
「随分と悪辣な嫌がらせだと思うが。」
「そうだろうか?私だったら、もっと手酷くやりたいところだが。ロイは優しいのだな。」
ルシアスが妖艶な笑顔を向ける。
こういう時に垣間見えるルシアスの様子に、ロイは底知れぬ恐ろしさを感じる時がある。
「それで、何故ネクタリスまで出てくるのだ。事が露見したら、自身も危ないではないか。」
「だから、もう撤収するのだよ。彼の痕跡が残らぬように。ここに残した彼の事を知る者たちは全て『消される』のだろうな。ウーベルにとんでもなく非道な母娘がいる、その原因はディロスだったとするという筋書きだろう。ウーベル領主近辺にディロスがあった、それだけで打撃としては充分だ。正室が今はいないとはいえ、王の一翼を担う家だ。これを期に、ウーベルが失墜すればこれ以上のことはないだろう?これから、ディロスの噂が広まるのではないかな。」
「私達はそれに巻き込まれたということか。」
「そうだな。リドアの件もそうだ。あちらにとっては、私がリドアを嫁にしても、無礼者として切り捨てても、どちらにしても消えることにはかわりなく、丁度良かったというわけだ。嫁にして生き残ったとて、近いうちに錯乱状態になる。ロイもあの甘い香りに気がついているだろう?」
リドアは初めて会った時から甘い香りがした。ローズの香りも混ざっていた為、香水だとロイは思っていた。あの過度な感情の起伏や大胆な様子を思い出し、ロイがため息をつく。
「そうだったのか、恐ろしいな。それにしても、どうしてそんなに分かるのだ?私は一緒にいたが、分からなかったぞ。」
「ドビオ殿の件は、『感』だ。事実に妄想を混ぜて考えてみたというだけだ。足りない情報を妄想で補充したというのが正解かな。まぁ、はっきり言うと賭けに出たのだ。当たってよかった。リドアの件は、慣れだな。花街では比較的よく出会う香りだ。誤魔化すために皆色々混ぜるのだが、あの独特な甘い香りは区別できる。」
ルシアスが話す間に、ロイの顔が強張っていく。
「ルシアス、『感』で動いて、賭けに出るなど、何を考えている?もし、あの場にいる者がルーを容易く殺す人間だったら?私はルーが殺されるのをただ眺めていた可能性もあるのだぞ。今度から二度とそういうことはするな。」
『ルー』は幼少期のルシアスの愛称だ。ロイは感情が昂ると時々使う。今は非常に怒っているということだ。
ルシアスはロイが怒っていることに驚いたが、嬉しくもあった。思わず笑顔で答える。
「ロイ、ありがとう。心配してくれたのだな。私は果報者だ。」
自分の怒りを相手に喜ばれて、ロイは脱力する。
ルシアスは幼い頃から思考力と洞察力とに長けている。小さな情報を沢山集めて、一つの仮説を立て、それを裏付ける。自分には出来ないと、ロイは改めて思った。
ルシアスはゆっくりお茶を嗜んで、バルコニーに向かい、窓を明け放ち、外に向かって話し出す。
「さて、ここまで話せば憂いはないだろう。そろそろ交渉しないか、『コウモリ』殿。」
窓から黒い塊が一つ、ふわりと舞い降りた。
「話をするなら、出てきて貰わねば。」
ルシアスがそう言うと、もう一つ、黒い塊がふわりと部屋に舞い降りる。
ルシアスが後ろ手に窓を閉め、黒い塊に話しかける。
「先日は挨拶もろくにできなかったのでね。改めて、はじめまして、『コウモリ』殿。」
ロイは柄に手をかけたまま様子を見守る。
「では」
と、ルシアスが話した瞬間、一つの黒い塊が消えた。消えたと思ったそれは、いつの間にかロイの真後ろに立ち、首に小刀が向けられていた。
「すごいな。こんなに素早いとは。」
ルシアスが関心する。
「そうじゃないだろう。これをどうにかしてくれ。」
ロイが半分怒りながら、半分落ち込みながら呟く。
「そうだった。申し訳ない。『コウモリ』殿、今は脅し合う時間ではない。時間がないのだろう?先程話したように、君たちは『消える』存在だ。そこで、君たちに選択肢を与えよう。悪い話ではないと思うが、どうだろう?」
ルシアスが二つの黒い塊を交互に見る。
暫くして動かなかった方の黒い塊の頭のあたりが、ゆっくりと縦に動く。
「では、その頭からすっぽり覆っている外套を取ってもらえないかな?お互い腹を割って話をするのだからね。」
逡巡した後、動かなかった方の黒い塊が、はらりと外套の頭巾を取った。その時、ロイの後ろで構えていた黒い塊が息を呑んだ。しかし、息を呑んだのは、ルシアスとロイも同じであった。
そこにいたのは、14、15歳くらいの少年だったからだ。ロイから思わず声が出る。
「子供じゃないか。」
「子供じゃない。声だって低くなってきた。大人だ。」
このように幼い者が、人間を『消す』仕事をしていたとは衝撃的だ。ルシアスとロイが無言のままでいると、ロイの後ろにいた黒い塊が小刀をしまいながら話し始めた。
「何度言えば分かるのよ。いい加減にして。毎回なぜ勝手に動くのよ。」
そう言いながら、こちらも頭の外套を取って、ルシアスを見る。年の頃は、16歳くらいだろうか。姉のようだ。
「はじめまして、ルシアス殿下。単刀直入に言うわ。私達を助けてほしいの。」




