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アピスとの話し合いが終わった後、ルシアスとロイはアピスに修道院長を紹介してもらった。修道院長にドビオの肖像画のことを問うと、やはり今は修道院にも教会にも存在していないという回答が返ってきた。いつの間にか消えていたそうだ。
雨の降り続ける渡り廊下で、ルシアスとロイはぼんやり庭を眺めていた。
「やはり肖像画はなかったな。噂通り、ドビオ殿は生きていたということだな。」
ロイがぽつりと呟く。
「そうだ。そしてドビオ殿は今も生きている。」
「なぜそう言える?ドビオ殿が生きている時に、自分が同一人物ということがばれないように肖像画を消したことは予測がつく。しかし、今生きているかどうかはわからないのではないか?」
「ドビオ殿は、ララ様を深く愛していた。そのララ様がほかの男に奪われた挙句、心を病んでこの世から消えてしまった。ロイ、君がドビオ殿ならどうしたいと思う?」
「そうだな。そのまま一緒に消えてしまう。そうでないなら、自分からララ様を奪ったその男が後悔するようにあらゆる手を打つ、かな。」
「そうだ。ララ様への思いが深ければ深いほど、憎悪の気持ちもまた深くなるだろう。ララ様を奪われた時も天に召された時も命を絶たなかった男だ。そう簡単につぶれまい。」
「ということは、今現在も何か画策していると?しかし、相手は王だぞ。簡単に画策できる相手ではないだろう?」
ルシアスは微笑む。
「そうだ、簡単にはできない。だから時間をかけているのだろう。本人に確かめてみないとだな。私の予想があっているなら、もうすぐドビオ殿に会えるはずだ。」
そういって、ルシアスは雨を眺める。ロイもつられて雨の降りしきる庭を眺めた。
この渡り廊下からは、きれいに手入れされた庭が見える。そしてその先にある墓地には、ララの供養塔がある。ララは正室であったため墓石は王都にあるが、その切ないララの生涯を憂い、ウーベルの民が寄贈したものだ。
「ルシアス、そろそろアピス殿のところに戻ろう。豆の話も聞かないといけない。」
ロイがそう話しかけた時だった。ルシアスが突然雨の降りしきる庭に向かって歩き始めた。
「どうした?何をしているんだ?濡れるぞ、待て。」
慌てたロイにルシアスは真っすぐ歩きながら背中越しに答えた。
「ロイ、そこで待っていてくれ。もし、私が倒れるのが見えたら助けてほしい。それ以外は絶対にそこから動くな。」
「いや、しかし。」
「絶対に動いてはならぬ、これは命令だ。」
ロイは、その緊迫した威厳のある声に、反射的に騎士としての対応を取る。
「御意。」
ルシアスにこの声が届いたのかは不明だ。雨の降りしきる中、ルシアスはララの供養塔の前に佇む人間に向かって歩いて行った。
雨が強くなり、ララの供養塔に激しく打ち付ける。
その供養塔の前に、頭から真っ黒な外套を被った人間が立っていた。ルシアスより少し背の高いその人は真っすぐ供養塔を眺めたまま動かない。
「やはりいらっしゃいましたね、ドビオ殿。」
ルシアスが話しかける。その人は、供養塔に視線を残したまま、微動だにせず答える。
「ここにいらっしゃるとは、驚きです。貴方は噂とは違って、頭の回転がよい方のようだ。」
「お褒めに預かり光栄です。貴方にお伺いしたいことがあって、お待ちしておりました。」
その人は、やはり供養塔に視線を残したまま、微動だにせず答える。
「あぁ、その件でしたら貴方の思うようにしていただいて結構ですよ。貴方がウーベルにいらっしゃったので、丁度厄介払いができると思っていたところでした。私がやりたいことはもう達成したので、あの者たちはもう必要ありません。あれは目立ちすぎた。貴方にこれ以上暴かれてしまってはこちらも面倒だ。この辺で撤収させていただきますよ。」
雨はさらに激しさを増し、打ち付ける雨で煙るようだ。ルシアスの顔を伝う雨水が、顎から滴り落ちる。
「わかりました。では、こちらの思うようにさせていただきます。貴方にお会いして、やっと色々な事がわかりました。待った甲斐がありました。」
その人はやっと視線をルシアスに向ける。
「私のことを白日にさらしますか?」
「そのようなこと、私にはなんの意味もない。人はそれぞれの思いがあって生きている。それを邪魔する理由を私は持ち合わせていない。正義を振りかざすのは愚か者のすることだと私は思っているのでね。それに、例え私が白日に晒したとて、貴方は皆が気が付く前に捻りつぶすでしょう?」
ルシアスが妖艶に微笑んで答える。
「殿下、貴方は随分と世慣れていて、魅力的な人のようだ。それに、そんな大層な力を私は持ち合わせていませんよ。」
「それはよかった。私もまだ命は惜しいのでね。」
その人は口角を上げて軽く笑うと、ルシアスに背を向けて歩き始めた。ルシアスはその背中に問いかける。
「まだ続けるのですか?」
黒い背中がぴたりと止まる。ルシアスが続ける。
「愛を望んだ貴方が、愛を与えない。」
黒い背中が無言のまま動き出す。そして、そのまま去っていった。
その背中を見送って、ルシアスは渡り廊下に戻るために振り替える。
ロイが待ちきれずに走ってくる。外套でルシアスを覆いながら、渡り廊下まで戻った。
「誰だ?何を話していたのだ?何故私を伴わなかった?」
厳しい口調でロイが問いただす。ルシアスは軽い口調で答える。
「『コウモリ』の一番後ろにいる黒幕だ。今回の話をつけてきた。」
ロイが絶句する。
「あちらも私と同じ意見だったから、話は簡単だった。サスが戻ってきたら、すぐに片付けられそうだ。」
「そう、なの、か?」
「そうだ。それよりも何か拭くものを借りよう。ずぶ濡れだ。」
ルシアスを見た修道士たちが、そのずぶ濡れの様子に驚き騒ぎ出し、今日の日課は終了となり帰路に就くこととなった。




