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仰げば尊し  作者: 孤鶴
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1-20

今日は朝から曇天であったが、ルシアスとロイが修道院に着く頃には本格的な雨になってしまった。屋外活動はできないので、腰を据えて農地改革の具体的対策をアピスと詰めることにした。


ウーベル領は、北に急峻な山が連なり、そこから幾筋もの細い川が南に向かって流れている。連山に由来する広大な扇状地が広がっているため、川は山から降りてきたところで一旦地中に潜って水無川となる。そして、緩やかな扇状地の傾斜が終わり、平野になったところで、また川となり、王都のある海に向かって流れていく。

この広大で、とても緩やかな傾斜地では、雪解けの多量の水が地下に潜った川の水位を上昇させ、踏むとにじむ程度に薄く水を張る現象が毎年ある。1週間ほど薄く冠水した畑は、小麦の種をまく頃には程よく乾燥し、雪解け水の恩恵を受けて、養分をしっかりと蓄えている。その為、人間が手を加えなくとも、ウーベルでは質のよい小麦が自動的に実る。そう、何も努力しなくとも、よいものを手に入れることが出来る為、何もしないこと、つまり変えないことがこの地域では大切とされているのだ。


しかし、このままでは赤錆病の対策はできない。赤錆病を防ぐには、風通しが必要だとルシアスはアピスに説く。

「それは『汚れた空気』をそこにとどまらせないということですね。」

アピスが答える。

「そうだ。実は、こちらに向かう途中でとある村に寄ったのだ。そこでは、畑がしっかりと四角に整地され、畑の端から端まで見通す事が出来るようになっていた。その村の者によると、数区画毎に小麦、小麦以外のカブや豆などの植物、牧草地の3つの区域に分けて管理し、毎年順番に作物を変えるそうだ。ウーベルほど、土地に養分が豊富というわけではないから順に作物を作って、地力回復することは収穫量を上げることに重要らしい。実際に収穫量は2倍程度に増えたそうだ。そして、区画をしっかり整備することで風通しが良くなり、赤錆病の発生を極力防ぐ効果があるということだった。」

アピスか興味深げに質問する。

「それは興味深い。農耕地を3つに分けるとそれほどに収穫量が増えるのですね。そうすると、我がウーベルでも、さらに収穫量を増やせる可能性がある。そして、最も我々に必要なのは風通しでしょうか。そのためには今の区画を変える必要がある。しかし、今の区画はそれぞれの農民の所持している土地です。簡単に区画整備という訳にはいかないでしょう。」

「そこだ。これには農民たちの意識を変える必要がある。では、どうやって彼らの意識を変えるか。

一つには、強引に制度で変えてしまう方法だ。一瞬で変えることができるが、反発は必至だ。あまり得策ではない。もう一つは、今よりももっとよい事が起きると知らせる方法だ。そのためには、実例を見せるのが一番効果的だ。」

「実例とは具体的に何をさしているのでしょうか。」

「そこで提案だ。アピス殿の管理している区画を先駆けとして、整備地区としてみてはどうだろうか。」


ウーベル領の農地は、まず大きな区画がある。その大きな区画は、貴族、聖職者といった社会的地位が高い者たちが管理している。通常は、その管理している区画の中に農民たちが自分の土地を持っていて、毎年決められた穀物を税として納める。貴族や聖職者は、そこからウーベル領主へと上納する仕組みとなっている。農民たちは貴族や聖職者の区画に属することにより、身分の保証や農具の貸与等の恩恵を受けることができる。しかし、教会、修道院においてはその限りではないこともある。


「幸い、あなた方の修道院が所有する区画は固定の農民がいないようですね。」

「そうです。私たちの区画は、この修道院に助けを求めに来た者たちが労働に参加してくれています。ですので、長くいるものもいれば、すぐいなくなるものもいます。」

「所有者がいないので、区画を整備するのはたやすいでしょう。実験農場としてやってみませんか?」

「それは、実に、魅力的だ。もっと大規模にやってみるということですね。」

アピスの好奇心が頭をもたげてくるのを感じ取りながら、ルシアスは続ける。

「そうです。実験というよりは実証に近いかもしれません。うまくいけば、翌年からはアピス殿のやっている品種の掛け合わせ実験をやってみてもいいかもしれませんね。」

「しかし」

アピスが思考を巡らせながら話だす。

「この計画がうまくいかなかった場合が困ります。殿下を信頼していない訳ではありませんが、収穫が落ち込んだ場合に教会や修道院、そこで働く農民たちが飢えてしまいます。他の区画に頼るとなると、それなりに金銭的負担ができてしまいます。」

さすが、農業管理を任されているだけはある。

「そうですね。では、こうしてはどうでしょうか。

来年の実験農場の収穫は、王家が保証する。もし、収穫量が今年よりも減量となる場合には王家が責任をもって補充する。よって、そちらの収穫量が今年より下回ることはない。逆に、今年より収穫が増量となった場合には、すべて農場の利益とする。」

「それは私にとってとても魅力的な話です。しかし、殿下にとって益となる部分がないのではないですか?そこまで負担する理由がないのではないと思うのですが。」

「全く持ってその通りです。」

「では、何故ですか。」

ルシアスは真っすぐにアピスを見据えて笑顔で答える。

「意地です。」

「意地?」

「そうです。今、私は多くの人からその価値を見定められている。決して負けたくない戦いなのです。だから、結果を出すためには多少の痛みが伴ったとしても仕方がない。未来の自分への先行投資です。」

アピスは腑に落ちた顔をした。

「殿下も私と同じ挑戦者なのですね。陰ながら私も応援いたします。では、この案を早速書面に起こしましょう。フルーメル様にお話しして、実行に移さねばなりません。」


ルシアスは、一人味方を見つけることができたようだ。

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