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仰げば尊し  作者: 孤鶴
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1-19

ネクタリスという花がある。


夜になると微弱に発光する蜜を持つこの花は、昼は弱く、夜に強い香りを放つ。その花弁の奥の粘性の高い蜜を好んで集めるミツバチがいる。

この蜜から出来る蜂蜜を、ディロスー『神々の甘露』ーと人は呼ぶ。


ディロスは神々のものであり、人間には手に負えないものと言われている。

その昔、不眠や不穏の時に使われていたこの蜂蜜は、即効性があり、非常によい入眠効果や鎮静効果を持つとして重宝された。しかし、その心地良さを求めて、使用頻度が増えていく者がいた。使用頻度や使用量が増えると、集中力が高まり、活動的になり、多幸感も増えて、次第に使用者は全能感を得るようになった。だが、更に摂取を続けた結果、使用者は常に興奮状態となり、その甘さを手に入れるために手段を選ばないようになった。時に人を殺める者もあったという。そして、過度の摂取による突然死により最後を迎えた。摂取が習慣的になった時点で、ディロスから人間は離れることができなくなる。神々のみに許される甘露なのだ。


人が扱うには非常に難しいこの蜂蜜は、フェリシア王国では国家により厳しく管理されている。しかし、このようなものが闇の中で流通するのは世の常であり、その希少性も相まって、高値で取引されている現実がある。非常に価値の高いネクタリスだが、その生態は不明な部分が多く、どのような場所に好んで群生するのかも判明していない。植物を持ち帰って育てようとしても翌日には枯れてしまい、種を植えても芽を出すことがなく、人工的に繁殖させることができない。その為、ネクタリス群生地が見つかると王家の管轄地となるか、刈り取った後に根こそぎ掘り起こされ更地にされる。今現在、王家管轄のネクタリスから作られたディロスは、登録された施設と人間で管理されている。耐えがたい痛みを伴う不治の病にのみ使用可能とされている医薬品となっている。



朝食を終えたルシアスは、ネクタリスを模った銀のブローチを手の中で転がしながら、応接室のソファでロイが迎えに来るのを待ちながら考えていた。


頭の中で整理する。

ウーベルでやらねばならないことは3つ。


1つ目は、赤錆病の対策。

『コウモリ』とバルコニーで出会った翌日から、アピスの修道院に通って1週間ほどが経つ。アピスの渾身の研究成果を1週間かけて解説してもらった。それによると、赤錆病にかかりにくい小麦を掛け合わせいくと耐性株ができるはずなのだが、今のところできていない。その為、耐性株の開発と共に農地改革も必要なのだが、具体的にどうするのか?という事が目下の課題だと言うことだった。北部の連山に由来する広大な丘陵からなるウーベル領の穀倉地帯特有の地形と気候を上手く活用する方法ということだ。これには、ステラの村の仕組みが役立ちそうである。

2つ目は、リドア母娘と『コウモリ』の排除。

出来るだけ泳がせていたが、そろそろ決着をつけねばならない。『コウモリ』を排除しないと、リドア母娘も排除できない。こちらから『コウモリ』を見つけることはほぼ不可能だが、今のところ接触は途絶えたままだ。戦闘能力的に、彼らを排除することが難しいと予想するため、懐柔して排除する方が現実的だろう。交渉するにはどんな手札が有効か。鍵は、やはりディロスだろう。

3つ目は、アウルムの母ララの身辺調査。

地元の話では、ドビオ様なる男とただならぬ関係であったようだ。アウルムが王の子供であるか、かなり疑わしくなってきた。ララは、アウルムを産んだ半年後に心を壊した末、錯乱状態で墜落死した。故に、ララ本人に直接聞くことも叶わない。今のところ、唯一の手がかりはドビオの肖像画だ。アピスの説明も一段落したので、その寄贈したという肖像画を探さなければならないが、今はもうないだろうとルシアスは予想している。


そして、今の自分の立ち位置を確認する。


ルシアスはアウルムの代役として、ウーベル領に視察及び対策を立てるために来た。建前としては、王太子の代役である。それなりの決定権を与えられているが、それは裏を返すと責任も取らねばならないということだ。失敗があってはならない。

ウーベル領主フルーメルは、人当たりの良い男であり、領民の心象も悪くない。先代を踏襲する保守的な傾向があるようだ。アウルムとの関係性は悪くはないが、ドビオの噂話の影響か、一定の距離を置いているようだ。同様に、ルシアスとも近からず遠からずといったところで、何をするのか様子をみているのだろう。フルーメルからすれば、よい結果が出れば自身が協力した為であり、上手くいかなければルシアスの才が無かった為であると言うことができるので、積極的にルシアスに働きかける利点がない。しかし、感情的に動く人間ではなさそうなので、利害が一致すれば、理をもって赤錆病の対策を共有できそうな気がする。


そんな事を考えていたところに、ロイが現れた。


「朝から難しい顔をしているな。私は毎朝鍛錬という名目の元、スピカ周辺を馬で駆け回って捜索しているから爽快だぞ。」

半分嫌味を込めて爽やかに笑いながら言う。

「それは良い習慣だな。身体が鈍らぬよう、精進したまえ。」

ルシアスも半分嫌味を込めて美しく微笑んで言うと、ロイが面白そうに笑いながら続けた。

「やっと見つけだぞ。」

ルシアスの眼が輝く。大きな一歩だ。

「そうか、それは素晴らしい。後は、サスか。」

「上手くいくといいが。まだ、不確定要素が多いのが気がかりだ。」

「そうだなぁ。『コウモリ』と交渉出来たらいいのに。」

ルシアスがため息混じりに吐き捨てるように答える。そんなルシアスを元気づけるように、ロイがおどけた調子で声をかける。

「さて、殿下よ。今日も一日楽しもうではありませんか。人生は短い。美味いもの、美しいものに出会うかもしれません。」

「そうだな。何事も前向きにいこう。小さな一歩が明るい未来を作る。」


二人で励ましあいながら、修道院に向けて出発した。

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