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ルシアスとロイは、顔を見合わせて言葉を詰まらせた。
男が嬉しそうに続ける。
「な?驚いただろ?アウルム様はドビオ様にそっくりだって話だぜ。俺は見たことないけどよ。だから、アウルム様はウーベルに来ないんだよ。なんてったって『不義の子』だからさ。」
アウルムが父王との繋がりを求めた理由の中には、この話もあるのだろうか。
だが、疑問もわく。
「しかし、そんな衝撃的な話なのに王都では知るものがいないのは何故だろう。根拠のない話だから、広まらなかったのか?それに、そのドビオ様は生きているのなら今どこにいるのだ?」
アウルムに続けてロイも口を開く。
「その通りだ。さらに言えば、アウルム様とドビオ様が似てるっていうのは誰が言い始めたんだ?ドビオ様って何か特徴があるのか?よくある髪色とかだったら、ドビオ様の子なんて言えないと思うが。」
男たちが交互に返す。
「いや、誰が言い始めたかは知らんが。ドビオ様もアウルム様も見たことあるヤツがそう言ったんだろうよ。ドビオ様の顔を拝みたけりゃ、岡の上の教会に行けば見れるぜ。ドビオ様が消えて、こんな噂が広まったもんだから、家族はドビオ様を死んだことにしたんだ。死んでりゃ、子供なんて産まれないからな。どこまで行ってもドビオ様はお可哀そうだよ。」
「全くだな。ウーベルもワーヌスも家を守る方が大事だったんだろ。ララ様も好きな男と添い遂げられなくて辛かっただろうなぁ。俺だったら夜逃げしちまいそうだよ。」
1人の男が鼻を啜りながら、だってさぁと、愚痴りだした。ワインが程よく回ってきたのだろう。そんなところで、丁度食事が運ばれて来た。今日はチーズのが主役の料理だ。
テーブルの上に、一口大に切られた蒸かしたジャガイモ、カブ、人参、そして青々とした葉物野菜が彩りよく盛られた皿が置かれる。そこへ給仕の男性が、大きなチーズの半分――三日月形に切られた塊――を運んでくる。そのチーズは厚みがあり、厚みのある切断面はじっくりと火で炙られ、こんがりと焼けて香ばしい焼き色がついている。給仕の男性はチーズを傾け、まず表面のカリッと焼けた層を金属のヘラで削ぎ取るようにして、野菜の上にそっと乗せる。続いて、内側の柔らかく溶けた部分にヘラを当て、端から端まで一気に削り取る。
とろりとしたチーズは重力に従ってゆっくりと流れ落ちる。温かいチーズが野菜に絡みつき、全体を艶やかに包み込む。
皿の上の野菜がたっぷりの溶けたチーズに覆われ、香ばしさと濃厚さが際立つ一皿が完成する。
濃厚なチーズをしっかりと堪能して、二人は店を後にした。
なかなかに衝撃的な噂だったと二人で話しながら、次の目的の店に入る。こちらは地元で有名な居酒屋なのだそうだ。店内は喧騒に満ちていて、楽しげだ。
給仕の女性に席を促され、エールとつまみを頼みながら奥の席に着く。
ナッツとドライフルーツとハードチーズのかけらが混ざったつまみを受け取りながら、ロイが給仕の女性に少し困ったような顔をして声をかける。
「ちょっと聞きたいのだが、ウーベルで領主様にに雇ってもらうには誰に聞けばいい?路銀を稼ぎたくて。手持ちが寂しくなってきてしまってね。」
「あら、お兄さん達、働きたいの?二人ともいい男じゃない。うちで雇ってもいいわよ。特にこっちの兄さんになら、私が付きっきりで仕事教えてあげるわよ。」
恰幅のよい20代後半くらいの女性がロイに擦り寄りながら答える。
「魅力的な誘いで嬉しいのだが、今回は領主様に雇ってもらいたいんだ。もしかしたら、正式に雇ってもらえるかもしれないだろ?そろそろ真面目に働こうかと思ってるんだよ。」
ロイが爽やかな笑顔で返す。
「そうなの?じゃあ、ここいらに住むつもりなの?やだ、嬉しい。ちょっと待ってね。そういうのに詳しい人、呼んであげる。」
そう言って、女性は店内を見回して大声で叫ぶ。
「ちょっと!ラボール!働きたい人いるんだけど!こっち来て!」
皆の視線がこちらに向く。ラボールと呼ばれた40代くらいの男性は、入口近くの席からゆっくりとこちらに歩いてきた。その間にルシアス達の周りに座っていた者たちが口々に話しかけてきた。
「領主様のところ?」「やめとけ。あそこは恐ろしい魔女がいるぞ。」「神隠しにあうぞ。」
欲しい情報が得られそうだ。
エールを片手にラボールがドカリとルシアスの隣に座る。近くで見るとなかなかの大男だ。
「なんだ?兄さん達働きたいのか。」
「領主様のところで働きたいらしいわよ。いい男だと思ってうちに誘ったのに、私の話に全然乗ってこないのよ。失礼しちゃうわ。」
給仕の女性がそう言うと、ラボールは面白そうに答えた。
「そりゃ、いい男じゃねえか。人様の女房に色目を使うようなら、だだじゃすまねぇ。」
どうやら、この給仕の女性とラボールは夫婦のようだ。真面目に対応してよかったとロイは心の中で呟いた。ラボールはルシアスとロイを交互に見定めて言う。
「働きたい目的は何だ?俺も仲介やるには、変な奴は送れないからな。見たところ、どっか良いところの坊っちゃん達みたいだが、お前ら何者だ?」
ルシアスとロイの設定は昔から決まっている。
ルシアスの名前はルー、ロイの名前はロッソだ。二人は上位貴族の三男、次男であり、仕事にもつかず、親の金でふらふら遊び回っている。所謂、放蕩息子二人組である。ロイは黒髪に少しだけ青が混ざった灰色の瞳のため、特段目立たない。しかし、ルシアスの風貌は目立つので、放蕩息子の時には少しだけ髪色を薄い金色に変えている。瞳の色は緑色だ。これは、物理的に変えているのではなく、魔法で変えているのだ。どういう訳だか、ルシアスは幼い頃から自分の見かけをほんの少しだけ変えることができる。ステラ家の影響かもしれない。
そこそこの家の次男、三男で職なしとロイが伝える。
「なるほど。で、職を探してると。まぁ、穀潰しの次男、三男じゃ、ずっと親のすねをかじり続けるのは無理だな。で、何ができるんだ?見たところ、たいした事ができそうにはみえんが。」
失礼だが、的を得ているとも思いながら、ルシアスが答える。
「ロッソは、剣の腕が立つので護衛希望だ。私は、家令を目指して頑張ろうと思ってるんだ。どうだろうか?」
ラボールが答える前に周りが口々に喋り始める。
「どうかなぁ。領主様は優しいお人だが、あの母娘がなぁ。仕事うんぬんの前に、お前達、男前だから喰われちまうぞ。」
「嫌だって言ったら、殺されちまうしな。」
「しーっ。大きな声で言うんじゃねえよ。あいつら、街にコウモリをうろつかせてるらしいぞ。」
「そりゃないだろ。俺たちが文句言ったところで、本人たちには聞こえねぇんだから。城の中で言ったら、駄目だろうなぁ。」
「私の友達がお城で働いてるけど、この前入った可愛い新人が急にいなくなったらしいわ。何もしてないのに、可愛いから馬鹿にしたって言われた後らしいわ。」
「やっぱり、コウモリか。」
出来上がった酔っ払い達が盛り上がる。内容をまとめると、フルーメル領主の姉であるスクア母娘は気に入らない人間を『消す』。これは既に知っている情報だ。そして、その周りの人間を『消す』仕事を実行しているのが、『コウモリ』だそうだ。数少ない目撃者からの噂話によると、数人で行動し、全身黒ずくめで小柄な女性程度の背丈らしい。彼らは、恐ろしい程の俊敏さと正確な動作で仕事をこなし、彼らから逃れることはできない。つまり、一度狙われたら終わりと言うことだ。その場から連れ去られる為、その生死はわからないが再び会うことはないらしい。そして、誰も彼らの顔を見た者はいない。顔を見た者がいないのではなく、見た者がいなくなるから、いないのだろう。
酒も入り大いに盛り上がる居酒屋を、ルシアスとロイは後にする。嘘も真も含めて、沢山の情報を得ることが出来た。丁度、店の軒先を出たところで入口近くの柱に寄りかかりながら声をかける者がいた。
「ルー。」
ラボールだ。
「悪い事は言わねぇ、『コウモリ』には深入りするな。生きて故郷に帰れなくなるぞ。」
「私たちは仕事斡旋の話の延長で噂話を聞いていただけだ。『コウモリ』に興味があるとは言っていないと思うが。何故そう思うのだ?」
「情報を集めてることくらい、見てりゃ分かるよ。俺もそんなに馬鹿じゃない。『コウモリ』に接触したいんだろ?違うか?」
「素晴らしい慧眼だな。しかし、なぜそんなに危ぶむのだ?」
ルシアスが答える。
「あいつらは理屈が通じる感じがしねえ。めちゃくちゃだ。誰でも消しちまう。死体も上がらねえんだ。それと、あの母娘と『コウモリ』の一番後にいるやつは、恐らく名前を知っちゃいけないやつだ。知らぬが花ってやつだよ。」
ラボールが2人に近づきながら答える。
そして小さく囁く。
「夜になる程、甘い香りがする花は気をつけないとな。『コウモリ』はこの花に気がついちまったかな。」
そう言いながら、ルシアスの胸に飾ってある銀製の小さな花のブローチを指でチョンとつついた。
予想が確信となり、ルシアスとロイは目で同意する。この男は、銀で模ったこの花の事を知っている。そして、『コウモリ』とこの花がつながっていることも。
「何を知っている?」
「なに、コウモリの中にも花が好きなやつがいるってことくらいだ。ちょっと裏の事を知ってるここいらのやつらには、よく知られた話だ。」
「しかし、何故今日会ったばかりの私たちにそんなに親切にしてくれるんだ?」
ロイが不思議そうな顔で尋ねると、ラボールは端的に答えた。
「なんてことはねぇ。俺はステラの人間だからな。」
「ステラの人間だから親切にするという意味もわからないが。」
ルシアスがそう答えると、ラボールはすっと表情を消し、真っ直ぐな目でルシアスを見つめたまま、右手を拳にして自分の左胸を軽く2回叩いた。
ルシアスは息を呑む。
「そうか。ありがとう。忠告は真摯に受け止めよう。だが、今回は引くことができなくてね。ラボール、君に会えてよかった。」
そう告げて、ルシアスとロイはラボールと別れて帰路についた。二人の姿が見えなくなるまで、ラボールはその背中を見送った。




