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仰げば尊し  作者: 孤鶴
17/24

1-16

朝の一悶着を済ませ、朝食もそこそこに視察へ出たルシアスとロイは、今、地平線まで続く麦畑の見える小さな丘の上に立っている。

多忙のため同行できなかったフルーメルの代役として来たのは、ウーベル領の農業全般を担っているアピスという聖職者の男性だった。この国では、古くから農作物の管理を聖職者が担っているそうだ。独立国の時代に、民の命と直結する農作物の管理を聖職者が担うことで、王と聖職者のバランスを取り、国政を執っていたのかもしれない。


アピスがルシアスに説明する。

「わがウーベル領は、小麦の生産を主たる産業としています。あの北部に連なる連山からの豊富な水と肥沃な大地の恵みで、他の地域よりも粒の大きな小麦が収穫でき、質も量も最高の品質を誇っています。この小麦は、香りもよく…」

外交向けの耳障りのよい説明が続く。暫く本人の気が済むまで待とうと思い、ルシアスは適当に相槌を打っていた。が、一向に終わらない。話し始めると止まらない質のようだ。ロイが痺れを切らせて、横から口を出す。

「それで、アピス殿。赤錆病の事についてお伺いしたいのだが。我々はその為にこちらへ参ったのだ。」

「あぁ、そうでしたね。これは失礼いたしました。赤錆病なのですが、現時点でスピカ周辺に多く出ています。もうすぐ収穫の時期になるので、今期の小麦はある程度確保できますが、来期の分がどうなるか。冬が来て、一旦消えたように見えても、来期の麦が育つころにまた赤錆病が出てくるのです。一旦赤錆病が出るととても厄介です。止めることができません。」

ルシアスは、今朝応接室のバルコニーから眺めたまだら模様の小麦畑を思い出しながら尋ねる。

「ここから見ても、それなりに赤錆病の畑があるようだ。赤錆病に対して今はどのような対策を?」

「赤錆病が発生した畑はその区画を刈り取っています。それで大凡は食い止める事ができます。防げない時もありますが。しかし、食い止めたと思っても、また点々と出てくるのです。」

「区画とは、どのようになっているのですか?」

「区画と言いましても、昔から各々が耕している畑の境を区画としています。整備して四角に区切ったものではありません。楕円だったり、三角のものもあったりします。ですので、ここから見ると刈り取った畑の大小により、まだら模様に見えるのです。」

まだら模様の理由はこれだったかと思いながら、ルシアスは更に質問を続ける。

「アピス殿は、赤錆病の原因は何だとお考えですか?巷で言われているように、信仰心の無さや呪いなどが原因だと思いますか?」

「私は聖職者ですが、神の怒りや呪いなどによるとは全く考えておりません。むしろ、最近言われている『汚れた空気』の可能性を考えています。その『汚れた空気』がどこから来るのかが今のところ研究課題なのですが。」

「『汚れた空気』が研究課題?」

「はい。私は修道院の一角で農作物を実際に植えて研究をしています。どのような小麦が赤錆病に耐えられるのか、『汚れた空気』を再現できるかといったような。」

「どのような小麦、とはどういうことなのだ?小麦は皆同じではないのか?」

ロイが不思議そうに尋ねる。

「いいえ、同じではありません。私達人間と同じように、小麦にも特徴を持つものがあります。例えば、粒は大きいが数が少ないとか、粒は小さいが穂を沢山つけるとか。豆でも同じような事が起きるでしょう?柄が出たり、消えたり、白かったり。面白いですよね。」


ー『それは豆を理解すればよい』ー


こんなところで、豆の話題に出会うとは。

ルシアスとロイは互いに顔を見合わせる。

「アピス殿、よければこの後にでも貴方の修道院に伺うことはできないだろうか?色々な事が学べそうな気がするのです。」

「なんと、ルシアス殿下。私の研究に興味を示していだけるとは。今まで高貴なお方は誰も私の話など聞いてくださらなかったのに。できれば、少しお時間をいただけますか?このアピス、全力で準備させていただきたいのです。」

どうやらアピスは研究熱心な聖職者であり、その熱量が多い事から少し嫌煙されているようだ。話が止まらないのが原因だろう。明日の約束を取付け、今日の視察は終了とした。



アピスと別れた後、午後の茶会を兼ねてフルーメルと東屋で遅い昼餉を取る。

サンドイッチと紅茶をいただく。たっぷりのクロテッドクリームとジャムを乗せたスコーンも美味である。

お腹が満たされたところで、ルシアスはフルーメルに淡々と今朝の一通りを話した。もちろん、起こったことのみの内容で、二人が部屋を出たところまでだ。フルーメルは大凡を妻から聞いていたようだが、詳細を聞くにつれ、次第に顔が曇る。

そして、人払いをして重い口を開く。

「実は、あの母娘には黒い噂があります。自分の思い通りにするだけでなく、あの二人の気に触った者や邪魔だと思われた者が忽然と姿を消すと。」

「ほう、思い通りにするだけでなく、人まで消してしまうのですか?しかし、人間一人を消すのはなかなかに大変だと思うのですが、一体誰が実際に実行しているのでしょうか?彼女らを支える支持者に心当たりは?」

「それが分からないのです。彼女たちが思うままに操れる影の存在があるのは分かるのですが、全くしっぽを出さないのです。城の中にいるものなのか、外のものなのか。そして、人が消える話が徐々に広がり、この城の者は皆あの母娘に怯えるようになってしまいました。今のところ私達夫婦には何も起きていませんが、心配ではあります。」

フルーメルから、これ以上の情報は無さそうだとルシアスは判断した。そして、あの母娘とフルーメルが敵対関係であることは分かった。ルシアスがどちらにつくか分からない今、情報があったとしてもフルーメルは渡さないだろう。正しい判断だ。


午後の一時を過ごし、ルシアスはロイと共に部屋に戻る。もっと情報が欲しいところだ。ロイに相談だ。

「もっと情報が欲しい。巷の情報を集めに行かないか?」

「言うと思っていたよ。私がやめろと言っても行くつもりだろう?」

にこりと微笑んでルシアスが返す。

「持つべきものは友だな。ありがとう、ロイ。」

ロイはため息をつきながらも、ジェニにお忍び外出の旨を伝える。毎日お忍びしていた時期があったため、ここから先の手順は皆慣れている。


気の利くジェニが、手際よくルシアスの準備を整えながら、城下町の美味しい店と人が集う居酒屋をいくつか教えてくれる。この城の者から情報収集してくれていたようだ。やはりジェニは優秀だ。準備が整い、いつもの遊び人風貴族の装いとなる。気配を消してさり気なく使用人通路から城下町へ繰り出す。

活気のある街並みを、人ごみに紛れながら歩く。今日の目当ての店が見つかった。丁度夕暮れ時になり、席が埋まり始めた頃に滑り込むことができた。

先ずは、腹ごしらえだ。今日の前菜は、生ハムとトマトとチーズのスライスが順番に重ねてあるものだ。その上にはバルサミコ酢とオリーブオイルが絵を描くように不規則にかけられ、小さく切った色とりどりの野菜と食用の花が散らされていた。


周りの話を聞いてみると、所謂雑談が多い。赤錆病による不安はまだそこまで深刻ではないようだ。フルーメルの情報操作も少なからずあるのだろう。


周りの話に耳を傾けながら、前菜をワインと共につまむ。

「このチーズはなんだろう?柔らかくてさっぱりしてる。いつも食べているものとは違うな。」

「そうだな。あまり塩気がないな。本当にチーズなのか?」

ロイがしげしげとフォークに刺したチーズを眺めながら答えていると、横から声がかかった。

「なんだ、兄さん達、旅の人か?これはな、牛乳から作ってその日に食べるチーズなんだぜ。出来立てだから柔らかいんだよ。おれんちでも作るぜ。」

「それは知らなかった。色んな食べ物があるのだな。王都では食べたことがない。」

ロイが答えると、先程話しかけてきた男の相棒が口を開く。

「おっ、王都から来たのか。丁度、王都からなんとか王子が来てるそうじゃないか。何しにきたのか知らんが、何でアウルム様じゃないんだ?ここはアウルム様の故郷だろう。」

「アウルム様のじゃないよ。アウルム様の母ちゃんの故郷だろうが。」

「ああ、そうか。でも何でアウルム様は来ないんだよ。なんとか王子はウーベルになんも関係ないだろ。」

「それはわからんが、沢山王族が死んだから働けるヤツがいないんだろ。それに、アウルム様はウーベルには来たがらないんじゃないか?ドビオ様の事もあるしな。」

「ドビオ様の事ってなんだ?王都ではそんな話聞いたことがないな。」

ロイが割って入る。

「そうなのか?ウーベルじゃ有名な話だぜ。」

『なんとか王子』も気になるが、ドビオ様の話を聞かねばならないと思い、ルシアスが尋ねる。

「ドビオ様とは、どういう方なんだ?」

「あのお方とララ様の話は悲しい恋の話なのさ。」

そう言って、男が話をしてくれた。

アウルムの母ララは、ウーベル領主の第二子として生まれ、大切に育てられた。美しい女性に育った、朗らかで、聡明なララの隣には、いつもドビオという幼馴染の青年がいた。彼はウーベル領主に使える側近の息子であり、周りも当人達もいずれ結ばれるものと思っていた。しかし、運命は残酷なもので、現王が皇太子時代に地方を巡視した際に、ララは王太子の眼に止まってしまったのだ。そして、2人は引き裂かれ、ララは正室として王宮に嫁ぐこととなった。ドビオはその悲しみのあまり、姿を消してしまったと。


悲しくはあるが、よくある悲恋の話である。王族、貴族に生まれたものは、少なからずこのような人生を歩むものがいる。ロイが質問する。

「それは気の毒な話だが、アウルム様がウーベルを嫌う理由にはならないのではないか?むしろ、そんなつらい体験を乗り越えてララ様が産んだ王子だ。皆温かく迎えるだろう。」

男が意を得たとばかりに、嬉しそうに言う。

「そう思うだろ?ところが、この話には続きがあるんだよ。ドビオ様は生きてたって。で、そのドビオ様の子供がアウルム様なんだってさ。」

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