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はにかむように微笑みながら、リドアが言う。
「まぁ。ルシアス殿下、お目覚めですか?私、殿下とこのような事になるとは思ってもいませんでしたの。でも、でも、とても嬉しく思いますわ。」
どのようなことだと心の中で毒つく。裸の男女が朝同じベッドの中にいたら、状況的に想像される事は一つだろう。だが、ルシアスは何もしていない。裸ではあるが、無実だ。ため息をつきながら、天井を仰ぎ見てベッドに沈み込む。
ー嵌められた。やられたな。ー
昨日いつもよりだるく感じたこと、気を失うように寝てしまったこと、一度も起きなかったことを考えると、何か盛られたのだろう。未だに頭がすっきりしないのも関係しているのかもしれないと、ルシアスは考える。何処にそのような機会があったのか。今のところわからないが、こんなくだらない事に巻き込まれてしまうとは、更にいえば、こんなに雑な計画に嵌められてしまうとは、我ながら脇が甘いとしか言いようがない。
ルシアスはベッドを降り、身支度を整え始めた。ここ数年は自室でない場所で目覚めることが多かったため、慣れている。明け放たれたバルコニーから、朝の爽やかな風がさらりとルシアスの髪を揺らす。ルシアスは髪を手でかき上げながら、リドアに真顔で告げる。ここまで来ると、愛想笑いは不要だ。
「リドア嬢、今回の事は既に段取りが整っているのだろう?どんな結末になる予定だ?」
「何のことでしょう?ルシアス殿と私の恋が実っただけですわ。なんにも覚えてないなんて、嫌だわ。ありえませんわ。私からお話するのですか?恥ずかしいわ。」
馬鹿なのか、利口なのか。一応、恥じらって見せているようだが、誰に向けての演技なのだろうか。
そもそも素っ裸で人のベッドに潜り込み、そのままの姿で会話していることに恥じらいはないのかと言いたい気持ちをおさえながら、ルシアスは返事を待つ。
「そうですわね。お互いの為にちゃんと確認しておいた方が良いですね。ルシアス殿下には私とこうなった責任を取ってもらわないといけませんもの。殿下が何を言っても無駄ですわ。こんな事になってるんですもの。嫌だわ、恥ずかしいっ。」
ーまだ芝居を続けるのか、本当に馬鹿なのか?ー
ルシアスは、再びため息をもらす。
リドアの話を要約すると、こうだ。
昨夜、晩餐が終わった後にリドアはもう少しルシアスと話したいと思い、不躾とは分かっていたがルシアスの部屋を訪れた。応接室で二人で話していると、お互いに心が通じ合い、盛り上がって、ルシアスの方からリドアに迫ってきて、そのまま寝室になだれ込み、ことに至ったそうだ。リドアは人目を避けて来たので目撃者はなく、ルシアスの部屋にも目撃者はない。側仕えは隣室に控え、出てこなかったと。更に、ルシアスの部屋の前にいたはずの衛兵は、リドアが訪れた時にはいなかったのだそうだ。随分と都合よく人が現れなくなったり、いなくなったりするものだ。
そして、予想通りの展開が始まった。
『昨夜現れなかった』側仕えのジェニが寝室のドア越しにルシアスに声をかける。
「ルシアス殿下、スクア様がお目通りをご希望されております。」
スクアが来て、現場を目撃して、既成事実の出来上がりである。
応接室で待つルシアスのもとにスクアが訪れる。娘が見当たらなくて、探していると。そこへ、わざとらしく雑に整えた服を着たふくよかなリドアが寝室から登場。スクアがわざとらしく驚いて、困った、困った、どうしましょうと言う。そして、これまた都合がいいのか、悪いのか、フルーメルの妻が現れ、事の始終を目撃してしまう。フルーメルの妻は、ルシアスに急用で呼び出されたそうだ。ルシアスには、呼んだ覚えは全くないのだが。
実にくだらない。
騒ぐ声を聞きつけて、ロイが部屋に現れた。
スクアがにやつきながら声を貼ってルシアスに言う。
「困りましたわぁ。私の大事な一人娘がこんな事になってしまうなんて。こんなことが知られてしまったら、縁談も来なくなってしまいますわ。殿下、どうしましょう?」
「さて。身に覚えのないことに責任を取る必要はないと思うが。それに、あなた方が口をつぐめば、噂など広がることはない。心配されずとも、良い縁談が来ることでしょう。」
「まぁ、なんてことをおっしゃいますの?」
リドアが嘘泣きをしながら大声で続ける。騒ぎを大きくしたいようだ。
「私の純心を捧げましたのに。ひどいですわ、殿下!」
下手な演技はまだまだ続くようだ。
お前の純心などとっくの昔になくなっているだろう、
なんなら消えたばかりの純真とやらをそのスカートをまくり上げて白日のもとに晒して今すぐこの眼で確認してやろうかとルシアスは心の中で呟く。
ロイが割ってはいる。周りの様子からおおよその状況を把握したようだ。
一旦お互い少し気持ちを落ち着かせて今後の話をしましょうと丸め込み、母娘とフルーメルの妻を部屋から出す。
送り出したドアを背に、ロイが大きなため息を吐く。
「何なんだ?何故こんな事になってる?」
ロイが苛立ちながら続ける。
「何故あの程度の人間に、こんな事を許しているんだ?ルシアス、冗談にも程があるぞ。」
「いや、私も驚いているんだ。何が起きたかわからないが、こんな事になっている。嵌められた事は確かだな。」
ルシアスは、リドアから聞いた『ルシアスとリドアの恋話』をげんなり顔のロイに話して聞かせた。しかし、側仕えが現れず、衛兵もいなかったというくだりで、ロイの眉間が深くなる。
近くに控えるジェニにロイが問い質す。
「昨日の夜はどこで何をしていた?あの程度の人間を容易く侵入させているとは、どういうことだ?」
「大変申し訳ございません。昨夜は隣室にいつものように控えておりました。それがどういうわけか、とても深く寝入ってしまっていました。物音に全く気が付く事ができませんでした。」
ジェニはルシアスが幼い頃から仕えている優秀な側仕えだ。そんな彼も気が付かない程深く眠っていた。その事にロイが気が付く。
ルシアスが言う。
「ジェニが起きなかったのは普通ではない。それに、私も昨日の夜はだるい気がして、とても深く眠った気がするんだ。朝もまだ頭がぼんやりしている気がするよ。ロイは昨日の夜、どうだった?」
「いつもよりだるい感じはしたが、移動や晩餐の疲れだと思っていた。今朝はすっきりしているが。」
「そうか。もしかしたら、だるさは関係ないのかもしれないが。しかし、あの繊細さのかけらもない女が部屋に入って来た事に気が付かないなんてありえないだろう。だるさと深い眠り。恐らく彼女たちの影の者に眠らされたのだろう。ジェニまでいとも容易くしてやられたということは、それなりの手練だと思う。」
「そうかもしれないな。ジェニはいろんな危険から今までルシアスを守ってきた。簡単にはいかないはずだ。」
「それにしても変だと思わないか?彼女らの下で働いているにしては、仕事ができる。上と下か釣り合わない。後ろに誰かがいると考えて間違いないだろう。それにもう一つ、気になることがある。」
「何だ?」
「これだ。」
ルシアスは、先程しまった小さな燃えかすをポケットから取り出し、ハンカチの上に置く。スクアの入室許可の返事を返した時、寝室の床の端に何かの燃えかすのようなものを見つけ、ポケットにしまっておいたのだ。
「何だ?燃えかすのように見えるが。」
「そうだ。小さな燃えかすだ。」
ルシアスは手のひらに乗せたハンカチをロイの顔の前まで近づける。
ふわりと甘く香る匂いにロイが驚いて顔をしかめる。
ルシアスがそれを見て、にやりと美しく不敵に微笑む。
「そうだ。何故このようなものを使えるのか、出どころも気になるところだ。これから確認すべきことは2つだ。
1つ目は、あの母娘の後ろにいる者の存在。この燃えかすを融通することができる者。あの母娘が駒ならば、何を目的に動いているのか。私に接触した理由は何か。
2つ目は、影の者がこの燃えかすを置いった真意。挑発か、威嚇か、もしくは別の意味か。後ろにいる者からのものなのか、それとも影の者の単独行動なのか。
考える事が多いな。」
「だから、泳がせたのか。」
「そうだ。あの母娘は何時でもきり落とせる。だが、彼女たちの周りを探せば、何らかの手がかりがつかめるかもしれない。きっと影の者は私がこれを拾った様子も何処かで見ていたはずだ。先程、私があの場で母娘を泳がせた真意が分かるものならば、次に何かまたあるだろう。」
応接室のバルコニーから遠くに見えるまだら模様の小麦畑を眺めながら、ルシアスは呟く。
「パンドラの箱を開けてしまったのかもしれない。」




