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仰げば尊し  作者: 孤鶴
14/25

1-13

ルシアスとロイは、昼食を早々に済ませて、返事を待つ間に村を散策する。村は、入口の小ささとは対照的に広い畑が広がっていた。今まで見てきた畑と違って、チェスの盤のように格子状に整えられ、畦道が向こうの端まで真っすぐ見通せる。そして更に面白いことにチェック柄の様にブロック毎に違う作物が植えられていた。ざっと見て、3種類程度だろうか。自給自足に近い生活を送るための知恵なのかもしれない。そんなことを、ロイと感想を述べながら過ごした。それから一刻程して、サビエスから「諾」と返事が来た。

賢者なるものは、そんなに偉い人間なのだろうか。随分と時間がかかるものだとルシアスは思う。

会ったことはないが、存在自体が胡散臭い。その老人が何歳かなんて誰も分からないのだから、嘘を言ってもまかり通るではないか。嘘臭さ満載だと思いながら、村長の家に戻る。賢者「様」に、ご足労頂けるらしい。偉そうなやつだなとロイと二人で悪態をつく。


ロイと二人で、応接室で待つ。ここでもまだ待つ。

どれだけ待たせるのだと心の内で毒ついていると、やっと前触れが来た。気持ち的には、かなり斜に構えてお出迎えする。先入観てんこ盛りだ。


部屋の中に二人の男女が入ってくる。一人は、サスと同じ真っ白な女性だ。年の頃もサスと同じくらいだろうか。先程話に出ていたウルという少女だろう。もう一人は男性だ、人の良さそうな中年の。ゴテゴテした杖でも持った老人でも出てくるかと思っていたのだが、ちょっと、いや随分違う。


「はじめまして。この度は、こちらの誘いにお応えいただきありがとうございます。」

ルシアスは、心の中で悪態をつきながらも、いつもの万能笑顔で話しかける。

「こんなに大きく成られて。」

サビエスが答える。


その言葉に既視感を覚える。ちょっと前に同じ言葉を聞いたように記憶している。


ー誰だ、お前はー


心の中で呟く。今まで賢者など会ったこともない。いよいよ胡散臭い人間に見えてきた。こちらを騙しにきているのだろうか。なんなんだ。


ちょっと困ったような顔をして、ルシアスは続ける。

「大変申し訳ないのだが、貴方の事を存じ上げないのだ。どこで貴方と出会ったのか、記憶にないのです。教えていただけますか?」

できるだけ丁寧に尋ねてみる。なんで賢者がこんなに若いのかと、この村の人間は疑わないのだろうか。


人の良さそうな顔でサビエスが返す。

「なんと、私をお忘れになられましたか。幼い頃は聡い子であらせられたが、ここ数年の花街通いで頭を使わず下ばかり使っておられたのだろう。忘れたと申されるか。嘆かわしい。」


間違った事は言っていないが、腹立たしい。なんとも無礼な言い草ではないか、と思った瞬間、かつてそのような話し方をしていた人が頭に浮かぶ。


ー「先生」ー


しかし、彼は老人だった。目の前にいるのは中年男性だ。彼の息子だろうか。そんな事をルシアスが考えていると、サビエスは心の中を読んでいるかのように続ける。

「人を見かけで判断するとは、愚の骨頂。随分と駄目人間になられましたな。」


やはり「先生」だと確信する。しかし、一体どういうことなのだと頭が追いつかない。


「おいたわしい程の愚か者になってしまわれたものだ。では、この老いぼれが愚か者にもわかるようにして差し上げよう。」


そう話すサビエスが、とんでもない早さで老いていく。何が起きているのか理解できないルシアスの前に、かつての「先生」が現れた。


ー何ということだろう

サビエスが「先生」で、「先生」は『賢者』なのかー


呆然とするルシアスと同じく、混乱したロイが問う。

「先生なのですか?あの先生?そして賢者?先生が?今のは何?え?」


少し時間をもらって、ロイと二人で落ち着いてみる。頃合いを見て、サビエスが解説してくれた。

サビエスはステラ国の『賢者』なのだそうだ。幼い頃から懐いていたルシアスの母ミラに、フェリシア国王に嫁ぐ際に懇願され、共に王都に居を移した。その後、ルシアスが生まれ「先生」となったが、ミラが亡くなった時にその職を辞して郷里へ戻ったのだという。そして、先程の変身の魔法は賢者の秘密魔法だそうだ。なんだそれ、と思わなくもない。


この村の人が、サビエスを大切にしているのは、彼が『賢者』であることを知っているからだ。時の権力者に利用されないように、昔から『賢者』はその存在を明らかにしない。先程のサビエスの様に、見かけを変えれば大抵のものは気が付かないだろう。『賢者』の知識は、繁栄をもたらす。だから、かつてのステラ国の人々は、故郷に戻ったサビエスを大切に匿っているのだろう。この村が、侯爵家と近しい関係にあることにも合点がいく。


サビエスの事を一通り理解したルシアスとロイは、気を取り直して、本来の目的であるウルについてサビエスに問う。


「そちらのウル嬢について、伺いたいのですが。実は、私の側近にウル嬢と同じように白く、眼が赤いものがいます。彼の両親は白くなく、彼だけが白いのです。ウル嬢、何か知っていることや気が付いたことがあれば教えてほしいのです。彼の可能性を知りたいのです。」

「残念ながら、親については全く知りません。私自身、特に何の特技もありませんし。見かけ以外は、普通の人間です。」

「ウルの魔力は普通だ。」

サビエスが付け加える。


核心を突いた答えが返ってくる。先生はルシアスの考えることなどお見通しのようだ。


「そうですか。では、なぜ彼らのように白いものが存在しているのでしょうか?」

ルシアスが先生に質問する。

「それは豆を理解すればよい。」

「豆?」

ロイが不思議そうに言う。

「そうだ、豆だ。豆は好きか?」

「ええ、まぁ。嫌いではないです。どんな豆の話ですか?」

ロイが続ける。

「ふふふっ。先ずは自身の目でよく見て、考えなさい。」

先生らしい言葉と言えば、そうなのだが。今回はあまり時間がない。ルシアスが会話に加わる。

「先生、大変失礼なのは重々承知なのですが、私達は今ウーベル領へ行く途中なのです。あまり時間がありません。簡単に教えていただけませんか?」

中年男性に戻ったサビエスが答える。

「ルシアス様、安直に答えだけを求めてはなりません。成り立ちを知らずして、真の理解はありませぬぞ。」


ぐうの音も出ない。この「豆問題」は、解決にもう少しかかりそうだ。それからは、サビエスが延々と昔を懐かしむ話につき合わされた。ウルが楽しそうに、相槌を打っている。ルシアスとしては、もっと色々聞きたかったのだが、きっと答えは先程と同じだろう。だから、違う話をされているのだとルシアスもロイも理解している。しかし、収穫はあった。今回はこれでよしとしようとルシアスは自身に言い聞かせた。


サビエスとウルが去った頃には、外は真っ暗になっていた。秋の日は釣瓶落しだ。夜間移動は危険なので、今日は村で過ごすことにする。


「サス、怒ってないかなぁ。」

「多分、今頃いらいらしてるだろうな。ルシアス、明日何か買って、持っていってやろう。」

「そうだな。申し訳ないことをしたな。」

一応、二人が戻らなかった場合には具合が悪いとかなんとか言って誤魔化すようにと伝えてある。今頃、部屋に籠もっているだろう。


今日は、村の中に唯一ある宿に泊まることにした。旅の食事は毎回楽しみだ。宿で一番人気の料理が運ばれてきた。『カツレツ』というらしい。


薄くのばした豚肉が、小麦粉により香ばしく焼けている。その上には、フレッシュトマトとハーブとオイル、少しの塩で作られたソースがかけられていた。付け合わせは、青菜とカブの薄切りとふかした芋だ。こちらには、アイオリソースがたっぷりまぶされている。フレッシュトマトのソースは、秋トマトらしく、皮が薄く、甘みが強い。パンはもちもちとした食感だ。食後には、乾燥アンズと生のイチジクの薄いパイが出てきた。パイ生地にカスタードクリーム、その上にアンズとイチジクを交互に並べてある。


どれもとても美味であった。幸せな時間に感謝して、明日に備える。

挿絵(By みてみん)

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