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爽やかな朝が始まる。早々に宿を発ち、程よいところで馬車から馬へと乗換えたルシアスとロイは、リンブス地方に向かっている。
リンブス地方は、ルシアスの母の故郷である。リンブス地方と、その北方に位置するキニス地方は、かつてステラ国、シルヴァ国という名の小さな国だった。帝国とフェリシア王国の間に挟まれながらも独立を保っていたこの二つの小国は、ルシアスの祖父王の時代、フェリシア王国に飲み込まれた最後の国々だった。ルシアスの名は、ルシアス・ステラ・フェリシアだ。祖国と祖国の名をなくした母を哀れに思った父王が、ルシアスにその名を残すことを許した。強国は、この二国の名を奪い、新しい名を付けた。その独立心を完全に削ぐためだ。名を無くしたことにより、人々の記憶の中でそれらは過去のものとなった。
ルシアス自身は、リンブス地方には訪れたことはない。なぜなら、母は身体が弱く、長旅ができなかったからだ。しかし、母が祖国を大切に思っていたことはよく知っていた。郷愁はないものの、自分に縁のある土地を尋ねる事が嬉しかった。
もうリンブス地方に入っているのだろうか。かつての領土の境であった場所には、今はもう何もない。どこまでがウーベル地方なのか、どこからがリンブス地方なのかも分からない。ただ、広大な畑が続いていた。秋の高い空の下、風にそよぐ麦穂が波のようにうねっている。美しい景色だ。
「白い女性は、サスと何か関係があるのかな。それとも、偶然だろうか。」
ロイが独り言のように言う。
「わからない。白い人間なんてめったに出会うものでもないだろうし。そもそも、サスはなぜあんなに白いんだろうな。彼の父も母も白くなかったそうだ。何か魔力が関係してるのかもしれない。」
「魔力が強いと白くなる、とかそういうことか?」
「そうだ。王族はほぼ金髪だ。そして、王の魔力が他のものよりも多いのは皆が知るところだ。そして、私は銀色の髪。ステラ家特有の色だ。ステラ家は星詠みの一族だ。星詠みは、王より強いその魔力で未来を視ると母から聞いたことがある。」
「初めて聞く話だ。」
「おおっぴらに話す内容でもないしな。」
「それもそうか。王族の魔力って、王のみが引継ぐものだろう?ステラ家もそうなのか?」
「さあ、多分そうなんじゃないかな。」
「その考えでいくと、サスは、王よりも星詠みよりも更に魔力が強いから、真っ白ってことになるな。」
「そうだ、私の推測でしかないのだが。髪の色と魔力の関係を考えたら、そういう推測もあるかなという程度だ。まぁ、『賢者』説並みの愚説だがな。」
この世には、魔力なるものが存在する。水を出したり、火を起こしたりなどといった派手なものではない。身体の内に宿り、生命力と深く繋がっている。魔力と生命力は互いに均衡を取合い、どちらかが欠けるともう一方が補う。例えば、怪我をした時に生命力が削られると魔力がその生命力を補充するのだ。生命力が削られ続けると、魔力も注ぎ続かれ、やがて魔力も生命力も枯渇すると死に至る。いわば、見えないエネルギー源だ。これを多く持つと、他者よりも体力的に強かったり、精神的に強かったりするというわけだ。しかし、大抵の人間は魔力をうっすらと持っている程度のため、真偽は分からない。王がわざわざ自身の魔力について話すこともないので、噂話の域を超えないというわけだ。更に、まことしやかに言われていることがある。王よりも遥かに膨大な魔力を持つものは『賢者』と呼ばれ、生命力を長く維持することで、尋常ではない年月を生きるそうだ。ルシアスは『賢者』なる者に会ったことはないので、その胡散臭いおとぎ話のような長生き説は全く信じていない。
そんな話をしながら馬を進めていると、やがて赤毛の男が言っていた村の入口に着いた。道のどん詰まりの先にある小さな村のようだ。男の話の通り、村の入り口近くに店がある。午前中で多くが畑に出ているためか、周りはひっそりとしていた。馬を降りて、店に入り、中を見回す。所謂、雑貨店だ。
ゆったりと椅子に腰掛けてこちらを見ている店主が声をかけてくる。
「おや、珍しいお客さんだね。ここいらの顔じゃなさそうだ。今日は何のようだい?」
警戒心の塊だ。それもそうだ。怪しい二人組である。
ルシアスが単刀直入に返す。
「ちょっと教えてほしい事があって、こちらに伺った。この店で真っ白な女性を見たと言う話を聞いてね。その方に会えないかと思って来たところだ。ご主人、何か知ってることがあったら教えてくれないかな。」
「さて、何の話か分からないな。ここいらでそんな人間がいたら大騒ぎだよ。勘違いじゃないか?」
まともな反応だ。不審者に村の情報をペラペラ話すようでは、村唯一の雑貨店主は務まるまい。
ルシアスは被っていた帽子を脱いで、軽く髪をかき上げた。銀色の髪がさらりと落ちる。
そして、もう一度尋ねる。
「小さなことでも良い。思い出せることはないだろうか。」
店主はルシアスの容姿を見て、動きを止めた。暫く凝視して、立ち上がり、やや緊張した面持ちで問いかける。
「その髪の色は…。貴方は、ステラ家の方ですか?」
「そうだ。今の当主の縁戚にあたる。」
店主は暫く動かなかった。そして、ここではなんだからと村長の家に行くよう告げられた。正確には、懇願された。判断しかねているのだろう。言われるがままに村長の家を訪ね、差し障りのない天気の話から始まり、益にも害にもならない世間話が繰り広げられた。さして間を空けずに、一人の男が部屋を訪れた。
その男はラボールと名乗り、ルシアスを眺めながら微笑んだ。
「こんなに大きく成られて。」
誰だろうか、ルシアスには覚えがない。
「失礼だが、貴方とお会いした記憶が私にはありません。貴方の事を教えていただけますか?」
自分が何者かを告げぬまま相手に尋ねるのは無礼であるが、ここで王子と名乗ることも憚られる。
「もちろんでございます。申し遅れました。私はステラ家で代々執事を務めさせていただいております、ラボール・ディアコヌスと申します。ルシアス様におかれましては、ご健勝の様子。お目にかかり、大変光栄に存じます。」
最上級の礼を取られる。
母の兄である現在の侯爵と共に、一度王城に見舞いに来た時に会ったらしい。母のたっての願いで、亡くなる少し前にステラ家のものが訪れていた。その中にいたのだそうだ。要所をぼやかしながら、ラボールはそう教えてくれた。村長らに、ルシアスの立場が分からぬよう気を使ってくれたようだ。ルシアスが、ステラ家の縁戚であることだけは、はっきりと伝わったようだ。
「そうでしたか。あの時は、気持ちが落ち着かなくて、何も頭にはいらなかった。申し訳ない。」
「いえ、当然でございます。辛い中、よくぞ立派になられましたな。」
村長はラボールを待っていたらしい。ステラ家の領土なので、銀髪を見せれば口を割るかとルシアスが軽くみていたら、こんな人物まで引き寄せてしまった。小さな地域なので、遅かれ早かれステラ家には話が回ると思っていたが、こんなに住民と領主が近いとは意外であった。もしかしたら、この村は領主と近しい理由があるのかもしれないとルシアスは思った。
ラボールに、忙しい中、申し訳ないことをしたと労い、先程の話を持出す。
「白い人間というのは、ウルのことでしょう。」
ラボールが村長を見ながら確認する。村長はうなずきながら答える。
「はい。ウルはこの村のものですが、この村の生まれではありません。サビエス様が赤子の時に連れて帰られました。なんでも遠出の帰り道、早朝の道端で産着に包まれて泣いていたとか。」
ここでも虐げられていたか。何故人は、自分と見かけが違うものを受け入れられないのだろうか。侘びしくなる。
ルシアスが会うことができないかと尋ねると、村長がサビエスという人に許可を取ってくるという。
「彼が保護者であり、許可を取るのは分かるが、わざわざお伺いを立てるとは、サビエス様というのはどういった人なのだ。」
村長が答えに困り、ラボールに視線を向ける。
「ルシアス様、サビエス様は『賢者』だからですよ。」
ー『賢者』ー
驚いた、本当にいたのか。ロイを見ると、ロイも驚いて目を見開いている。おとぎ話の登場人物程度の存在が急に現実味を帯びて、興味を引かれる。
『賢者』と白い人、どちらにも会ってみたい。
早る気持ちを抑えながら、村長家で返事を待ちつつ昼食を堪能した。




