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「それで、これからまずどうする?」
ロイが尋ねる。
「そうだな、先ずは腹ごなしをしながら噂話でも聞いてみるか。情報収集だ。」
「いいね、賛成。」
王都を抜け、ウーベル地方に向かって伸びる北方への道を進む。馬車は真っすぐ北に向かっているが、ルシアス達は脇道を寄り道しながら北上する。程なくして宿場町に入り、美味しそうな匂いが漂ってきた。活気のありそう店を選び、その店の一押しを注文する。料理を待っていると、色々な声が聞こえてくる。
隣のテーブルの二人の男たちの会話だ。
「知ってるか?とうとう赤錆病がここいらまで広がってきたらしい。うちのいとこが先週ぼやいてたよ。あれにやられると牛なんかの餌にも出来ないから、稼ぎがなくなっちまうんだとよ。稼ぎが無けりゃ、出稼ぎに行くしかないよなぁ。俺だったら、嫌になるな。」
「そうだな。出稼ぎは何かと気が重い。なんとかならんのかな。お上は何してんだよ。俺たちから巻き上げてるんだから、こういう時こそどうにかしろってんだよ。」
「本当にそうだよな。それに、こんなに病気が広がったら、食べられるものがなくなっちまうんじゃないのか?早めに小麦を買い込んだ方が良いんじゃないか?」
「そうかも知れないな。値段が上がる前に買った方がいいかもしれんな。帰りにちょっと買って帰るか。」
まさに今、ルシアスが動き始めたのだが、初動が遅かったようだ。残念である。
更に、ルシアスの後のテーブルからは男女三人の別の話題が聞こえる。
主に男女二人が話しているようだ。
「いやいや、それが案外嘘でもないらしいぞ。そうじゃなきゃ、あんなに次々と王族が死んだりしないだろ。ありゃ、正しく呪いだよ。きっと今までいろんな場所を占領した時に殺された奴らの祟りだろ。恨まれてんだよ、王族は。おぉ、怖い。」
「本当に呪いなの?じゃあ、なんで死んでる人と生きてる人がいるのよ。全員子供が死ぬならわかるけど。」
「それがさ、死んだ人間は本当の王の子供で、生きてる人間は、どうやら王の子供じゃないらしいぞ。」
「えっ、それなに。じゃあ、今生きてる王子と王女は王族じゃないってことじゃないの。」
「そうなんだよ。本当なら面白いよな。ニセモノ王子とニセモノ王女だな。」
黙って聞いていたもう一人の男が会話に参加する。
「いや、今時、呪いだなんて嘘だよ、嘘。確かに、沢山死んだけど、王座を狙って殺し合ったんだろ。子供多すぎだし。」
「あー、それもありだなぁ。でもそれが本当なら、兄弟姉妹で殺し合うなんて、どんなやつらなんだろな。人間じゃないな。」
「しかも、生き残ってる一番下の、なんて言ったっけ、イシルルス?、イシルルだっけ?」
「イシルスじゃない?」
「あぁ、イシルスか。イシルス王子なんて、暇さえあれば女遊びしてんだろ?人殺しで、女たぶらかして、最悪だな。まともに生きてないボンクラだ。」
なかなかの言われっぷりである。
ハリボテどころではない。ニセモノ最悪ボンクラ王子という、大変名誉な名前をいただいてしまった。しかも、ルシアスではなく、イシルス。
「流石に痺れる内容だな。」
ロイがニンマリしながら話しかける。
「そうだな。ここまで来ると、これ以上は評判の落ちようがなさそうだな。」
二人で苦笑していると、大きめのココット皿が運ばれてきた。この店の一押し料理だ。
大人の手のひらを広げた程のココット皿から、ホワイトソースとトマトソース、その上を覆うチーズがほんのり焦げた香ばしい香りがする。ココット皿の縁では、ソースがグツグツと音を立てている。スプーンですくってみると、ソースの下からひき肉とマッシュポテトが出てきた。皿の一番下がマッシュポテト、その上にデミグラスソースで味付けた玉ねぎとひき肉が敷き詰められ、更にその上にホワイトソースとトマトソース、溶けたチーズとなっているようだ。
ルシアスとロイは、その美味しさに感嘆しながら、楽しい食事を満喫した。その間も、あちこちから結婚や浮気や就職や恋愛など、様々な話が聞こえてきた。『生きている』と実感する一時だ。
ココット皿の中をほぼ空にして、空腹が満たされ始めた頃、隣のテーブルの二人の男たちの会話がまた耳に入ってきた。
「そういや、この前、リンブスの端っこの村に行った時にさ、すごい女を見たぞ。」
「なんだ、それ。すごい女って、どういうことだよ。変な格好でもしてるのか?」
「違う、違う。」
「なんかさ、白いんだよ。」
ー『それが…、白いんだ。』ー
ルシアスの頭の中でロイの言葉が思い出される。
男たちの会話が続く。
「色白なんて、別に珍しくないだろ。」
「違うんだって。髪の毛まつ毛も眉毛も全真っ白なんだって。なんか、妖精みたいに見えたんだよ。綺麗だった。」
「はぁ?そんな人間見たことないぞ。寝ぼけるなよ。真っ白なんてありえないだろ。」
既視感のある会話だ。ロイと目を合わせる。
ルシアスが隣のテーブルの男たちに話しかけた。
「その話、私にも教えてくれないだろうか?」
突然話しかけられた男たちは、驚いた顔をしてお互いを見合った。どう見ても、お忍び貴族の出で立ちの二人組に話しかけられたのだから当然だ。
「なんだい兄さん、白い女の話に興味があるのか?」
白い女を目撃した赤毛の男が尋ねる。
「そうなんだよ。見て分かると思うが、私達はお忍びで遊んでる身だ。色々遊んできたから、大抵の女では物足りなくなってきていてね。どんな女か、とても興味があるな。」
ルシアスは、この数年間で鍛え上げた、艶っぽく悪さを含んだ笑顔で答える。
「お貴族様は、変人だな。何がいいんだよ。でも、ただってわけにもいかねぇよなぁ。」
もう一人の男がにやつきながら言う。
ルシアスは周りを見渡し、目の合った給仕の若い女性にエールを4つと声をかける。
給仕の女性が元気よく返事をして奥へ向かい、あっという間に4人分のエールを運んできた。
ルシアスは女性にありがとうと言いながら、その手を取り、彼女を見つめながらその手の甲に口づけて、赤毛の男に話す。
「男なら、美しいものに触れたいと思うものだろう?」
艷やかに微笑みながら女性に合わせていた視線を、赤毛の男に向ける。他のテーブルから呼ばれた給仕の女性は、名残惜しそうにはにかんで振り返りながら去っていく。赤毛の男はゲンナリした顔で答える。
「折角のエールが不味くなる。俺がベスと話せるようになったのにどんだけかかったと思ってるんだよ。簡単に手なんか握りやがって。しかもベスも喜んでんじゃねえか。なんなんだよ、やってられねぇ。」
女性はベスと言うらしい。そして、この赤毛の男の想い人のようだ。遊び人を演出してみたが、ルシアスはとんだ墓穴を掘ってしまったようだ。
その後、赤毛の男から聞いた話をまとめるとこうだ。
数カ月に一度、男はウーベル地方の東の端、帝国と境界を接するリンブスという街に近い村に、商いのために訪れている。その村は昔から他者を嫌い、外との接触がほとんどない村なのだそうだ。最小限の生活用品を得るために、男と取引をしている。今回、いつものように村の入り口近くにある店に商品を卸しに行った際、白い人間を見たのだ。その日は雨だったという。雨の雫を払いながら店内に入ったところで、親子と思われる二人の客に出くわした。一人は中年男性で、カウンターで店主に必要なものを告げていた。その隣には、頭からすっぽりと外套を被ったもう一人が立っていた。赤毛の男が店内に入ったことで、一陣の風も店内に吹き込み、その頭の外套を振り払った。男は、髪も睫毛も眉も、そして肌すらも白い女性にそこで出会ったらしい。年の頃は、丁度中年男性の娘といった頃だったそうだ。男が驚いて、突っ立っていると、慌てて頭巾をかぶり直し、二人でそそくさと店を出ていった。誰だと店主に聞いても、よく分からないととぼけるだけで、何も教えてくれなかったそうだ。
ルシアスは赤毛の男に礼を告げると、ロイと店を出た。今回の旅は目的があるため、あまり寄り道はできないが、その村に寄ることくらいはできるだろう。
近隣の畑の様子を見ながら、本日の宿泊予定場所に戻る。ところどころ小さく刈り取られた畑が見える。恐らく赤錆病が出たのだろう。しかし、相対的に被害は少ないようだった。
ー明日は朝からリンブス近隣に向かってみよう、母の故郷にー




