第553話 文明の利器
「今日お集まりしていただいたのは、お見せしたいものがあったからです」
次の日の午後、トキオは自分の部屋に魔導士たちと勇者を招いており、クロアもその場にいた。6人が座っているソファのテーブルにはお茶と茶菓子が出されており、部屋の入口のすぐ横にはセバスチャンが控えていた。
「見せたいもの?」
魔導士長が聞いた。
「はい、これです」
トキオは、普段は部屋の隅に置いてある台をあらかじめ部屋の真ん中あたりに移動させており、その上には上側が紐を絞って閉められるようになっている縦横30センチほどの毛革製のずだ袋が置かれていた。そして、その横には縦横20センチほどの白くて薄い板のようなものが置かれていた。
「何かの毛皮でできているようだが、それはなんだ?」
「これは、俺がこの世界に来て最初の1か月を山の中で暮らしていた時にディアギラスの皮で作った袋です。そしてこの中に・・・」
トキオは、その袋の中から分厚いハードカバーの本を取り出した。
「それは、そなたの世界に送ったこの世界に召喚するための書ではないか」
「はい、そうです。これは、この屋敷に来てからずっとこの袋に入れたまま書斎にある収納棚に誰にも触れさせないように保管してありました。でも、お見せいしたいものはこれではなく・・・」
トキオは、再度袋の中に手を突っ込むと、中から縦長の薄い板状のものを取り出した。
「今日、お見せしたかったのはこれです。これはスマートフォン、略称をスマホと言って、俺の世界で作られたものです。これで、皆さんに俺の世界の文明がどの程度なのかをお見せしようと思います。ただ、電気で動くものなんですが、この屋敷に来るよりずっと前にその電気が切れて動かなくなっていたので、皆さんにお見せするのをあきらめてました。ところが、今回の遠征中に、ギルドとかにある冒険者のステータスを調べる道具が雷魔法を使える魔法使いによって内部に蓄電されて動作するものだと知って、その原理を使ってこのスマホに充電できるんじゃないかと考えたんです」
「そなたの世界の文明をとな?検査具が蓄電によって動作するのはその通りだが、その小さくて薄いもので何を見せられると言うのだ?」
「それには魔導士様にご協力いただく必要があります。実は、この袋の横においてある板は、その検査具から蓄電できる部分を外したもので、午前中にセバスチャンに用意してもらったんですが、あいにくと蓄電が切れてて充電できませんでした。うちには雷魔法を使える人間がいませんので、すみませんが、これに蓄電をお願いします」
「うむ?そなたの世界の文明とやらには前々から興味があったから喜んで協力するぞ」
そう言って魔導士長が立ち上がった。
「すみません、なるべく短い時間で蓄電させたいので4人皆さんで同時にお願いします」
「そういうことか。了解した」
モルナール魔導士が答え、他の二人の魔導士と一緒に立ち上がって台の周りに集まって来た。トキオは、スマホをポケットに入れると袋と本を取り上げ、数歩下がってから本を袋の中にしまって床の上に置いた。
4人の魔導士は、四方から台の上に手を伸ばし、蓄電させる板の上に人差し指と中指の先を置いた。
そのまま2分ほどそうしていたが、そこで板がぼんやりと光るようになった。
「蓄電できたようだ」
魔導士長が言い、4人は板から手を離して少し下がった。
「ありがとうございます」
トキオは、台のところに戻るとポケットからスマホを取り出してぼうっと光っている板の真ん中に置いた。
そのまま10数秒ほど見つめている、スマホの表面に、スマホの充電が開始されたときに出てくる内部が少しだけ赤くなった乾電池のような絵が表示された。
「やった!成功です!」
「おお、何かの絵が浮かび上がったな?」
「これはなんだ?」
「充電が開始されたことを現す絵です。ただ、もう少し充電させないと一定時間動かせないのでソファに座ってお待ちください」
「そうか。わかった」
クロアは、その絵が気になったのか伸びあがるようにして見ようとしていたが、魔導士たちがソファに戻って来たので腰を下ろした。
その後は、しばらく今回の魔王討伐についての話になった。その中で魔導士長が言った。
「トキオ、陛下が今回の功績を讃えてそなたに褒章を与えるとおっしゃっていた。後ほど正式に通達があるであろう」
「えっ?こんな立派な屋敷を貰った上に、維持費や食費などのこの屋敷にかかるお金も全部出して貰ってるんで、これ以上貰うのは申し訳ないですが」
「相変わらずの謙虚ぶりだが、国王からの褒章などめったにあるものではない光栄なものだぞ。むしろ、感謝していただくものだ」
「はあ・・・」
貴族の風習などは知る由もないので、トキオにはピンと来なかった。
トキオは、ずっと台の横に立って話していたが、20分ほど経ったところでスマホを見ると充電が30%となっていた。
「あ、そろそろ大丈夫そうです」
トキオは、スマホを取り上げると電源ボタンを長押ししてスマホを起動した。
「もう大丈夫なのか?それで、その小さな板で何ができるのだ?」
「それを今からたっぷりとお見せします。セバスチャン、悪いけど窓のカーテンを閉めてくれる?あ、真っ暗にならないように一番左は少しだけ開けといてね」
「わかりました」
セバスチャンは速足で窓に寄ると、まず左端のカーテンを少しだけ開いた状態で閉め、それから次々とすべてのカーテンを閉めて行った。
「ありがとう」
セバスチャンは、軽く会釈をすると廊下側の壁際に戻った。
「先に言っておきますが、これには魔法は一切使われていません。これから視聴していただくものは、あくまで物理的な技術によって実現されています」
「視聴?」
「はい。言葉の意味はすぐにわかります。では、暗くなったところでまずこれですかね」
トキオは、スマホの背面を魔導士たちの方へ向けると、ライトを点灯した。
「わっ!眩し!」
クロアが驚いて目の前に手を持って来た。
「ほう、そのような薄い板に光る仕掛けが入っているのか」
「もしかしてそれが、そなたが以前に言っていた電気で点灯する電球というものか?」
「まあ、そんなようなものです。では次です」
トキオは、「ミュージック」のアイコンをタッチした。
(さすがに最初からメタルはハードル高いよな。クラシックなら楽器の音も馴染みがあるんじゃないかな?でも、なるべく最初の音が派手なやつで・・・ああ、これがいい。そうだ!ボリュームも大きくしちゃえ)
トキオは、ボリュームを最大にしてからスマホのスピーカー側を皆に向け、チャイコフスキーのピアノ協奏曲1番の再生マークをタッチした。
途端に、オーケストラの演奏が大音量でスマホから飛び出した!
「キャッ!」
「なにっ!」
「なんだと!」
クロアや魔導士たちはもちろんのこと、これには、さすがの勇者も驚いて思わず声を上げた。セバスチャンを見ると、声こそ上げなかったが目を丸くして驚愕の表情を浮かべていた。
「ど、どうしてそんなところからそんな大きな音で楽器を演奏している音が聞こえるのだ!」
「しかも、複数の楽器の音が聞こえるではないか!」
「どういう仕掛けなのよ!」
皆、かなりパニックを起こしたような様子になっていた。
「まだまだ驚くのは早いですよ」
トキオは、今度は「写真」のアイコンをタッチした。
(さてと、どうせならこの世界にないもの・・・これがいいか)
トキオは、六本木ヒルズの写真を画面いっぱいに表示させると皆のところに近寄って行って見せた。
「うん?この銀色の塔はなんだ?」
魔導士長が聞いた。
「これが俺の世界の建物です」
「なに?こんなに縦に長い作りなのか?うん?左にある赤い二つの塔も建物なのか?」
「そうですね」
「ちょっと待て!周りの下の方にある小さいのも建物ではないのか?」
勇者が驚いた様子で聞いた。
「そうです。右の手前にあるのが12、3階建てくらいですかね」
「なんだと!」
皆、一斉に驚きの声を上げた。
「では、この銀色の建物は何階建てなのだ?」
「確か55階建てくらいだったかと。高さは120メラマインくらいですね」
「まさか!」
「信じられん」
「そんな高い建物を作れる技術があるとは!」
そこでトキオがセバスチャンを見ると、とても気になるらしくこっちをじっと見ていた。
「セバスチャンもここに来て見なよ」
「よろしいですか?それでは、失礼します」
普段なら一度は辞退するところが、よっぽど気になったのかすぐに寄って来たので、トキオはスマホを目の前に持って行ってやった。
「こ、これは・・・」
写真を見るなり、目を丸くして絶句した。
ふと右に視線を戻すと、クロアがスマホを下から覗き込んでいた。
「なにやってんの?」
「どこからそんな絵をその板の中に入れたのかと思って」
「紙が入ってるわけじゃないよ。説明しても理解できないからしないけど」
「なによそれ。ひどくない?」
「だって、この板の中に入って来た光を電気信号に変換して、とか理解できるか?」
「電気信号ってなによ?」
「ほら、そこから理解できないだろ?」
「まあそうだけど・・・」
「だから、こんなこともできるんだよ」
トキオは、写真の右上に人差し指を、左下に親指を置いてからその指をくっつけるようにスマホの上で滑らせた。
「あ!絵がちっちゃくなった!」
「そしてこう」
今度は、元の位置に開いてみせた。
「今度は大きくなった!」
「紙に描いたものならこんなことできないだろ?」
「確かにそうね・・・」
「それより、まだ続きがあるんだからちょっと待って」
トキオは、カメラを起動して「ビデオ」をタッチし、録画を開始した。
「何してるのよ?」
「そこで立ち上がってくれる?」
「こうでいいの?」
クロアは言われた通りに立ち上がった。
「いいよ。じゃあ、右手を上に上げて」
「こう?」
クロアは言われた通りにした。
「オッケー。座っていいよ」
そこで録画の停止をタッチしたが、このやり取りの間、トキオの横にいたセバスチャンは、目の前の様子がスマホの上に映っているのを見て驚愕の表情になっていた。
「これからお見せするのが、このスマホのもう一つの機能である動画撮影です」
「ドウガサツエイ?」
「それはなんだね?」
「セバスチャンこっちに来て・・・これです」
トキオは、セバスチャンをソファのすぐ後ろに移動させると、今撮影した動画を再生して皆に見せた。
「ええええ!?さっきの私がそこにいる!」
「我々もいる!」
「どうなっているのだ!」
反対側のソファに座っていた勇者とモルナール魔導士とフォンク魔導士は、立ち上がると身を乗り出してスマホの画面を食い入るように見つめた。
「と、まあ、この機能すべてをこの小さな板の中に納められるほどの文明レベルが俺のいた世界ということです」
皆は、呆然とした表情で固まっていた。トキオは、その様子を見て満足げな表情でほほ笑んでいた。
今回のお話は、この小説を書き始めた時から考えていたものです。だって、20代の人間、しかも、いつ緊急連絡が入るかわからない刑事が外出時にスマホを持ち歩かないなんて不自然ですもんね。




