第217話 初めての自転車体験
腰の状態は大分良くなってきましたが、まだ、本調子じゃないです。
でも、かなり休んじゃったので、毎日更新はできないかもしれませんが、少しずつ進めていきます。
「お帰りなさいませ、ご主人様、クロア様」
馬車が屋敷に着き、トキオに続いて馬車から降りようとしたフーゴは、そこでビクリとしてステップに足を乗せたまま動きを止めた。
「どうしたのよ?早く降りてよ」
フーゴの後ろから降りようとしてぶつかりそうになったクロアが言った。
「あ、ああ」
その言葉で、フーゴは我に返ってステップを降りて行った。
「なあに?なぜ立ち止まったの?」
馬車から降りたクロアは、フーゴの横に並ぶと聞いた。
「ああ・・・あの『お帰りなさいませ』って挨拶だよ。あんなの聞いたことないから、思わず動きが止まっちまうよ」
フーゴは思わず素直にそう答えたが、クロアに笑われると思い、しまった!と顔をしかめた。
「あー、わかるわかる。私も言われるの、今でも慣れないもの」
しかし、クロアは意外にも真顔でそう答えた。
「やっぱり、そうなのか。少し安心したぞ。でも、そうならなんでやめさせないんだ」
「やめてって言ったんだけどねえ。『それはできません!』って全力で拒否されたのよ。どうも、あれをやらない執事失格ぐらいの考えみたいよ」
「ええ~?・・・うーん、そういうもんなんだなあ。貴族のしきたりってのはよくわからん」
「私もわからないわ」
「ホントですか!?」
そこで、メアリーとジェーンから嬉しそうな驚きの声が上がった。
「ああ。ちょっとこっちに来て」
クロアとフーゴが見ていると、トキオはそう言ってメアリーとジェーンを馬車の後部まで連れて行った。
それから、荷台に積んであった自転車を降ろそうとしたが、
「あ、やります!」
と、メアリーが言い、ジェーンと一緒に自転車に手を伸ばした。
「大丈夫だよ・・・よっと!」
トキオはそう言うと、二人が掴む前に荷台から自転車を持ち上げ、地面に静かに置いた。
それから、後輪の車軸のところに付けられたシングルスタンドを足で立てて自転車から手を離した。
馭者のキビルは、自転車が下ろされたことを確認するとトキオに向かって一礼をしてから馬車を発車させ、いつものように車庫の方へ戻って行った。
「これが自転車だよ。これに乗ると人が走るより早く移動することができるんだ」
「そうなんですか!?。素晴らしいです!」
メアリーとジェーンは、感激した顔で目を輝かせた。
「あれ?さっき私が乗ったのとちょっと違わない?」
自転車を見ながらクロアが言った。
「あれは王様の前で試乗して見せた1台目だからな。2台目以降のは、練習する時に後ろから支えられるように荷台を付けてあるんだよ。ここに荷物を積んだり、二人乗りしたりもできるから、これがあると色々と便利だぞ」
「ああ、王様とそんな約束したって言ってたわね・・・あれ?でも、約束は1台目に荷台を付けるってことじゃなかった?」
「1台目を試乗した結果、何か所が不具合が見つかったから、それを手直しした2台目を王様に渡したんだよ。少し時間がかかったんで、まだかまだかって何回もウェスターさんのところに催促があったらしく、ウェスターさんは出来上がったら大急ぎで王様に届けに行ったよ。俺はその間に、王様の従者に練習方法を教えてて、それもなかなか大変だったけどな」
「ふーん、そうだったんだ」
それからトキオは、メアリーとジェーン方を向いた。
「じゃあ、ちょっと乗って見せるね・・・ああ、そうだ。メアリー、一輪車の時のようにタイヤに強化魔法をかけてくれる?今回は前後の二つのタイヤにね」
「はい!わかりました!」
メアリーは自転車に近寄ると、後輪、前輪の順に強化魔法をかけた。
「うん、いいね。ありがとう」
メアリーが下がると、トキオはハンドルを両手で掴み、スタンドを足で跳ね上げてからハンドルとサドルの間から右足を通してサドルに跨り、右側のペダルに足を乗せた。
「あら、今日は乗り方が大人しいわね」
その様子を見たクロアが言った。
「そりゃあ、メアリーとジェーンに後ろに足を振り上げて跨れとは言えないからな」
「へえ、そんなこと気にするなんて意外だわ」
「なんだよそれ。俺をなんだと思ってるだよ」
「巨乳好きのスケベな男」
クロアは一瞬の躊躇もなく即答した。
「な!・・・お前なあ」
トキオは呆れ顔でクロアを睨んだが、
「プッ!」
後方から笑い声が漏れたのが聞こえたので振り返ると、自転車の後ろに立っていたメアリーとジェーンが少し前かがみになり、口に拳を当てて笑いをこらえていた。
しかし、トキオの視線に気づくと、慌てて真顔になって背筋を伸ばした。
「なに笑ってんだよ」
「いえ、笑ってません!」
メアリーとジェーンは慌てて答えた。
「ウソついてもバレバレだぞ!」
「いえ、本当です!」
メアリーとジェーンは、首を小刻みに左右に振りながらさらに否定した。
「図星を差されたからって、なに女の子をいじめてんのよ」
クロアがそう言ったので、そっちに視線を戻すと、横にいたフーゴが笑わずに真顔でうんうんと頷いてたので、トキオはさらにガッカリした。
「なにが図星だよ!・・・まあ、いいや。とにかく乗って見せるから見てて」
トキオは再びメアリーとジェーンの方を向いてそう言った。
「はい!」
二人は、嬉しそうに大きな声で返事をした。
この時、誰も注意を払っていなかったが、相変わらず玄関の前に立ったままだったセバスチャンが、すごく興味を惹かれたような顔でトキオと自転車を見つめていた。
「行くよ!」
トキオはそう言うと、ペダルに乗せた右足に一気に力を込めて急加速で発進し、玄関前から屋敷の建物に並行して延びている小道をスピードを上げながらまっすぐ進んで行った。
すると、自転車は、見る見る間に皆から遠ざかって行った。
「もうあんなことろに!」
「すごーい!」
自転車を追いかけて走り出したメアリーとジェーンだったが、すぐに追いつけないと悟って足を止めた。
トキオは、そのまま50メートルほど走ってから右に折れ、もう1本隣の道を通って玄関先に戻って来た。
そして、王様の目の前でやったように前輪のブレーキだけを強くかけて後輪を少し浮かせたうえで自転車を横に振ってから停車した。
「ご主人様、かっこいいです!」
「ステキです!」
メアリーとジェーンは心底感激した様子で、キラキラした目でトキオを見ながら興奮した声を上げた。
「へえ~、こりゃスゴいなあ」
フーゴも心底感心したという体で嘆息を漏らした。
「あんなにスピードが出るんだ。驚いたわ・・・」
クロアも素直に驚いていた。
彼らの背後で、実はセバスチャンが一番驚愕した顔をしていたが、皆トキオの方を見ていたので、誰もそのことには気づかなかった。
唯一、トキオだけがそのことに気付いていたが、セバスチャンの立場を考えて、そのことは内緒にしておこうと思った。
ただ、皆の興奮して驚いた様子には満足げな笑みを浮かべた。
「どう?乗ってみたい?」
「はいっ!」
トキオの問いかけに、メアリーとジェーンは興奮した顔で声を揃えて答えた。
「じゃあ・・・強化魔法をかけてもらったことだし、メアリーからかな」
トキオはそう言いながら、メアリーに向かって手招きした。
「ありがとうございます!」
メアリーはそう答えて、トキオのそばまで駆け寄り、ジェーンも興奮した顔のまま続いた。
「じゃあ、さっき俺がやったようにこの座るところ、サドルって言うんだけど、に跨って」
「わかりました」
メアリーは、ハンドルを両手で掴むとトキオがやったのと同じようにサドルに跨り、右足をペダルに乗せが、バランスを崩しそうになって、
「あ!」
と、短く声を上げると慌てて右足を地面に付いた。
「おっと!」
トキオは、あわてて後ろに回って荷台を押さえた。
ジェーンも慌てて、横からメアリーの左腕を掴んだ。
「最初はバランスとるのが難しいか・・・しっかり押さえてるから右足をペダルに乗せてみて」
「はい!」
メアリーは元気に答えると、言われた通りにペダルに足を乗せた。
「じゃあ、ゆっくりとペダルを踏みつけながら左足もペダルに乗せて、そのままぐるぐると回すように漕いでみて」
「はい・・・では、行きます!」
メアリーは、右足に力を込めながら左足もペダルに乗せると、ゆっくりと自転車を発進させた。
さすがにバランスがうまくとれずにハンドルは左右にぶれたが、トキオが荷台をかなりの力で押さえていたので、なんとか倒れずに進んで行った。
「じゃあ、広い道路の方がいいから、門の方へ向かって」
「はい!」
メアリーは、おぼつかないハンドルさばきで自転車を門の方へ向けた。
「よし。少しずつスピードを上げよう」
「はい!」
メアリーは、相変わらずの元気な返事で言われたとおりにスピードを上げた。
ジェーンは、トキオの後ろからハラハラした様子で自転車を追いかけて来ていたが、他の3人は元の場所から動かずにその様子を見守っていた。
「いいね!その調子!」
「はい!」
メアリーはさらにスピードを上げた。
すると、自転車の走りが安定してきて、ハンドルのぶれが少なくなった。
トキオはそのまましばらく荷台を掴んだままでいたが、ハンドルがほとんどぶれなくなったのを見計らって荷台から手を離した。
しかし、走るスピードはそのままで、自転車の真後ろをピッタリついて走って行った。
メアリーは、少しふら付きはしたが、そのまま倒れずに自転車を進めて行った。
「おお!」
その様子を見たセバスチャンから思わず声が漏れた。
フーゴとクロアも、驚いた顔で倒れずに進んで行く自転車を見つめていた。
「メアリー、スゴい!」
そこで、ジェーンがそう声をかけたので、メアリーは、
「えっ?」
と、声を発して思わず振り返った。
すると、トキオが自転車の荷台から手を離していたので驚いた。
「ええっ!」
メアリーはあわててしまったため、ハンドルがぶれぶれになって右側に転倒しそうになったが、トキオがすかさずダッシュしてメアリーの体を受け止めた。
「よくできました」
トキオは、メアリーに向かってにっこりと微笑むみながら言った。




