第206話 魔人の提案
「もう王都に戻られて大丈夫なのでしょうか」
馬車がアルアビスの街を出たところで、フーゴは隣に座っているモルナール魔導士に聞いた。
フーゴは、周りを3人の魔導士に囲まれて緊張していたが、今日、王都へ戻ると聞かされてからずっと気になっていたので思わずその質問が口から出た。
「アティムの街が気になるかね」
モルナール魔導士は、わずかに笑みを浮かべて聞き返した。
「あ、いえ、そんなわけではなく、まだ、魔人が3体も残っていると聞きましたもので。王都から援軍に来ていただいた兵士の方々も戻るんですよね?」
「そうだ。まあ、そなたの心配もわかる。だが、魔人も自分たちだけで攻めてくるほどバカではないということだ」
「と、申しますと・・・」
「魔人の恐るべき身体能力についてはそなたも聞いていると思うが、とは言え、多数の軍隊と我々を相手にして魔人単独でなんとかできるとは魔人自身も考えていないということだ。師団長ともなればなおさらであろう」
「ああ、なるほど」
「前回、大量のオークを失い、今回は12体ものトロールを失った。ゴブリン程度なら、まだ、ある程度の数は残っているかもしれんが、軍隊相手にまともに戦える魔物ではないことは奴らもわかっているのだ」
「ゴブリンはそうですね」
「我々にとって魔人と同じようにやっかいなのは魔獣だが、今回、出てこなかったところを見ると、出せる魔獣がいなかったのだと判断して間違いあるまい。前回の侵攻から予想通り1か月開いたところを見ると、戦力の立て直しには今回も同じぐらい、もしかすると、もっとかかるだろうと我々はみている」
モルナール魔導士のその言葉に、対面に座っていたブルーメ魔導士とイディアス魔導士も頷いた。
「なるほど、納得しました。ありがとうございます」
「まあ、そなたの気持ちもよくわかる・・・しかしそれは、この南部に限っての話だ」
「と、言われますと?」
「元々、魔人は西部から侵攻を開始したのはそなたも知っておろう」
「はい」
「その後、西部からの侵攻が止まったのは、我々が西部に戦力の増強を行って、多数の城も新たに築き、常に魔族からの侵攻に備えているからだ。何度か小競り合いがあったが、それをすべて撃退したことで魔人も西部から攻めるのが容易でないことを理解したのだ」
「ああ、そのあたりの話は聞いたことがあります」
「うむ。しかし、そうやって戦闘を仕掛けたことで、逆に、南部は西部より手薄であることが知られてしまったのだろう。それでもなかなか侵攻して来なかったのは、王都から遠いため、大きな戦力と日数が必要だと判断したからであろうな」
「それはわかりますが、では、1か月前から急に大掛かりな攻勢をかけて来たのはどうしてなのでしょう」
「1か月前からではないぞ」
「え?」
モルナール魔導士が意外なことを言ったので、フーゴは面食らった。
「魔物たちの動向は、冒険者によって行われている簡単な討伐も含め、各地の冒険者ギルドからその地に駐屯する王国軍を経由して、日々、王都に報告が上がっている。少しでもまとまった攻撃があれば、我々にも報告が来るのだが、半年ほど前に大量のオークとその直後に不完全体のヒドラが現れたことがあったであろう」
「あ!そうです!それが、昨日話した郊外の集落が全滅した話です」
「ああ、なるほど。あれがライフル銃を量産するきっかけになったのだな・・・それで、あの攻勢を王都で分析した結果、集落が30体で落とせたのなら、用意していた250体ほどのオークで、アルアビスの街程度なら落とせると考えたという結論になった」
「え?あの時、そんなにオークがいたんですか?」
「ヒドラを倒した後に、王国軍でオークが出て来た洞窟を調査してわかった。だから、それまでの戦力であったなら、あの場に集結した冒険者たちは蹴散らされていた可能性が高い・・・しかし、魔人に一つだけ誤算があったのだ」
「誤算・・・ですか?」
「トキオがいたのだ」
「え?・・・ああ、確か、あの時はトキオが光魔法で洞窟を潰したからオークは少数しか出て来れなかったんでしたね!」
「それだけではない」
「え?」
「その前に、アティムの冒険者たちに、強化魔法で武器が強化できることと、柔道などの格闘技を教えていたであろう?他に、収入が増えて武器をより良いものに変えることができたと聞いている」
「あ、はい!そうです!」
「それによって、冒険者たちの戦力が格段に上がっていたから、予定通りオークのすべてを投入できたとしても、あの場で魔物側が勝利することは難しかっただろうと我々は考えている」
「確かに、確かにそうですね!」
「あの時の王国軍は、オークの戦力を過少に見積もって初動が遅れたので、冒険者の戦力がトキオが現れる前のままなら、本当にアルアビスは落とされていた可能性が高かった」
「おっしゃる通りです」
そこで、モルナール魔導士は一旦言葉を切ると、苦笑してフーゴを見つめた。
「どうも、そなたやアティムの冒険者たちは、トキオの功績を過小に評価している節があるな。王が直々に王都に呼んで報奨を賜ったということの意味を、少し考えてみたらどうだ」
「あ、はい・・・それなりに・・・少なくとも本人よりは評価しているつもりではいたんですが、確かに、それでも評価が過小だった気がしてきました」
「そうなのだ。本人が一番分かっていないのだ。謙虚な性格というのもあるだろうが、根底には、自分にとっては当たり前であることを伝えただけ、という意識があるからなのだろうな」
「そうですね。いつも、そんな感じでした」
「まあ、それで威張られるよりは良いがな」
モルナール魔導士がそう言って笑うと、馬車の中が笑いに包まれた。
ライマールが目を開けると、それは、見慣れぬ部屋だった。
硬く冷たい台の上に寝ていたようだった。
「・・・うん?ここは?」
「ああ、やっと目覚めたわね」
自分が寝ていた台の足元にある衝立の向こうから声がしたかと思うと、その陰からクラウディウスが姿を現した。
「ああ、お前か・・・ここはどこだ?」
「あら、瀕死になってるところを助けてあげたのに偉そうなもの言いね。私のお城よ」
「・・・そうか」
そこでライマールは、台から足を下げるように横座りになった。
少し沈黙が流れたが、その間、クラウディウスは見下したような目でライマールを見ていた。
「しかし、人間ごときに気を失うほどやられるとはね。まったく、無様なものよね」
「・・・色々と想定外のことが起こったのだ」
「想定外?何のことを言ってるの?」
「まず、人間どもの戦力の上がり方が想定を超えていた。トロールがあれほど簡単にやられるとは・・・」
「ふうん、それから?」
「魔導士があの場にいたことだ。しかも、前回と同じ3人もだ。数日前まで王都にいたことは確認している。どういうことだ?」
「それで?」
「サラスを一瞬で消し去ったあの魔法だ。どうも、光魔法とは違う魔法のようだった。ヒドラを倒したのと同じかもしれん」
「ふうん・・・聞いてると、どれもあらかじめ想定できた話のような気がするわね」
「なんだと?お前なら予想できたと言うのか?」
「当然よ。あなただって、今までの戦闘をちゃんと分析していれば予想できたはずよ。あなたが怠慢なだけじゃないの」
「ふざけるな!傍観してただけの者はなんとでも言えるな」
「本当のことを言ってるだけよ。少なくとも、前回のオークのやられ方を見てたら、トロールがああなることは予想できたはずよ」
「く・・・」
クラウディウスは、そこで一つ大きく息を吐いた。
「それで?これからどうするの?」
その言葉で、ライマールは視線を落として険しい顔になったが、すぐに視線を上げるとクラウディウスをしっかりと見つめて言った。
「今回の作戦が失敗したのは確かだ。魔王様のところに連れて行って処分をするのならお前の好きにしろ」
その返事を聞いたクラウディウスは、呆れたように鼻から一つ息を抜くと言った。
「何を勘違いしてるの?魔王様との約束の期限にはまだ20日あるわよ。処分は、それが過ぎてからよ」
それを聞いたライマールは、再び視線を落としたが、
「・・・そうか」
絞り出すように、その言葉だけを漏らした。
「でもねえ、戦力、全然なくなっちゃったからねえ、南部を落とすのは難しいわよねえ」
バカにしたような調子でクラウディウスが言ったが、本当のことだったので、ライマールは何も言い返せず視線を落としたままだった。
「そこで提案よ」
そのクラウディウスの言葉で、ライマールは顔を上げ、怪訝な表情でクラウディウスを見た。
「もう少ししたら、私も攻めようと思ってるの。もちろん、魔王様の許可は取ってるわ。それを手伝わない?あなたが、このまま魔王様に処分されるのも忍びなくてねえ。私って優しいわねえ」
クラウディウスは、微笑みを讃えながら言った。
「くっ!・・・」
それは、自分の部下になれと言ってるのと同じだったので、ライマールは屈辱で肩が震えたが、言い返せる言葉は見つからなかった。
「さあて、あなたが全快するまでこの部屋は使っていいわよ。返事はそれからでも構わないからちゃんと考えておいてね。じゃあね」
クラウディウスは、そう言うと忽然と姿を消した。
ライマールは、しばらく同じ姿勢のままその場に座り続けていた。




