第197話 新たなる驚異
アウレラは、チドリから手を離すと後ずさって地面に尻餅をついた。
「はあ、はあ、はあ・・・」
アウレラは、息を切らせながら、顔を地面にうずめて横たわっているトロールの頭部を呆然と見つめていた。
自分がこの手でトロールにとどめを刺したことをひどく非現実なものと感じて、頭の中が空っぽになったような感覚に襲われていた。
「やった!」
アウレラによって頭部に刀を突き立てられ、倒れて動かなくったトロールを見たパーシーが叫び、同時にアウレラに向かって走り出した。
それを見た他の冒険者たちも、アウレラに向かって走り出した。
皆は、目の前の下り坂を駆け下りると、かなりのスピードでアウレラに向かって走って行った。
そのため、前方にいた王国軍の兵士を突き飛ばす格好になって、兵士たちの何人かから悲鳴と怒号が上がった。
「いてっ!」
「なにすんだ!」
「ふざけるな!」
しかし、誰もそれを意に介さずアウレラに向かって突進した。
一人、ブロームだけは皆の後ろから普通に歩いてアウレラの方へ向かっていた。
同時に、まだ、前方の広範囲に散らばっているトロールとゴブリンが仲間たちの驚異にならないか、視線を走らせて確認した。
幸い、倒したトロールの後方にいたゴブリンは、トロールが急に走り出したことでその盾を失ったため、兵士たちにことごとく撃ち取られていた。
兵士たちの間を通り過ぎようとしたところで、
「おい!お前たちはなにやってるんだ!」
と、兵士の一人から怒鳴られたが、
「いや、突き飛ばしたのはあいつらなんで、あいつらに言ってくださいよ」
と答えて、涼しい顔で前に進んで行った。
「なんだと!お前の仲間だろうが!」
と、当然のように切り返されたが、
「あ、あっちから別のトロールが来ますよ」
と、右斜め前を指さした。
「なに!?」
兵士たちがまんまとつられて一斉にそっちを見たので、その隙に、少し小走りになってアウレラのところへ向かった。
アウレラは、パーシーに助け起こされると、皆に囲まれて肩を叩かれたりしていた。
助け起こしたパーシーは、アウレラに抱きついたが、
「こらこら、なにやってる!」
と、すぐにアニタから引き剥がされた。
「え~?単なる親愛表現だろうが」
と、パーシーは不服そうだったが、他の男たちから体のあちこちを掴まれてさらに遠くに離された。
「ああっ!お前らまでなにすんだよ!」
「下心見え見えなんだよ」
エドが言った。
「そんなことないって!」
「いや、あるね」
フォスも同意した。
「誤解だよ!俺は・・・」
「おい、まだ終わってないぞ。そういうのは後にしとけ」
そこで、マルケルが左右の前方を指さしながら冷静に言った。
皆が指さされたほうを見ると、仲間が倒されたことに怒ったのか、トロールが1体ずつこちらに向かってきていた。
「・・・よし、次だ!右の方が近いから次はあいつだ」
パーシーが右から来るトロールを指さしながらそう言うと、
「わかった!」
何人かからそう返事が返り、3分の2が、先ほどと同じようにパーシーの前に横に展開した。
アウレラは、自分が倒したトロールに視線を戻すとしばらくそれを見つめていたが、後ろから肩を叩かれて振り返った。
それはブロームだった。
「大丈夫か?」
ブロームは、少し心配するような顔で言った。
「ブローム!」
アウレラは、ブロームの顔を見た途端、張り詰めていたものがスッと途切れる感じがして、しっかりとブロームに抱きつくと両の目から大粒の涙を流した。
「あたし、あたし・・・」
「わかってる。何も言うな」
そう言ってブロームはアウレラの頭を優しく撫でた。
アウレラはブロームの胸に顔をうずめて泣きじゃくった。
「あ!ブロームだけズルいぞ!」
二人の様子を見たパーシーが言ったが、
「いいから、あんたは指揮に集中しなさい!」
すかさずアニタに耳を引っ張られて怒鳴られた。
「イテテテテ・・・わかってるよ!・・・ようし!構えて!・・・あー、痛ぇ」
パーシーが耳をさすりながら、そう指示を出すと、皆はトロール目がけて一斉に銃を構えた。
その後方で、王国軍の兵士たちに動きが起こっていた。
「よし、冒険者たちが右から来るトロールを狙っているから、我々は左から来るヤツだ!」
その集団にいた士官が、そう兵士たちに指示を飛ばした。
「先ほどの冒険者たちの攻撃方法が有効だったからあれを参考にする。通常弾を装填している者はトロールの胸の真ん中を狙え!動きが止まったら、徹甲弾を装填している者が右ひざを狙うんだ!冒険者たちは、何か特殊な弾を使ったようだが、こっちは徹甲弾と数で勝負だ!」
「了解!」
兵士たちは一斉に答え、皆、手に持ったライフル銃を構えてトロールに狙いを付けた。
「まだだぞ、もう少し引き付ける!」
「はい!」
その時ブロームは、アウレラを胸に抱いたまま、回りの状況を見極めるように戦場全体に視線を走らせていた。
トロールたちはさらに王国軍に迫っており、兵士たちからは、銃弾だけでなく投げ槍も飛ぶようになっていた。
次にブロームは、先ほどまでトロールたちが潜んでいた国境の向こう側の森を見たが、その手前で、隣国の兵士たちが武器を手に持ったままこちらの戦況を伺っているのが目に入った。
距離が遠かったためその表情まではわかなかったが、国境を越えてこちらに侵入できないことがもどかしいかのように、ほとんど動かずにじっとこちらを見つめていた。
続けてブロームは、視線を上げて森の上空から戦場の空全体を見渡した。
その様子は、何かを捜しているようだった。
右の方を見てから再びブロームが正面の森の上空に視線を戻した時、それは忽然と現れた。
「来た!」
ブロームは思わず叫んだ。
その声でアウレラは顔を上げてブロームの顔を見てから、その視線の向けられている方向へと振り返った。
そして、すぐにその存在に気付いた。
「魔人!」
「そうだ!」
ババババン!
しかし、二人の声は、トロールに向けて発砲された冒険者たちに銃声にかき消されたため、他の冒険者や兵士のうち、誰一人としてそのことに気付いた者はいなかった。
二人の頭からは周りの状況のことは消えており、そのまま魔人を注視し続けていた。
魔人は背中から左右に横長の羽を広げ、しばらくそのまま森の上で羽ばたいていていた。
どうやら、こちらの戦況を見ているようだった。
30秒ほどそのままだったが、一瞬、体を後ろへ引くような仕草をしたかと思うと、突然、かなりのスピードでこちらに向かって来た。
魔人が国境を超える瞬間、隣国の兵士たちがそれに気づき、何人かが矢を射かけたが、魔人のスピードが速かったため、すべて魔人に届かなかった。
そして、矢は、その1斉射だけで終わった。
矢が国境のこちら側に落ちるのを見た兵士たちが動揺している様子が見えたので、協定を気にして射かけるのをやめたんだろうとブロームは推測した。
ブロームが、魔人ことを皆に伝えようとアウレラの肩を掴んで体から離した瞬間、飛んでくる魔人と同じ高さの左右の視線の端で動くものを感じしたため視線をそちらに向けた。
驚いたことに、左右にも1体ずつ魔人がいて、やはりこちらに向かって来ていた。
「3体いるよ!」
アウレラもそのことに気付いた。
「ああ、なんてこった!・・・パーシー!」
ブロームは、そう叫んで冒険者たちがいる方へ走り出したが、
ババババン!
再び放たれた銃の音で、冒険者たちには聞こえなかった。
ブロームがその先を見ると、先ほどと同じように膝を砕かれたトロールが、今度は横倒しに地面に倒れるところだった。
「とどめだ!」
パーシーの号令で再びトロールの頭部に銃弾が浴びせられたが、その瞬間にブロームはパーシーのところにたどり着き、肩を掴んでこちらを向かせた。
驚いた顔のパーシーに向かって、中央の魔人の方を指さしながらブロームは大声で言った。
「魔人が来る!」
「なんだって!?」
パーシーは、さらに驚いた顔になってブロームが指さした方を見た。
「あっ!」
パーシーは、一声あげると、その場で固まった。
パーシーのそばにいた冒険者の数名にもブロームの声が聞こえたらしく、同じように魔人の方を見て固まった。
そこで、アウレラが追いついて来た。
「パーシー、魔人が銃弾の届くところまで来たら、発砲して魔人を牽制してくれ!俺は王国軍に伝えて来る!」
「わかった!」
ブロームは、そこから一番近い位置にいる上級士官に向けて走った。
走りながら、
(ああは言ったが、ホントに牽制なんかできるのか?・・・くそっ!どうすりゃいいんだ!)
そう考えて絶望的な気持ちになっていた。
ブロームが見つけた上級士官は、その一角の指揮を執っていて戦場を広く見渡していたが、ブロームが走って来るのを見て、驚いて兵士たちに命令した。
「撃ち方やめ!」
ブロームは、射撃が止まったのを見ると、走りながら大声で叫んだ。
「魔人が来るぞー!」
そして、魔人が来る方を指さした。
兵士たちは皆、ブロームが指さしたほうを見て飛んでくる魔人を確認すると、驚愕の表情を浮かべた。




