第192話 サーヤ伯母さん
「ここらも家の倒壊がひどいな」
「ああ・・・トロールというのは恐ろしいほどの破壊力だよな」
「まったくだ」
腰から剣を下げ、首から下に鎧に着用した二人の若い兵士が、この辺りの様子を確認するように、落ちている物を時々拾い上げては確認しながら歩き回っていた。
しかし、とある畑の脇に来ると足を止めた。
「う゛!・・・この死体はひでえな」
「うわ、下半身だけかよ」
そう言うと、二人は死体の脇にしゃがみ込んで2体の死体を調べ始めた。
「・・・食いちぎられてる。足の様子からして二人とも女だな。この食いちぎられ方からしてトロールの仕業だろう。まったく、見境なしにひでえことしやがる。あいつら、どうして上半身だけ食べるんだろうな」
「さあな・・・さあ、こいつらを運ぼうぜ。ちょうどいい戸板がある」
二人の兵士は、立ち上がる、少し離れたところに落ちている戸板のところに向かったが、その途中で四角い鉄製の箱が、やや斜めに地面に少しめり込んでいるのに気が付いた。
「なんだあの箱は?」
「ああ、狩人が山で狩って来た動物を入れるための檻だな。最近は、魔物に動物が食いつくされたせいで使われなくなったけどな」
「ふうん、そうなんだ・・・」
その兵士は、檻に興味を惹かれたらしく、近寄って鉄格子になっている部分を覗き込んだが、すぐに驚きの表情になった。
「おい!人が入ってるぞ!」
「なんだって!」
もう一人の兵士も駆け寄ると、同じように檻の中を覗き込んだ。
「女か。若いな。生きてるのか?」
「どうだろう・・・おい!大丈夫か!」
「う・・・ん・・・痛っ!」
その言葉でアウレラはうっすらと目を開けたが、頭痛に襲われて思わず頭を両手で押さえた。
「おお、生きてるぞ!・・・待ってろ、今、出してやるから」
その兵士は、そう言うと鉄格子を開こうとしたが、びくともしなかった。
「ダメだ!鍵がかかってる!・・・何かで壊さないと」
そう言ってキョロキョロ辺りを見渡した。
その言葉を聞いたアウレラの脳裏に、マリーナが鍵を竈の中に放り投げた光景が浮かんできた。
「・・・かまどの中」
一人の兵士が、そのアウレラの声に気付いた。
「なに!?なんか言ったか?」
「・・・カギはかまどの中・・・」
「え?」
その言葉を聞いて、兵士が上半身を起こして周りを見たところ、畑の隅に竈があった。
「わかった!待ってろ!」
兵士は、竈まで走って行くと竈の中を覗き込んだ。
すると、たまっていた灰の上に、半分めり込むように鍵が落ちているのを見つけたので、素早く拾い上げると檻のところに戻った。
「今、開けてやるからな。待ってろ」
「・・・うん」
アウレラは、まだ意識がはっきりしなかったが、頭を押さえていた手を目の前に持ってくると、それが血で真っ赤になっているのを見て驚いた。血は、少し固まりかけていた。
「え?なにこれ?・・・ああ!お母さん!おねーちゃん!」
そこで、アウレラはすべてのことを思い出して大声を上げた。
それを聞いて、二人の兵士は驚くと同時に、渋い表情になって顔を見合わせた。
兵士は黙って鍵を開けると、アウレラに手を差し伸べた。
「いやっ!いやよ!」
「いいから、そこから出るんだ。頭をケガしているようだから手当をしないと」
兵士の一人は、そう言いながらアウレラの腕を掴んで強引に檻から引きずり出したが、アウレラが死体を見ないように、死体に背を向けて抱きかかえた。
「離して!お母さんとおねーちゃんを助けないと!」
「もう、ここには誰もいないよ。みんな逃げたから」
暴れるアウレラをなだめるように、兵士は優しく言った。
「・・・ホント?」
「ああ・・・とりあえず救護所に行こう。そこで消息が分かるかもしれない」
「・・・わかった」
それで、アウレラが大人しくなったので、兵士たちは少し速足で半分外形をとどめているアウレラの家の陰に入って死体が完全に見えないようにした。
「歩けるから大丈夫だよ」
「そうか?じゃあ、とりあえず立ってみるか」
兵士はアウレラを降ろしたが、アウレラは両足で立つと少し目まいを感じてよろけた。
「おっと!無理するな。両側から俺たちが支えよう」
そうして、3人は救護所の方へ歩いて行った。
アウレラは頭部をかなり打っていたので、その日は、西部方面軍によって村に臨時に作られた救護所のベッドに寝かされていたが、また魔物が襲って来る可能性があったので、次の日の朝には、村からかなり南東に行ったアデナの街に移送された。
アウレラは、そこの医療院で2日過ごしたが、その間に、襲って来たトロールとオークが魔人に率いられていたこと、村の東方に隣接していた城は完全に破壊され、そこにいた兵士の多くが命を落としたこと、そして、トロールたちは最終的には、そのさらに東方にあった西部一のを大きな城を占領して立て籠もったことを聞いた。
そして、トロールたちの目的は、初めからその城を占領して魔族の根拠地とすることだったと結論付けられ、アウレラの村は、たまたま、その進路にあったために蹂躙されたのだと言うことも聞いた。
村人の多くは、東側の城が門を閉ざして入れなかったため南東方面に逃れたが、それが幸いしてほんどは無事だったとのことだった。
しかし、アウレラの母と姉の消息は不明だった。
「アウレラ、アウレラ!」
「サーヤおばさん!」
入って来たサーヤは、アウレラのベッドまで走り寄ると上半身を起こしていたアウレラをしっかりと抱きしめた。
「つらかったね、つらかったね」
そう言うサーヤは、大粒の涙を流した。
アウレラも、伯母の顔を見てホッとしたら、今までこらえていた涙がどんどん溢れて来た。
そのまま二人は、泣きながらしばらく無言で抱き合っていたが、サーヤがゆっくりと体を離すと、アウレラの目をしっかりと見ながら言った。
「アウレラ、良くお聞き。お前には早く立ち直って欲しいからハッキリ言うわ」
アウレラは、サーヤの「立ち直って」という言葉にこの先の話が良くないものであることを感じ、胸がドクンと高鳴った。
「あなたのお母さんとマリーナが亡くなったのを私が確認して来たわ」
その言葉を聞いたアウレラは目を瞑ったが、その閉じた目から、涙がどんどん流れ出て来た。
それから、サーヤに抱きつくと声を上げて泣いた。
「あたし、あたしね。ホントはおかーさんとおねーちゃんがトロールにやれたのを知ってたの。すぐそばにいたのよ、すぐそばに。それで、悲鳴と骨が折れる音が聞こえて・・・」
そこから先は、もう言葉にならなかった。
「そう・・・つらかったね、つらかったね」
サーヤは抱きしめたままアウレラの頭を撫でながら涙声で言った。
アウレラは、母の姉であるサーヤが住むアティムの街で一緒に暮らすことになった。
二人には子供がいなかったので、伯父もそのことを喜んでくれた。
アウレラは、しばらくは何をする気力も沸かず、学校へはいかずにずっとサーヤの家にいて、お店をやっているサーヤ夫婦のために家事だけをこなして過ごした。
学校は中退扱いになってしまったが、アウレラには、もう、そんなことはどうでも良かった。
そんな時、サーヤの家の納屋に、剣があるのを見つけた。
「あの剣を見つけたか。あれは、俺が若い頃に隣に住んでいた冒険者の人に剣を教えて貰うために買ったものだよ。『俺も冒険者になりたい』と言うと、その人は喜んで剣を教えてくれたんだ。ただ、俺は元々運動があまり得意じゃなかったから、結局は上達しなくてね。とても冒険者をやれるような腕にはなりそうもなかったから、お前ぐらいの歳にあきらめたのさ」
伯父は、笑いながらそう語ってくれた。
アウレラが自分もやりたいと言うと、伯父は、やっとアウレラが自分から何かをやると言い出したことが嬉しかったのか、喜んで教えてくれた。
サーヤも、同じように喜んでいた。
それから毎日、剣に見立てたこん棒を使って朝と夕に稽古をしたが、元々、運動が得意だったアウレラはめきめき上達し、半年経つ頃には、伯父を打ち負かすことが多くなった。
「アウレラにはいい素質があるな。もう適わないな」
伯父はそう言って笑った。
それからは、伯母夫婦の使いで街の中の他の場所に行くこともするようになったが、その美貌とスタイルの良さ・・・特に、胸の大きさは、あっという間に街中の若い男たちの話題になった。
しばらくすると、たまには街の外に出た方がいいだろうという伯父の提案で、3人の冒険者に護衛されて郊外の森へ薬草の採取に出かけた。
途中、ボアドンが出てアウレラたちに突進して来たが、護衛の冒険者が簡単に切って捨てて何事もなかった。
しかし、それを見たアウレラには、
(そうか!冒険者になれば、あたしも魔物を退治することができるんだ!)
という、強い思いが沸き上がって来た。
それからは、朝夕以外でも、手の空いている時間はひたすら剣の稽古に励んだ。
そんなある日、裏にある木に打ち込みをしていて、手が滑ってこん棒で左の手首をしたたかに打ち付け、腫れ上がったことがあった。
その時、右手で晴れた部分を押さえながら、
「あたしはもっと強くならなきゃいけないからこんなことで稽古を休めないんだ!腫れよ早く引っ込め!」
と、念じたら本当に腫れが引いてしまった。
夕食の時にそのことを話したら、
「それは治癒魔法だよ。そうか、アウレラは治癒魔法が使えるようになったか!」
そう言って伯父は大喜びしてくれた。




