第191話 アウレラの記憶
「おねーちゃん、遅い~!」
「はあはあはあ・・・もう、本当に足が速くなったわよね」
「おねーちゃんが遅くなったんじゃない?」
「そんなことないわよ・・・もう、アウレラには完全に適わないわ。私の方が息も切れちゃってるし、体力も追い越されたわね」
「それは、おねーちゃんが学校を卒業してから運動してないからじゃないの?」
「それはあるかもしれないけど、アウレラの歳の時でもそんなに足は速くなかったし、息も続かなかったわ」
「そうかなあ・・・それより、頂上までもう少しだよ。早く、早く!」
「ちょっと待ってよ」
マリーナは、息を切らしながら歩いてアウレラに追いついた。
二人は、標高200メラマインという、この地方では高い方の山の頂上を目指していた。
山道と言っても勾配はゆるやかで、二人とも、登山用の靴を履いてはいたのものの、比較的ラフな長袖のシャツと長ズボンを着用していた。
「じゃあ、早く行こう!」
アウレラはそう言うと上り坂を駆けだした。
「ちょっと待って。もう走れないわ」
マリーナは、そう言うと、歩いてアウレラの後ろをついて行った。
「もう、しょうがないなあ」
アウレラは、そう言ってマリーナが来るのを待つと、並んで歩きながら頂上へ向かった。
この高さまで来ると背の高い木々は見られなくなって、辺りには低い灌木と草花のみが群生しており、かなり見通しがきいて美しい景色を見ることができた。
「ほら、みてごらんなさいよ。となりの山に花がたくさん咲いてるところがあってキレイよ」
「ほんとだ~。あれ、なんていう花かな?」
「なんだろうね。見たことないわね」
「きっと、山の上にしか生えない花なんだよ」
「ああ、そうかもね」
そんな会話をしているうちに、頂上が見えて来た。
「あ、ほら、もうすぐだよ。あたし、先に行ってるね!」
アウレラは、そう言って駆けだした。
「ああ、もう、しょうがないわねえ」
マリーナもそう言うと、アウレラを追って駆けて行った。
「とうちゃーく!」
アウレラは、頂上に到達すると、そう言って微笑みながらマリーナの方を振り返った。
「はい、私もとうちゃーく!ああ、疲れた。やっぱり、17歳は元気いっぱいね。いつまでも、子供みたいで17歳には見えないけど」
「なにそれ!・・・でも、やっぱり、おねーちゃん、かなり体力落ちてるよ。2つしか違わないのに」
「うん、ホントにそうね。明日から、少し走った方がいいかもね」
「そうしなよ。あたしも、一緒に走るよ」
「あら、優しいのね。でも、すぐに置いて行かれて一緒に走れないんじゃない?」
「おねーちゃん合わせてあげるから大丈夫」
「ははは、それはありがたいわ」
そう言って二人は笑った。
「そんなことより・・・あれかな?」
アウレラは西のほうを見ながら言った。
「そう。右と左に森が見えるでしょ。その向こうの真ん中にある、ここより少し高い山の山裾から向こうがとなりの国よ」
「へえ~、こんなに家から近い場所からでも見えたんだ。この山は、頂上までは上って見たことがなかったから初めて見たよ」
「そうね。この位置からが一番よく見えるわね」
「そうなんだ~。でも、手前の森ってかなり木が高くて深いね。特に右側の・・・」
そう言って右の方に視線を送ったアウレラの言葉が途中で止まった。
「どうしたの?」
不思議に思ったマリーナは聞いた。
「森の手前からなんかいっぱい出て来た。あれはなに?」
「え!?」
マリーナは、アウレラの言葉に驚いて、アウレラ指さした方を見た。
すると、人間の数倍はありそうな薄緑色をした生き物と、人間より少し大きい程度の灰色の生き物がぞろぞろと森から出てくるところだった。両方とも歩く姿は人間に似ていた。
大きい方は、腰に簡単な布を巻いているだけだったが、小さい方は、袖がなく胸元の開いた粗末な茶色い服を着ていた。
「あれは・・・きっと、魔物だわ!」
「え!?・・・あんな大きいのがいるの!」
「私も初めて見たわ・・・あ、村の方へ行く!たいへんよ!戻って知らせなきゃ!」
「ホントだ!行こう!」
「アウレラ、あなた先に村に戻って、大きな魔物がたくさん来るってみんなに知らせて!」
「わかった!」
アウレラはそう答えると、元来た道を走って駆け下りて行った。
(あんなのに村を襲われたら・・・どうしよう、どうしよう)
アウレラは、今まで見たこともない大きさの魔物に混乱して、パニックに陥っていた。
振り返ると、マリーナも駆けて来ていたが、アウレラより明らかにスピードが遅く、その距離は徐々に離れて行った。
それでもアウレラは、とにかく早く村に知らせなければいけないという思いで、スピードを落とすことなく駆けて行った。
しばらく走ると、村の東側にあるお城が見えて来た。
アウレラは、さらにスピードを上げて村を目指した。
「みんな、みんなー!大変だよー!」
村の入口に近づいたところで、アウレラは走りながら大声で叫んだ。
その声を聞きつけて、手前の数件の家から人が出て来た。
「アウレラか。どうした?」
そう言った男の顔は、驚くと言うより不思議そうな表情だった。
「西から魔物が、すごく大きな魔物がたくさん来る!」
「なんだって!」
「ホントか!」
出て来た者たちは口々に驚きの声を上げた。
「ちょっと見て来る!」
一番手前の家の男が、そう言って、畑を横切って西の林の方へ駆けだして行った。
その騒ぎを聞きつけて、他の家からも次々と人が出て来た。
「なんだ?」
「どうしたんだ?」
「大きな魔物がたくさんこっちに来るらしい!」
「なんだって!」
騒ぎは徐々に大きくなって、どんどん人が出て来たが、皆、どうしていいかわからず、その場に立ち尽くしていた。
そこで、マリーナも戻って来た。そして、皆が固まって西の方を見ているのを見て、驚きの表情を浮かべた。
「みんな、何してるの!早く逃げ・・・」
マリーナがそう言おうとしたところで、先ほど林の中に入って行った男が林から駆けだして来るなり叫んだ!
「ダメだ!みんな逃げろ!」
しかし、そう言った直後、林の中から大きな手が伸びて来てその男の体全体を掴んだ。
すぐに、その手の持ち主は林から姿を現したが、その大きさは人間3倍はあり、薄緑色をしていた。
その直後、その魔物は、掴んだ男の上半身に噛みついて食いちぎると、血まみれになった下半身を右に放り投げた。
そして、それが合図かのように、林から同じ魔物が数体と、1メラマインを少し超えるぐらいの大きさのたくさんの魔物が大きな魔物を取り囲むように走り出て来た。
「あの大きいのはトロール、小さいのはオークじゃ・・・みんな、逃げろ!」
村で最年長のお爺さんが言った。
その言葉で、その場にいた全員が東に向かって駆けだした。
何人かは、家に入って行ったが、すぐに子供や赤ん坊を抱えて走り出て来て、同じく東に向かって行った。
「アウレラ、お母さんは!?」
「あ!」
アウレラは、慌てて自宅に向かって駆けだした。すぐに、マリーナもそのあとを追った。
「おかーさん!おかーさん!」
自宅に飛び込むなりアウレラは大声で呼びかけた。
しかし、母からの返事はなかった。
すぐに、マリーナも飛び込んで来た。
「おねーちゃん、返事がないよ!」
マリーナは土足で座敷に駆け上がると、次々と部屋を見て行き、アウレラも続いた。
「おかーさん!どこー!」
二人で叫びながら家の中を周ったが、返事はなかった。
「ダメだ!お母さん、耳が遠いから聞こえないんだ!」
二人とも泣きそうな顔になっていた。
二人は、庭に飛び降りると左右に分かれた。
アウレラは、家の南側にある畑の方に行ったが、畑の中でこちらに背を向けてしゃがみ込み、なにか作業をしている母を見つけた。
畑の東側には、以前に狩って来た動物を入れていた1メラマイン四方の鉄製の檻があり、その右には窯があった。
「おねーちゃん!見つけたよ!」
アウレラはそう叫びながら母のもとへ走った。
「おかーさん!」
アウレラは、母親の肩を掴むとこちらを向かせた。
「あら、アウレラおかえり・・・怖い顔してどうしたの?」
「大変だよ!大きな魔物がそこまで来てるんだよ!」
「え!?」
母親は驚きの表情を浮かべた。
そこで、マリーナもやって来た。
しかし、その途端、隣の家がベキベキと壊される音がしたかと思うと、薄緑色の大きな魔物が姿を現した。
「トロール!」
アウレラが叫んだ。
マリーナは、アウレラと母親の手を掴むとトロールから逃げるように東側に走ったが、トロールの足が思ったよりも早く、すぐに追いつかれるのは誰の目にも明らかだった。
そこから、少し離れた場所にあるお城までの間は平原になっており、身を隠す場所はどこにもなかった。
マリーナは、目の前に動物の檻があるのを見ると、格子状の扉を開け、アウレラを突き飛ばしてその中に放り込んだ。
そして、刺さったままになってた鍵を捻って抜くと隣の竈の中に放り投げた。
「アウレラ、この檻は頑丈だからここにいて!」
マリーナはそう言うと、母親の手を掴んで南に向かって走って行った。
檻は扉の鉄格子の部分を除いて鉄製だったので、二人の姿はすぐに見えなくなったが、
「こっちよ!」
というマリーナの大きな声が聞こえ、トロールがその声の方に向かって行くのが見えた。
「やだっ!おねーちゃん!出して!」
アウレラは叫んだ。
しかし、すぐに「ぎゃっ!」という声がしかたと思うと、ボキボキという骨が折れるような音が聞こえて来た。
「おねーちゃん!おかーさん!」
アウレラは必死で叫んだが、返事はなく、家を壊していると思われる音があちこちから聞こえて来るだけだった。
「おねーちゃん!おかーさん!やだよ!返事してよ!」
アウレラは、叫び続けた。
しばらくすると、二人の返事の代わりに、ズーン!ズーン!という地響きのような足音がしたが、近くまで来ると止んだ。
アウレラは、何だろうと鉄格子に顔を付けて左を見ようとしたが、その途端、目の前にトロールの大きな顔が現れた。
そして、その口の周りは、おびただしい血で濡れていた。
「ひっ!」
アウレラは恐怖に狩られて飛びのき、背後の壁に背中を打ち付けた。
トロールは檻を上から数回叩いたが、びくともしないので両手で掴んで持ち上げ、左右に揺すった。
「キャー!」
たまらず、アウレラは悲鳴を上げた。
その悲鳴に驚いたのか、その直後、トロールは檻を放り投げた。
檻は地面に落ちると数回転がり、ショックでアウレラは気を失った。




