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第8話 屍術士との戦い【壱】

【前回までの『五国捜神記』!】

深潭村を蝕む黒気! 堕ちた水神・蛙王! 

その背後には、またしても玄道の影がァァッ!!

そして水明観では、樹龍の危機を告げる星が揺らぐ! 

師命を受け、凌蓮ついに出立ッ!!

急げ凌蓮! 虎嵐の命運は――お前に懸かっているゥゥッ!!

 ――夜。


 虎嵐(フーラン)達は戌(いぬ)の刻には、酒家の宿部屋に入り、いつの間にか眠っていた。

 それより夜が更けて、深潭(シェンタン)村の裏手、水路へ続く湿った竹林。


 灯りはない。


 黒衣の影が二つ、膝をついていた。


 ひとりは細身の玄道士。

 目だし頭巾に、黒塗りの菅笠(すげがさ)。

 長い指で呪符を弄んでいる。


 もうひとりは、忍(しのび)装束に黒い面をつけていた。


「……蛙王(ガワン)は失敗した」

 玄道士が言った。


「いかが致しましょう?」

 黒い面の男が聞く。


「……今夜、丑三つ。火を放て。確実に龍武侠(ロン・ウーシャ)を始末するのだ。

「夜叉衆(イエチャー・ジョン)、全員でかかれ。討ち漏らすな」

 玄道士の声が苛立ちの色を帯びる。


「蠢玄(チュンシュエン)様の御指示は?」

「私は、あ奴の手下ではないぞ……なんで指示などいるか?」


「ご無礼いたしました。村はどういたしましょう?」

「燃やせ。死気に染めろ」

「承知」


 忍装束が、音もなく立ち上がった。


    ◆


 ――丑三つ刻。


 深潭村を覆う霧が、濃くなり始めた。


 どこからともなく、焦げた木の匂いが流れてくる。


 虎嵐は寝台で、ふっと目を開いた。


 右腕が熱い。

 龍紋(ロンウェン)がじりじりと疼いている。


「――ヤバイぞ!」

 虎嵐は跳ね起き、背嚢(ザナン)をつかんで部屋を飛び出した。


 呑鯨(ドンジン)、細熊(シーション)も武器を手に飛び出してきた。

「――虎嵐さん!」


 廊下は、もう白い煙が立ち込め、乾いた木材が焼けて爆ぜる音が鳴っている。

 虎嵐達は階下へ降り、戸を蹴破って、酒家の外へ飛び出した。


 悲鳴。怒号。家畜の暴れる音が、酒家の周囲で起こっている。


 忍の集団――夜叉衆が、十数人。

 影のように周囲の人家の屋根や、木々から跳び降りた。


「燃やせ! 死気に染めよ!」

 夜叉衆の背後の方から、姿は見えぬが、玄道士の命が響く。


 パリン、

 パリン、

 と壺が割れる音がして、松明が投げられた。


 村の家々を、次々と赤い炎が舐めていく。

「……マジかよ。また、火つけやがった!」

 虎嵐が叫んだ。


「虎嵐さん! 右から三人!」

 呑鯨が鎗を構え、細熊は村人を庇いながら、迫る夜叉衆を斬り払った。


「おう!」

 虎嵐が応えた刹那


 ――影。


 夜叉衆が蜘蛛のように地を這い、跳びかかった。


 虎嵐は咄嗟に月虎爪(ユエフージャオ)を装備し、迎え撃つ。


 きぃん。


 右手の月虎爪が、夜叉衆の忍剣を受け、

「しゃあッ!」

 炎に照らされる中で、左手の月牙――〝(〟が人影の胸に刺さり、左脚で胴を蹴る。


 夜叉衆が地面に飛ばされ、転がる。


 ――村の奥の家が爆ぜ、火柱が上がった。

「このままだと……村が丸ごと火に呑まれるぞ!」

 呑鯨の叫び。


「……木気(ムーチー)じゃ、火気(フオチー)に抗えねぇ……」

 戦いながら、虎嵐は奥歯を噛んだ。


 木気は、むしろ火気を強めるものであることは、痛いほど分かっていた。

 遠くで村人が泣き叫ぶ。

 炎が夜空を焦がし、火の粉が小さな蝶のように舞う。


 ――その時だった。


 燃えさかる家々の上空に、蒼い光球がシュッと打ち上がった。


 虎嵐の右腕が熱を増す。

「……龍気だ」


 ――次の瞬間。


 光球が膨らみ、弾けて小さな光球に分かれた。

 一つ一つの光球が、蒼い光の尾を引いて飛び散りながら落下する。


 シャン、


 と鈴の音に似た音とともに、光の尾は横に広がった。そして薄い光の膜となり、

村全体を包む傘になった。


 蒼い光の傘が村の上に落下し、炎がジューッと音を立てて消えていく。

「な……何だ!?」

 夜叉衆がざわめいた。


    ◆


 凌蓮(リンリエン)は炎を見て頷いた。

(延焼は防いだ……急がねば)


 完全鎮火には少し足りない。だが、守るには十分だった。

 愛剣〈水鏡(シュイジン)〉に刺した蒼月の呪符を抜き取り、水滴を払うように剣を振る。

 剣先から蒼い光が滴り落ち、地に着くと吸い込まれるように消えた。


    ◆


 煙の向こうから、人影が静かに歩いてくる。


 虎嵐は目を細めた。


「……来たか。龍武侠のやつ」

 凌蓮は、肩の灰を払いながら、虎嵐の横に自然と並んだ。


 虎嵐より頭一つ分、背が高い。

 鬢に垂れた黒髪が、風に揺れている。

「お困りのようだな……手を貸そうか?」


「いらん、って言いたいとこだが……頼む!」

 虎嵐は苦笑した。


「承知」

 軽く頷く。


 凌蓮――水龍宮(シュイロン・ゴン)の星を宿す者――は、その剣を静かに構えた。


 影が襲いかかる。


 ――蒼い剣光が、夜を裂いた。


 夜叉衆は、上体を低く落とし躱す。

 地を這うような動きで、凌蓮の右手側に回り込む。そして、足を払うような斬撃。


 しかし、凌蓮の足は止まらない。

 躱し、

 受け、

 跳んで、


 ――突く。


 流れるような連続動作で、夜叉衆の一人が地に倒れた。


 ――もう一人。

 振り下ろされた敵の刃を、半歩、横移動してかわす。


 凌蓮の剣先が、相手の喉元をなぞった。

 血が噴き、黒装束の身体が崩れ落ちる。


 ――殺気!


 ――来た。

 左右から二人。

 同時だ。


 凌蓮は剣を片手正眼に構えたまま、腰を落とし、一歩踏み込む。


 敵の二刃が、凌蓮を斬るや否やの刹那――


 〈水龍双髭斬《シュイロン・シュアンツー・ジャン》〉


 左右への連斬は、二つの動作でありながら、一太刀にしか見えなかった。


 そして、凌蓮の体が、夜叉衆の刃の間をすり抜けた――次の瞬間。

 二人の身体が、同時に崩れ落ちた。


 ――ふと、

 周囲へ視線を走らせた時、向こうで、虎嵐が膝をついているのが見えた。


 呼吸が荒い。

 気が尽きかけ、身体が重いようだ。

 凌蓮は虎嵐の側に駆け寄った。


 肩甲骨の間の位置に、開いた掌を押しつける。


「水龍水気《シュイロン・シュイチー》――吼(ホゥ)!」


 蒼い輝く気が、虎嵐の背を打つ。

 虎嵐の体が、びくりと震えた。

 肺に、空気が戻る。枯れかけていた木に、水がすーっと注がれる感じがした。


「……っ!」

 虎嵐は立ち上がった。


「助かったぜ! ――つっと?」

「凌蓮だ!」

「俺は、虎嵐だ! 敵が湧いてきてるぜ! やつら、村を二重、三重に包囲してるのかも知れねぇ!」


「大丈夫だ。私とお主がいれば!」

「ちげぇねぇ! 行くぜ相棒!」

 と叫び、虎嵐は敵へ向かって突進した。


「うらあああっ!!」

 〈虎渓(フーシー)拳〉


 ――〈踏(タア)〉


 地面を踏み鳴らし、虎嵐は右爪を真っ直ぐ突き出した。


 ぎち、


 と夜叉衆は忍剣を立てて受けた。


 ぎゃりん、


 虎嵐は、手首の外旋で右爪を捻る。


 夜叉衆の剣が月牙――〝)〟に絡め取られ、頭部が、がら空きになった。


「ふん!」

 虎嵐の左手の月虎爪が、左掌を天に向けた手刀の軌道を描く。

 月虎爪の下部の二股――〝人〟が夜叉衆の首に突き刺さった。


 ――〈翻拳(ファンチュエン)〉


 天を向いた形の両拳の掌を、地面を向くように、一気に返す。

 倒れ込む夜叉衆を、右の月虎爪で払いのけると同時に、左では、

別の夜叉衆が虎嵐に振り下ろした剣を月虎爪で受ける。


 〈荒(ホワン)〉――止まらない。


 虎嵐は左右の月虎爪を振るい、剣を受け、絡め取り、切り裂く。


 ――その様子を、少し離れた屋根の上に潜み、玄道士が見ていた。


「……厄介な」


 玄道士は、人差し指と中指を伸ばし、残りを握る剣の形――〈剣指〉で呪符を挟み、

 〈蘇屍(スーシー)〉

 手裏剣のごとく放った。


 ――ぐす、

 と虎嵐の足元へ、呪符が突き刺さった。


 倒れていた夜叉衆の屍体が、痙攣する。

 虎嵐の視界の端で指が、ぴくりと動いた。


 こおおおぉぉ……


 という音とともに、屍体の胸が、不自然に膨らむ。

 呼吸ではない。

 闇が、屍の中へ流れ込んでいる。


 屍体が、ゆるりと起き上がった。


「……あ?」

 虎嵐は一瞬、踏み込みを止めた。


 咄嗟に、月虎爪で屍体の首を刈る。


 ざす、


 と、頭が地面にころがった。


 だが――

 首なしの屍体は、倒れない。

 地面にある頭の、白く濁った目が、ギロと、こちらを見た。


「……チッ!」

 虎嵐は歯を噛み、戦いながら距離を取った。


(――敵の勢いが衰えぬ。おかしい……)

 そう感じて、凌蓮は周囲に目を配った。


 ――虎嵐が首なしの敵と戦っている。

(屍体操作!? ……玄道か?)


 ――と、

 凌蓮の目の前にも、忍とは思えぬ、動きの鈍い黒装束が、


 ずっ、

 ずざ、


 と武器を持たず、両手を上げ、すがり付くかのように向かってきた。


 凌蓮は瞬きの間に、その夜叉衆の両腕を斬った。


 落ちた両腕の指が、別の生き物のように、うにうにと動いている。


(どこだ!?)

 凌蓮は倒れない屍体の胴を、前蹴りで突き飛ばし、


(どこにいる!)

 玄道士を探した。


(――上かっ!)

 視線の先、屋根の上に、気配がある。

 凌蓮は走った。


 ぎいん、


 凌蓮は〝それ〟を剣で弾いた。

 ――矢が地面に落ちる。


 ――また。

 顔面へ矢が飛んでくる。

 剣で弾く。


 突然、凌蓮はピタリと動きを止め、

「……ふーっ」

 目を閉じ深く呼吸した。


 ――ぎいん、


「そこだ!」

 目を開き、凌蓮は跳んだ。


 〈昇龍脚(シェンロンジャオ)〉


 本来は蹴り技だが、攻撃を放たず、凌蓮の身体が蒼い軌跡を曳いて跳ね上がる。


 ぎいん、


 凌蓮は空中で、それを剣で弾いた。


 下から玄道士が投げた物。恐らく、棒形で先が円錐形の手裏剣――〈飛鏢〉であろう。


 凌蓮が屋根に着地した瞬間、今度は足下に飛んで来た。


 凌蓮が跳び退る。


 次は顔面へ来た。

 頭を動かし、それを躱し――同時に剣を振り下ろす。


 ぎん、


 剣と剣がぶつかる手応えがあった。


 黒い影と凌蓮が、ギリギリと鍔迫り合いする。


 〈水龍氷封《シュイロン・ビンフォン》〉


 凌蓮は剣の〝腹〟へ剣指を叩き付けた。


 蒼い光が剣から剣へと奔り、玄道士の姿が闇に蒼く浮かび上がり、

 たちまち玄道士の剣が白く氷つく。


「――う! おのれ」

 玄道士は、手が凍り付かぬうちに武器を手放し、屋根から飛び降りた。


「――解(ジェ)」

 凌蓮が唱え、蒼い霜がふっと消える。


 凌蓮の剣に凍り付いていた玄道士の剣が、じゃら、と音を立てて屋根瓦の上に落ちた。

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