第20話 夜の女神リリマ【弐】
【前回までの『五国捜神記』!】
生贄の儀式をブチ壊し、花娘院から脱出した虎嵐一行!
追っ手を逃れた森で出会ったのは、木こりの娘・春桃ッ!!
少女が語る桃花村の真実! 消えた父! そして烏鳴山から湧き出す、謎の黒気ッ!!
悪しきものは山にいる! 夜明けとともに進め両雄! 黒気の正体を暴けェェッ!!
洞窟の入口近くまで来ると、凌蓮が岩陰に潜んだ。
虎嵐がその後ろに従い、遊侠達も付近に草むらを見つけ、身を低くした。
「風婆師伯からもらった〝式神〟を使うぞ」
と凌蓮は虎嵐に声を掛けた。
「式神で偵察って訳か?」
虎嵐の問いに凌蓮は頷き、風婆に渡された革袋の中から、呪符の束を取りだした。
添えられている説明書きを二人で読む。
『木切れに貼り、馬となれと念ぜよ。折って鳥になれ、でも同じ……』
「なんだ? いい加減な婆さんだぜ。一行で済ませやがった」
虎嵐はそう言って、そこら辺の小枝を三、四本集めた。
「えー、馬か……」
手で枝を折り組み合わせ、呪符を巻き付け、凧糸でしばる。
木枝の胴体に、四本の木枝の脚がついただけのそれを地面に置いた。
「ほいっ!」
虎嵐が木馬に右の掌を突き出す。
「……」
木馬は、ぱたと倒れた。
「動いた」
「――くくく」
遊侠達は、小声で囃した。
「ふざけんな。倒れただけだろ」
と、虎嵐が苦笑する。
虎嵐は再び、痩せこけた木馬を立てた。
「――吼!」
枝が軋み四本の脚が、さかさかと地面を掻いた。
「よし! 行って来い!」
か弱いが、跳ねるような脚取りで、木馬は走り出した。
「まだまだ〝式〟を放たねば――だが、虎嵐のを見て分かった。強い気だ」
そう言って凌蓮は呪符を静かに折り、「吼!」と息を吹きかける。
折鶴が一瞬で硬化し、はたはたと羽ばたく。
「おお……」
遊侠達の笑いが止んだ。
「――行け!」
凌蓮が掌を高く上げると、それは空へ舞い上がった。
木馬を追って飛んで行く。
「皆、折り鶴と木馬を、もっと作ってくれるか?」
凌蓮は遊侠達に呪符の束を渡した。
「――ほい、できた」
凌蓮と虎嵐が気を込め、放つ――が繰り返され、
合計三十匹ほどの折り鶴と木馬が、洞窟へと向かった。
◆
「……」
食事をする程の時間が経った。
「来た!」
闇の奥から、木馬がよたよたと戻ってくる。
その後ろを、折鶴が静かに舞い降りた。
凌蓮は折鶴に触れ、目を閉じる。
「どうだ?」
虎嵐が聞く。
「何も見えん。〝当たり外れ〟があるようだな」
凌蓮と虎嵐が、戻って来たものを手当たり次第に調べる。
「見えた……」
凌蓮が言った。
「洞窟は広い。奥へ続いている。入口付近だけでも二十……いや、三十近い小鬼がいるぞ」
「小鬼?」
「緑色の肌。見たことのない妖だ」
凌蓮は自分の背嚢から〈鬼妖図〉を取り出しパラパラめくる。
――載っていない。
「ところどころに罠もあるようだぜ」
虎嵐が触れた折り鶴は、罠に掛かる木馬の映像を記録していた。
遊侠達が顔を見合わせた。
「数が多い。ガキみてぇな奴らだが、闇雲に突っ込んでも、勝ち目がねぇぞ……」
虎嵐が、ふぅと息をついた時、
「やってみるか」
凌蓮は洞窟の入口へ目を向けた。
「人影はない」
そう呟くと、身を低くして洞窟へ走った。
「お、おい!」
虎嵐と遊侠達が慌てて追いかけた。
◆
洞窟の口は、大人が十人並んで歩けるほど広かった。
黒い口を開け、冷えた空気が絶えず流れ出している。
草木は入口だけ不自然に枯れ、鳥の声もしなかった。
凌蓮と仲間達は、素早く洞窟内部へと走り込んだ。
「放!」
闇の中で凌蓮が小声を発する。その右手の指に挟んだ呪符が、蒼い光をほのかに放った。
凌蓮が呪符を手放すと、それは鬼火のごとく宙に浮かんだ。
皆、忍び足で前進する。
「――止まれ」
凌蓮が小声で命じた。
洞窟の壁は黒く濡れ、天井から雫が落ちる。奥からは、生臭い臭気が漂ってくる。
凌蓮は背嚢を下ろし、奇陣盤を取り出した。
と同時に操陣旗も手にする。
「大丈夫か? そのオモチャ」
虎嵐が眉をひそめる。
「大丈夫だ」
凌蓮は頷いた。
格子状に升目が描かれ、樹脂で補強された〝厚紙〟をパタンと地面に広げ、
兵士に前進を命じるように、さっと操陣旗を振った。
奇陣盤が微かに震えた。
そして、うねりながら広がり、地面に溶け込むように消えた。
「――終わりか?」
虎嵐が口を尖らせる。
「……」
凌蓮は地面を見つめたままだ。
虎嵐はため息をついた。が、凌蓮は平然としている。
「風婆師伯め……」
「いや……動いている」
凌蓮は地を指さした。
「ん?」
「気が足りぬのだ」
凌蓮は地へ片膝をつき、掌を地面へ当て、水気を放った。
「虎嵐」
「ああ」
虎嵐も木気を送り込んだ。
――奇陣盤が淡く光る――蒼い色から緑へ。そして消えた。
「今だ!」
凌蓮が操陣旗を振る。
鏡に息を吹きかけたように、地面が白く濁り、パリパリと乾いた音を立てた。
「氷棘!」
凌蓮が操陣旗を横に払う。
地面から、ぎしりと音を立て、人差し指ほどもある棘が無数に飛び出した。
「――流石だな。よく婆さんの道具を使えたもんだ」
虎嵐は呆れたように凌蓮を見つめた。
「まだ、分からぬか?」
凌蓮がニヤリとする。
「へ?」
「術に使われるな。術を使え」
「……なんだよ? 婆さんみてぇに、また分かったような事を言いやがって」
「師伯は術を教えたのではない。自分が望むように術を使え、と教えたのだ」
「う? うむ……なるほどな。だから説明が一行だけだったのか」
「それにしても、若旦那。こんな半畳くらいの罠で役に立つんですかい?」
呑鯨が顎を摩りながら言った。
「それは己次第、ということだ」
凌蓮が呟く。
「へ?」
「呑鯨が酒なら一升飲める、というのはその者の〝器〟だろ?
「この陣を十歩四方に広げられるか、百歩四方にできるかは、私の器次第だ」
「――で、いけるのか?」
虎嵐が聞いた。
「百歩四方なら、陣を広げられそうだ」
「よし、それなら、木が要る――お前ら手伝ってくれ」
と、虎嵐は遊侠達を伴い洞窟の外へ出て行き、程なく戻った。
「――音を立てないよう、地面に置いてくれ」
「へい」
遊侠達は、胸に抱えた薪程度の大きさの木切れを、虎嵐の指示で地面に並べた。
「凌蓮、操陣旗を使え」
虎嵐の言葉で、凌蓮が旗を横に、さっと払った。
「ふん!」
虎嵐が右拳を地面に叩き付けた。
「――おぉっ!」
仲間達が、地面から熱気が湧き上がるのを感じたとき、
地面に置かれた木切れから芽が出て、みりみりと音を立て枝が伸びた。
一本から手脚のごとく四本の枝が伸び、それとともに全体が太く大きく育つ。
木切れだったものは〝木人〟となり立ち上がった。
――数十名からなる木人の部隊ができあがった。
「ただの陣じゃねぇ、俺の木気が流れてら!」
虎嵐が、ふん、と鼻をならした。
「完全に理解できたようだな」
凌蓮が虎嵐の肩を叩いた。
「――木人を進めよう」
「おし」
虎嵐が頷き、凌蓮が操陣旗を振る。
木人達は木切れが成長した太い棍棒を手に、洞窟をゆっくりと進んだ。
虎嵐達は、木人隊のあとから距離を取り進む。
凌蓮は再び呪符の折り鶴を飛ばし、己の瞳をその視界とつなげ、
洞窟の天井から下を見下ろしていた。折り鶴は夜目は利くものの、凌蓮の視界は薄暗かった。
(――むっ!?)
木人の足が、ぎしっ、と音を立てたとき、
「……ギ?」
一匹が反応する。
「ギャアアッ!」
洞窟の奥から、別の一匹が甲高い叫び声をあげた。
「ギィ!」
「ギィ!」
「ギィ!」
一斉に洞窟中が呼応し、ガサガサと地面を掻く音が集まる。
――次の瞬間、
凌蓮の視界に、赤く光る双眸の群れが飛び出してきた。
「ギェエエッ!!」
雄叫びを上げて、闇そのものが木人隊に襲いかかった。
カン! コン! と乾いた木を叩く音が洞窟内に響く。
小鬼達が振るうナイフや小刀は、木人の頭部や胴部に当たるものの、
戦闘不能にすることはできない。
人間であったなら、切るなり突くなりして手傷を負わせることができただろうが、
木人では刃が止まってしまう。
小鬼の弓矢も、木人に突き刺さりはするものの、その前進を止められない。
小鬼の群れが、ジリジリと後退し始める。
「ギャッ!」
木人隊の手にした棍棒が、次々と小鬼の頭蓋を叩き割る。
仲間の悲鳴が、あちこちで上がり、小鬼の群れから、
「ヒィィー」
「ヒィ、ヒィ」とかん高い悲鳴に似た声が出始めた。
小鬼達が木人隊に押され、完全に退却の体制になった。
「凝!」
凌蓮が操陣旗をサッと振った。
小鬼の群れを追いかけるように、地面がパリパリと音を立て、白く曇った。
小鬼達の足下が凍る。
足を掬われた小鬼達が転び、喚きながら立ち上がろうとした。
木人達が折り重なるように、その上に倒れ込む。
凌蓮が、また操陣旗を振った。
――次の瞬間、人差し指大の〝氷の棘〟が地面から無数に突き出した。
「ギャアアッ!」
小鬼達が絶叫と共に地面をのたうち回る。
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【捜神人物図 公開!】
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