第19話 夜の女神リリマ【壱】
【前回までの『五国捜神記』!】
怪しき花娘院へ泊まることとなった虎嵐一行!
武器を預け、夜は更け――甘き黒薔薇の香りが忍び寄るッ!!
目覚めれば縄で縛られ、周囲を埋め尽くす村人たち!
待っていたのは歓迎ではない――生贄の儀式だァァッ!!
供物になるか! 逃げ延びるか!
脱出せよ両雄! 花娘院の夜は、まだ終わらないィィッ!!
夜の竹林は騒がしかった。
「あっちへ逃げた!」
「森の方か!」
「逃がすな!」
笹の葉をザワザワと揺らし、村人達が叫びながら駆けていく。
松明の明かりが竹の間を揺れていた。
◆
少女は岩陰から息を殺しながら、その光景を見ていた。
(――また、人が逃げたんかな……)
騒ぎの正体を確かめるまでは、安心して眠れない。
人狩り達に、つかず離れず物陰に隠れながら付いていく。
話し声に聞き耳を立てながら。
――と、突然、
「おい」
と背後から、微かな声がした。
「ひっ!」
少女は悲鳴をこらえ、身を固くした。
恐怖のため振り向くことができない。
「――おい、小娘」
少女は、こらえきれず走り出した。
足下の笹がザザ、と音を立てたが構わずに。
竹藪は、さほど広くはない。すぐに森の木々の黒い影が見えた。
近くの木に取り付くと、するすると登った。
樹上でようやく、一息つくことができた。
――その時、
「猿かお前は!」
と木の向こう側から、黒い影が、ぬっと顔を出した。
「なっ!?」
少女は目を見開いた。
次の瞬間には、さらに上まで、少女とは思えぬスピードでよじ登る。
虎嵐は枝を蹴った。
一つ。
二つ。
三つ。
ムササビのような速さで樹上を駆け上がる。
気付けば少女より高い枝に立っていた。
「うあっ!?」
少女は悲鳴を上げた。
思わず手が滑り、落下する。
――と、
少女は地面に叩き付けられず、宙に浮いていた。
少女の両脇は、枝に逆さまに脚でぶら下がった虎嵐の両手で抱えられていた。
「まずは、下に降りようぜ」
と虎嵐が言い、少女が枝につかまるのを手伝った。
「……あんた、花娘院の仲間じゃないの?」
地面に降りた少女が言った。人狩り達の松明の明かりが、遠ざかって行くのが見える。
「ああ、彼奴らが探しているのが、俺達だからな」
という虎嵐の周りに、凌蓮と遊侠達が集まってきた。
「若頭! どうしたんすか? 急に走り出して……」
呑鯨が息を切らしながら言う。
「猿捕まえた」
「誰が猿よ!」
「おい、虎嵐。遊んでいる場合ではないぞ。早くどこかに身を隠すべきだ」
凌蓮が言った。
「――娘さん。君はどうして、こんな物騒な所にいるんだ? 危険だぞ。家へ帰りなさい」
「あんた達、マジで村の奴らに追われているの?」
少女が凌蓮に問い返した。
「そうだ。今宵の生け贄にされるところだった」
「じゃあ、これを持って」
〝生け贄〟という凌蓮の言葉に反応し、少女は腰の帯から小さな木剣を抜き、手渡した。
「なんだ? 木剣か?」
「持って!」
凌蓮は不思議そうに、少女から木剣を受け取り、矯めつ眇めつした。
「桃の木剣が、どうかしたか?」
「あ? 俺にも見せて」
虎嵐が握る。何も起きない。
「魔除けの剣か?」
遊侠達も手にしたが、やはり何も起きはしない。
「花娘院の奴らなら嫌がる。触ろうとしないし、見るだけで顔色が変わる」
と少女は言った。
「やっぱ、変な連中だな」
虎嵐が言った。
細熊が少女に木剣を返す。
「良い木だな」
少女が腰に木剣を差したとき、虎嵐が言った。
「分かるの?」
「ああ、木気のことは分かるぜ」
「皆、付いてきて。あんた等なら大丈夫だ――案内する」
そう言って、少女は虎嵐達に背を向けた。
◆
少女は迷いなく、小走りに森の奥へ進んで行く。
木々の間を抜け、小川を渡り、岩場を回り込む。
花娘院の人狩り達の声も、松明の明かりも、微かになっていた。
――やがて滝の音が聞こえてきた。
◆
焚火の炎がチロチロと燃えていた。
炎の周りを少女と、虎嵐、凌蓮と遊侠達が囲んでいた。
少女の太股を枕にして、小さな妹が眠っている。
焚火の場所から、やや離れたところに竹で作られた寝台があり、
古びた布団を掛けて弟が二人並んで寝息を立てていた。
少女の名は春桃。
歳は十三。
木こりの娘だった。
「――滝の裏に、こんな住処があるなんてよ。道観の庭みてぇだな……」
虎嵐が、ぼそっと言った。
「焼けたぜ……食ってくれ」
虎嵐は焚火に入れておいた干し肉を、二本の木の枝でつまみ出し、春桃に手渡した。
「ありがとう。魚も食べて」
春桃は、笹の葉の上に焼き魚を載せ、虎嵐に渡した。
「お、岩魚じゃねぇか」
「分かるの?」
「道観の周りにゃ、ウジャウジャいたからな」
虎嵐は木の枝で箸を作り、魚の身を一口つまみ、箸を添えて凌蓮に渡した。
そして次々に遊侠達に魚が回った。
いつの間に仕込んだのか、遊侠達の方から瓢箪に入った酒が凌蓮、虎嵐へと回ってきた。
「……村から逃げるのは分かるけどよ。この山にも化け物が出るんじゃないのか?」
虎嵐が瓢箪をあおって言った。
春桃は小さく息を吐いてから口を開いた。
「烏鳴山そのものは普通の山よ。鹿だっているし、猪だっている。山菜も採れる」
焚火が、ぱちりと音を立てた。
「でも……あの洞窟の近くだけは違う」
春桃の顔から血の気が引いた。
「何が、違うんだ?」
虎嵐は眉をしかめ、春桃の顔を見つめた。
「父ちゃんは、〝洞窟から黒い気が湧き出している〟って言ってた。
「あたし等にも近寄るなって……黒い気のことを信じないで近づいた村人が、
「皆、病気になって死んだんだ。
「黒い気の毒に当たったのよ。祟りや呪いなんかじゃない」
春桃は、擦れた声で言った。
「……なるほどな」
「洞窟や村に悪いことが起こり始めたのは、あの、ビザルという異国人が来てからなんだ!」
春桃の声に怒りが混じる。
「それなのに、桃や柳がある日突然、妖怪になって祟るなんて、絶対おかしいよ!
「――邪を払うものなのに。村人は大切にしてたのに……」
春桃は、すすり泣き始めた。
虎嵐や男達は、黙って見守るしかなかった。
「初めは、ビザルの言うことをおかしいと思う村人は何人もいた。
「父ちゃんも、その内の一人だった。でも、だんだん……」
春桃が言葉につまり、微かに震える。
「ビザルを悪く言う人が何処かへいなくなったり、川で溺れて死んだりして、
「数が減って、とうとう――父ちゃん一人しかいなくなったのよ」
「うぅ、あの野郎……」
虎嵐は、パキッと手にした枝を折った。
「父ちゃんは、村がおかしいって城に知らせるため、出て行った」
「……」
「でも、まだ、帰って来ない!」
春桃は唇を強く噛んだ。
だが、堪えていたものが一気にあふれ出し、わっと泣き崩れた。
小さな妹も目を覚まして大声で泣いた。
虎嵐達には、春桃に掛ける言葉がなかった。
「村の名前も、花娘村なんかじゃない。元の名前は桃花村なのよ」
「……」
春桃が泣き止んだ後、皆は、焚火の近くで茣蓙を敷き眠った。
少しウトウトしただけで、朝が来た。
「世話になったな。春桃」
春桃は頷いたものの、言葉が出てこなかった。
「花娘院の奴らが、まだ俺達を探してるかも知れねぇ。外へは出ない方がいいぜ」
虎嵐が、幼い弟妹達に手を振ると、子供達は手を振り返した。
春桃は黙って見送っていた。
「行こう」
「おう」
虎嵐が春桃達に背を向け、仲間達も、もう振り返らない。
滝の入り口が見つからぬよう、周囲に人気がないか用心しつつ隠れ家を離れた。
日の出の時刻ではあったが、森の中は暗かった。
花娘院の追っ手の姿はない。
だが、日が高くなればまた探しに来るかも知れない。
虎嵐達の足が速くなった。
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【捜神人物図 公開!】
活動報告に【捜神人物図】を追加しました。




