第18話 花娘院【弐】
【前回までの『五国捜神記』!】
黒き櫃〈ネロク〉を手に入れた幽声! 一方、黒気の源を追う虎嵐と凌蓮は、謎めく村へと辿り着くッ!!
笑顔の村人! 黒き薔薇! そして西夷の寺院・花娘院ッ!!
歓迎か!? 罠か!? 甘き香り漂う村で、両雄を待つものは何だァァッ!?
食事と酒の後、虎嵐一行は店の若者に花娘院へ案内された。
すでに戌の刻で、辺りは暗かったが、門は開いていた。
羅道の道観のごとく門の左右に、厳めしく石の虎や龍が鎮座しているようなことはない。
寺院の門にしては華奢なものだった。
境内の石灯籠には火が灯っており、本堂の白壁が暗がりに浮かび上がる。
「ようこそ、お客様」
白衣の娘が三人。白い提灯を手に、微笑みながら出迎えた。
娘達の後ろには三人の黒い長衣の道士が三人控えている。
娘達に案内され、本堂に向かって左側の石畳の道を抜け、本堂の裏側に出た。
「甘い香りがするな」
凌蓮が言った。
「夜ゆえ、良くご覧になれませんが、宿房の奥が菜園です。薔薇の香りがいたしますね」
と娘が応えた。
夜風が吹くたび、甘い香りが流れる。
◆
案内された宿坊は、板敷きの広間であった。
遊侠達も一緒に全員で眠れる。
既に人数分の布団が敷かれており、枕が並んでいる。
「こりゃ助かったな」
虎嵐は布団に腰を下ろした。
「失礼ではございますが……」
と、娘が口を開いた。
「ここは寺院でございますゆえ、武器をお預かりしたいのですが」
凌蓮は剣を手にして、その柄に細長い紙で〝こより〟をつくり結んだ。
「大切な剣だ。他人のと間違われては困る」と黒衣の道士に渡した。
続いて遊侠達も刀や鎗を、道士に渡す。
「俺の商売道具は、枕もとで良いよな?」
虎嵐は背嚢と笠を手元に置いた。
「はい。けっこうでございます」
娘は頷き、
「ごゆっくりお休みくださいませ。主人のご挨拶は明朝とさせていただきます」
一礼すると、広間の襖をしめて出て行った。
眠りに着こうと部屋の四隅にある燭台のうち、二つは消された。
「――〈蒼影〉が騒いで眠れんな」
布団に横になると、凌蓮は背中に宿る龍のことを言った。
「門をくぐった時から、翠牙もやかましいぜ」
凌蓮に背を向けて寝そべる虎嵐が右腕をさする。
「皆、何かあるかもしれねぇ。用心しとけよな」
虎嵐が静かに言い、遊侠達は「へい……」と低く返事をした。
(こういう時は、寝ようとすると余計眠れねぇ……)
虎嵐は目を閉じて横になってはいたが、何も考えず己の呼吸に意識を向けていた。
――どのくらい刻が経ったか。
虎嵐は、ふと目を開いた。
廊下を誰かが、ひたひたと歩いている。
火の番の見回りだろうか。
甘い香りが漂ってきた。
黒薔薇の香だ。
妙に眠い。
「……」
やがて意識が途切れた。
◆
リン、ゴーン――。
三更の鐘の音が鳴った。西夷の鐘は軽い音だ。
――再び目を開けた時、虎嵐は石畳の上に転がされていた。
両手は後ろで縛られている。
周囲には遊侠達。
凌蓮。
皆、後ろ手に縄で縛られていた。
(どこだ? ここァ……)
虎嵐はボンヤリとした景色を払うべく、頭を振った。
ようやく花娘院本堂の前庭と気付く。
目の前には、木製の輿に乗せられた、虎嵐の腰の高さほどの白い石像がある。
像の足下は黒薔薇で覆われていた。
石像と虎嵐達の周囲を、手燭を持った数十人の村人達が、
昼間と同じ笑顔のまま、静かに取り囲んでいる。
三更の鐘が夜空へ響いていた。
「目が覚めたか」
本堂の入り口から進み出たのは、大柄な異国の男だった。
村人達が一斉に男の方を向き、平伏した。
「リリマ・トーヴ!」
ビザルが杖を掲げる。
「トーヴ!」
村人達が唱和した。
「何て言った?」
虎嵐の問いかけに、
「さぁ?」
と呑鯨は首を捻った。
ビザルは本堂からの階段を降りてくると、碧い目をギラつかせ、虎嵐達を見据えた。
黒い西夷風の長衣を身に纏い、首から銀の鎖で黒曜石のペンダントをぶら下げている。
右手には木の杖。
「お前達、何をしにこの村へ来た?」
ビザルが杖で虎嵐を指す。
「商売先へ向かう途中、偶然に立ち寄った」
虎嵐は肩を竦めた。
「嘘だな」
「半分はな」
虎嵐が苦笑したとき、
「ほう、久しぶりよな」
と、階段を降りてきた幽声が笑った。
「――て、てめぇは!? 女将に化けてた玄道士!」
「幽声と名乗らなかったか?」凌蓮が言った。
「丁度良い。お前達は、私自ら始末してくれよう」
幽声は剣を抜いた。
「――まて!」
階段を降りてきたのは、蠢玄。
黒い道服に痩せぎすの身を包み、青白く顎の尖った顔に、蛇のような目をした男だった。
「こやつらを殺せなかったのは、そなたの失態であろう。今宵の供物を無駄にするでない」
と黒い扇子で、はたと幽声を制した。
「う、くっ……」
幽声は歯がみした。
「そうだ。この異教徒どもは、今宵、リリマ様へ献げよ! リリマ・トーヴ!」
ビザルが言い、
「トーヴ!」
村人達が一斉に平伏した。
聖歌が始まる。
白い石像の前へ運ばれる樽。
中には黒薔薇を漬けた葡萄酒。
ビザルは柄杓で酒をすくい上げた。
「リリマ・トーヴ!」
葡萄酒が石像へ頭から注がれる。
赤黒い雫が白い石を伝った。
村人達は恍惚とした顔で祈った。
「なるほどな。異教の神とはよ……」
虎嵐は小さく息を吐いた。
やがてビザルは銀の小刀を受け取った。
「石像は清められた。では、聖なる血を捧げよ」
ビザルが遊侠の一人――細熊を杖で指し示した。
村人二名が頷き、細熊を石像へと引き立てる。
――その時、
「遊侠は、死んでも〝刀子〟を手放さねぇ!」
細熊が叫び、縄が、ぶつんと千切れた。
「誰が供物になるかっ! この野郎!」
と、細熊が村人を叩きのめすのと同時に、他の縄も次々と千切れて、
他の遊侠達に虎嵐、凌蓮も静かに立ち上がった。
「愚か者共! リリマ様の祝福を拒むか!」
ビザルが怒鳴った。
「マジ助かったぜ! 細熊!」虎嵐が叫ぶ。
「礼を言うのは、逃げ延びてからだ!」凌蓮が叫んだ。
「おりあぁぁ!!」
虎嵐の拳が石畳を叩いた。
ドン、と鈍い音とともに、石と土砂が砕け散り、村人達が悲鳴を上げ逃げ惑った。
「門は閉まってる!」
「塀を越えるぞ!」
遊侠達は、襲いかかって来る村人や道士を叩き伏せながら言った。
凌蓮は目を閉じた。
「……聞こえる」
騒乱の中、彼だけが静かだった。
「皆! 武器だ! 武器を取り返すのだ!」
「そうだ! 俺の鎗が!」
呑鯨が叫ぶ。
「あー! 俺は荷物だ! 月虎爪も一緒だ!」
虎嵐も声を上げた。
「剣につけた〈蚊鳴符〉だ。こっちだ!」
凌蓮は迷いなく駆け出した。
「おう!」
遊侠達も後に続く。
凌蓮は本堂脇を抜け、宿房の方へ向かう。
ほどなく宿房が見えた。
「――俺は荷物を取ってくる!」
と宿房へ走る虎嵐を横目に、
「しまった。私も荷物が!」
凌蓮が小さく叫び、虎嵐の後を追い、結局、皆で宿房へ向かい各々の荷物を取り戻した。
再び凌蓮に導かれ、武器がある所へ向かう。
――宿房の裏手の白い建物。
その手前で凌蓮は立ち止まった。上体を低くして様子をうかがう。
仲間達も凌蓮の周囲に散って、地面に屈んだ。
目標は、あの白壁の蔵だ。
――人影はない。
素早く音を立てずに、皆で戸口に辿り着いた。
「ここだ。呪符からの音がハッキリ聞こえる」
凌蓮が言った。
「――俺に任せろ」
と細熊が進み出て、蔵の扉に掛かった錠前に手をかけた。
襟元の〝隠し〟から、黒い耳かき状の道具を取り出すと、錠前に差し込む。
二、三度カチャカチャと動かすと「カチン……」と錠が外れた。
細熊が扉を観音開きにすると、次々に飛び込む。
そこには刀剣、鎗、弓が雑然と積み上げられていた。
「あった!」
「俺のだ!」
遊侠達は慣れた手つきで得物を掴み取る。
凌蓮は愛剣〈水鏡〉を腰に差した。
「――さぁ! ずらかろうぜ」
背嚢を背負った虎嵐の言に、皆が頷く。
その時だった。
リン、ゴン! リン、ゴーン!
花娘院の鐘が激しく鳴り響いた。
「逃がすな!」
「門を固めろ!」
「供物どもを捕らえろ!」
道士達の怒号が飛ぶ。
「走れ!」
凌蓮が叫んだ。
虎嵐達は、宿房裏に広がる菜園を駆け抜けた。
――やがて、白い裏塀が見えた。
「行け! 俺は殿だ!」虎嵐が叫ぶ。
遊侠達が肩を貸し合い、次々と塀を越える。
残りの遊侠、凌蓮が虎嵐の腕と肩を踏み台にし、塀を越えた。
虎嵐は両手に月虎爪を装備し、地を蹴った。
白壁へ爪を突き立てると、一息で塀の上へ飛び乗る。
闇の向こうには竹林が見えた。
背後では鐘が鳴り続けていた。
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【捜神人物図 公開!】
活動報告に【捜神人物図】を追加しました。




