第17話 花娘院【壱】
【前回までの『五国捜神記』!】
幾重もの罠を越え、ついに境界神殿の最深部へ辿り着いた幽声とビザル!
そこで手に入れたのは、謎の黒き櫃〈ネロク〉と、リリマの力を秘めた黒い石ッ!!
一方、黒気の謎を追う虎嵐と凌蓮もまた、新たな地へと迫っていたァァッ!!
二艘の龍船は川面を滑っていた。
櫂は誰も握っていない。
それでも船は迷いもなく下流へと向かう。
「何もしなくても目的地へ進んでくなんて……楽すぎて、逆に信用できねぇな。
「漕がなくて良いのは助かるけどよ」
船縁に腰を下ろし、虎嵐が言った。
「ああ、しかも後ろの船は自動で追跡している。親鴨の後について泳ぐ子鴨のようにな」
凌蓮は言った。
「ほう、便利すぎて恐いな」
虎嵐が顔をしかめる。
「――にしても、道を覚えなくなるなぁ。便利なものほど、
「人を弱くするな……ま、俺様は弱くならねぇけどな」
そう言いながらも虎嵐は、心地良さげに目を細めた。
「だろうな。今回は助かるが」
凌蓮は苦笑いをした。
「――あそこに桟橋が見えます」
呑鯨が指さした。
凌蓮が船の操舵室に入り、〝気針盤〟に手をかざす。
船がゆっくり停止し、櫂を使って桟橋までこぎ寄せた。
二人と遊侠たちが下船すると、そこには小さな村があった。
「――地図の○印は、山の方だ。まずは、村人からここらの話を聞くか」
凌蓮が言った。
「それなら、やっぱ酒家か旅籠だろ? ――酒家は……まぁ、どっかにあるさ」
虎嵐の言葉に、遊侠達にも異論はなかった。
◆
「……あんまし、人の姿がねぇな」
村の中央の道を歩きながら、虎嵐がぽつりと言った。
「よそ者が大勢でやって来た、って警戒してるんすかね?」
呑鯨が言う。
「そうかも知れないが、ここらの気には、人の体温がないみたいなんだ……」
虎嵐が言った。
「うん。私も最初は、清浄な気かと思ったが、何故かどうしても違和感が消えぬ」
凌蓮は頷いた。
◆
やがて、中央広場のような場所に出た。
虎嵐達の目に入ったのは、村で一番大きな建物だった。村の四方の道がそこに集まっている。
「これは? 寺院かな?」
虎嵐は、そのまだ新しい建物を振り仰いだ。
白壁。そして瓦屋根。
だが、形は羅道の道観の〝それ〟のように曲線ではなく、直線的で尖っている。
白壁の向こうには、高い鐘塔。頂部分には鐘が吊られているのが見えた。
――と、突然。
リン――ゴォン……。
と鐘が高らかに鳴った。
「やけに、かん高い音だぜ!」
虎嵐が耳をふさぐ。
鐘の音が合図であったのか、正門が開いた。
中央に白い本堂があり、扉が開いている。
そこから香が漂ってきた。
不快ではないが、嗅いだことのない甘い香りだ。
と、本堂から正門へと続く白い石畳の通路を、花束を持った少女達が八人、
虎嵐達の方へと、まるで示し合わせたように、同じ歩幅で歩いて来た。
皆、同じ白の長衣に首には黒いスカーフを巻いている。
「ようこそ! 〈花娘村〉へ」
虎嵐達一行に花束を差し出し、少女らは、まるで鏡写しのように、同じ笑みを浮かべた。
(――いてっ、なんだこりゃ?)
受け取った花束は白い紙に包まれていたが、虎嵐の手に痛みが走った。
――花に棘が。
(アザミみてぇな花か……だが、こんな黒い花は見たことがねぇ)
「この花は、薔薇と申します」
虎嵐の疑問に答えるように少女が言った。どこか誇らしげに。
「珍しい花だな? しかもこの寺院の形は、〈央華大陸〉にはないようだが?」
無言の虎嵐の代わりに、凌蓮が言った。
「はい。薔薇は〈西夷〉の花です。
「それに、この寺院は西夷から来た導師様が建てられました」
少女が、にこやかに答える。
「西夷? 西方の〈白狼州〉のものだというのか?」
凌蓮の言葉に、少女達が一斉に肯いた。
「この村は、よそ者が来ると、こんな風に歓迎するのかい?」
虎嵐が口を開いた。
「そうです。特に旅人は歓迎されます。西夷には、旅人を友人として歓迎する風習があるそうです」
「いやぁ、それにしても、びっくりしたぜ。俺達が来たのに合わせたみたいな歓迎じゃねぇか」
虎嵐は、戯けて見せた。
「この寺院――花娘院の道士様方には、村の様子が隅々まで見えるのです。
「いつも見守って下さっているのです」
「……そっか。歓迎ありがとうよ。俺達ァ、酒家に行って飯食いたいんだけど、近くにあるかね?」
「はい、あちらに」
少女が指さす方向を見ると、酒家の赤い幟が見えた。
「ありがとう。助かったわ」
虎嵐達は少女らに手を振り、酒家へ向かおうと振り返った。
花娘院前の広場では、先ほどまで人がいなかったが、
向こうから農具の入った籠を背負った男が歩いてくる。
男はにこやかに「あー、こんちはー」と虎嵐達に挨拶し通り過ぎる。
周囲の家からは、村人達が出てきて家の前を静かに掃除していた。
老人が箒を動かし、女達が水桶から水を撒く。
だが、誰一人として、無駄話をしていない。
笑っている者もいる。なのに、楽しげな空気がなかった。
まるで――〝人間の動き〟を人形が、なぞっているようだった。
「あの少女たちの気も、なんか変だったな」
歩きながら、虎嵐がぽつりと行った。
「――体温が感じられなかったか?」
凌蓮は、そう返した。
「ああ……」
「寺院も入りたくない気がしたな」
凌蓮は頷いた。
「ああ、『茶でも飲んでけ』って言われそうだったから、酒家の場所を聞いちまったぜ」
◆
――酒家の店先。
変わったところは見当たらない。
障子張りの引き戸を開け、虎嵐達はゾロゾロ中に入った。
「いらっしゃい!」
主人が愛想よく言った。
意外なほど、虎嵐達を警戒する様子はない。
酒台の奥から出てくると、虎嵐達のために四人掛けの卓二つをつないで並べた。
「旅のお方ですな」
主人は笑った。
だが、その笑顔は先ほどの少女達とよく似ている気がした。
羅道士と名乗れば、警戒されるかも知れぬ。
そう判断し、凌蓮は商人を名乗った。
虎嵐は自分と遊侠達を、その護衛の一行と名乗り、酒と食事を頼んだ。
◆
運ばれて来た〝蒸し鶏〟は、驚くほど白かった。
皮は薄く艶を帯び、箸を入れるだけで、ほろりと崩れる。
その上から掛けられているのは、黒紫色のソースだった。
――甘い香り。
だが、花の香とも、薬草ともつかぬ。
(花娘院で嗅いだ香りと同じだ……香炉みてぇだなぁ)
虎嵐が箸を付けるのを躊躇っていると、
「花娘院の道士様から教わった料理でしてね。
「〈黒薔蒸鶏〉と名付けました」
と主人が誇らしげに言った。
「このタレは、黒薔薇の花と蜂蜜、酒に醤油を煮詰めて作るんですよ」
「へぇ……」
虎嵐は、思い切って蒸鶏を一切れ口に放り込んだ。
「……妙な味だ。だが、不思議と箸が止まらねぇ」
虎嵐の言葉を皮切りに、凌蓮達は皿から料理を取った。
皆、最初の一口以降は何の問題もなさげに食べ進める。
次に出てきた野菜炒めや麺の皿は、ごく普通の味だった。
料理の他に、主人は細長い瓶も卓へ置いた。
「こちらも、西夷の酒です」
透明なグラスに注がれた酒は、深い紅色をしていた。
「葡萄酒、と申します」
「……なんだこの酒?」
一口飲んで、虎嵐は顔をしかめた。
「酸っぱくねぇか?」
「悪くない。薬酒に近い香りだな」
凌蓮は、ゆっくりと杯を傾ける。
「いや俺ァ、もっとこう……焼けるみたいな酒の方が好きだ」
虎嵐の言葉を聞き流す体で、凌蓮は、それとなく村のことへ水を向けた。
「――それにしてもご主人、花娘村とは美しい名前だな。
「それに珍しい形の寺院がある。私も商売で諸国を旅しているが、
「こんな村は初めてだ。昔からこうなのか?」
「いや、今でこそ平和な村ですがね。昔は妖怪が出て、そりゃあ、苦労しましたぜ……」
主人は包み隠さず語る。凌蓮は自分のグラスを主人に渡し、葡萄酒を注いでやった。
「――こりゃ、どうも……」
主人は卓のそばに立ったまま酒を飲み、村の黒い歴史を語った。
――怪異の発端は、二年ほど前に遡る。
昔から、この村には桃と柳の木が沢山あった。
村人はそれらを大切にしてきたが、どうした事か、
歳を経たそれらの〝精〟が凝り、妖怪へと変化し人に仇をなすようになってしまった。
桃の妖に魅入られて首を吊る者、柳の妖に呼ばれ川へ消える者が次々と出るに及んで、
村人達は祠を建て祭ることで災いを鎮めようとしたが、効果がなかった。
そんな折り、はるばる西夷から来られた導師――ビザル様が旅の途中で村に立ち寄られた。
村人の難儀を見過ごせずに、ビザル様は西夷の法術をもって妖怪どもを調伏された。
「ほう。桃や柳が怪異をなすとは、珍しい。
「私には、むしろ、あの〝黒い山〟の方が不気味に感じるのだが……怪異は起こらなかったのか?」
凌蓮が言った。
「へぇ。烏鳴山ですかい……」
主人の目が、ぎろりと光った。
「確かに、あの山はぁ……不吉でごぜぇます」
と、主人は語り始めた。
昔は、烏鳴山で黒曜石を掘っていた。
しかし、今は黒曜石の鉱脈が枯れて久しい。
鉱脈が枯れたせいかは分からぬが、山の周囲の森に化け物が出るようになった。
化け物を見て、村へ戻ってこられた者は皆、
ほとんど口がきけなくなり、『くろい、ばけものぉ! くるな!』と繰り返すばかりで、
何かの病に憑かれたかのように衰え、程なく亡くなってしまう。
「化け物の正体は分からんが……皆、怖がって山には近寄らんです。
「あんた達も、山には近寄らんのが身のためですぜ」
「その西夷から来たビザル様でも、退治できぬのか?」
凌蓮が聞いた。
「へぇ。強え化け物です。さすがにビザル様でも退治できないようで。
「その代わり、化け物が村に出てこられないように洞窟の入り口に封印して、
「村の周囲にゃ〝結界〟を作られましただ。
「西夷寺を建てられたのも、ご自身が〝魔封石〟代わりになって、村に留まるためだそうで。
「それに、魔物は鐘の音を嫌がるってことです。村人は皆、ありがてぇと思ってます」
酒家の客達も一斉に頷いた。
主人の話に虎嵐達も心で頷いた。
あの山が目的地だ。
止められようが、行く。
◆
酒家の窓から山の稜線が見えた。
夕焼けに染まる空の下、あの山だけが黒い。
◆
「今夜は準備をするなり休むなりして、明日、明るくなったら出るとするか」
凌蓮が言った。
「よし、明日のために、たっぷり飲んで食っておこうか!」
虎嵐が遊侠達に向かって言い、「おう!」と皆は笑った。
「親父、普通の酒と、ニンニク醤油の焼き鳥をくれ。それと、二階の宿は空いてるか?」
虎嵐は主人に向かい、空のグラスを上げた。
「いやぁ、うちの宿じゃ狭くてねぇ。旅のお方が十人近くも泊まるとなると……」
「そいつは弱ったなぁ。んじゃ、〝若旦那〟と数人が宿に泊まって、
「俺様と残りは、ここの卓で突っ伏して寝るか?」
と虎嵐が言い、
「あー、俺達は酒さえあれば構わんですぜ」
と呑鯨と細熊が応じた。
「お客様、それじゃ、旅の疲れが取れねぇだ――どうです?
「皆様で花娘院へいらしたら? あそこなら部屋も空いておりますぜ」
「導師様はお優しいからの。きっと受け入れてくださる」
客の一人が笑顔で相づちを打った。
「――そうしなせぇ。今、使いをやってお願いすりゃええだ」
「うむ。では、ご厄介になるとするか」
と凌蓮が言った。
主人は、すぐさま店の若い男に言いつける。若者は笑顔のまま頷き、出て行った。
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