第12話 龍武、並び立つ【参】
【前回までの『五国捜神記』!】
酒に呑まれた凌蓮、まさかの肌脱ぎィィッ!!
だがその時! 二人の龍紋が呼応し、蒼と緑の光を放ったッ!!
そして明かされる〈獄門〉の脅威! 巡風洞には謎の老婆が待ち受けるッ!!
敵か!? 味方か!? 老婆の正体や、いかにィィィッ!?
「久しいな」
柳鷺は言った。
洞の奥で何かが動く気配がする。
影が一歩、こちらへ近づいた。
小さな灯が揺れる。
淡い火が闇を一枚、剥がす。
先に浮かび上がったのは、火の縁に照らされた銀色の筋だった。
髪だと分かるまで、一心拍。
腰まである長い銀の髪が、灯火器の光を受けて流れている。
次に、灯りの下で手が見えた。
細く、骨ばった指。
その手に、柄杓の持ち手を〝S〟字に曲げたような、灯火器が握られている。
灯火器が一歩前へ出るたび、光が闇を押し広げ、その奥から皺だらけの顔が現れた。
深く刻まれた皺。
だが、目は蒼く澄んでいる。
灯火器の火が、わずかに揺れた。
「……ずいぶんと、重たい風を連れてきたねぇ」
老婆は言った。
声は老いているが、弱くはない。
洞の入口に立つ三人を、その目が順に辿る。
最後に、柳鷺で止まった。
「まぁ、入りなさい」
老婆は踵を返した。
灯火器の火が、洞の奥へ向かって揺れる。
三人は、それに導かれるように歩き出した。
風が途切れずに流れている。
やがて通路が、ふっと開けた。
灯火器の火が空間を照らす。
――部屋。
広間というほどではない。だが、洞の中にしては整っている。床は平らに均され、
中央に低い石卓が据えられていた。自然の岩を削り出したものだが、角だけが丁寧に丸められている。
石卓の周囲に木の椅子が四つ。
余分なものは何もない。
灯火器を石卓の端に置き、老婆が軽く手を叩くと、部屋の四隅にあるランプに、
ぱっと火が灯った。灯火が部屋全体を静かに満たす。
老婆は石卓の向こう側に腰を下ろした。
柳鷺は石卓の前に立った。
虎嵐と凌蓮はその後ろに並ぶ。
「で、持ってきたかい?」
老婆は言った。
「無論じゃ。おぅ、弟子らよ」
柳鷺が二人を促す。
虎嵐が背負子を下ろし、凌蓮も同じく降ろした。虎嵐が運んで来たのは、米袋。
凌蓮のものは酒壺。老婆の指示した部屋の隅へ置いた。
「やれ、ありがたや。皆、座ってくれ」
柳鷺が座り、弟子二人が跪き拱手で挨拶すると、
「風水師の風婆じゃ。柳鷺の師姉にあたる」
と老婆は名乗った。
「――まずは、話を聞こう――占いはそれからじゃ」
風婆が言うと、柳鷺は弟子達が腰を落ち着けたのを見て、懐からそれを取り出した。
折り畳んだ一枚の紙。まだ新しい。
卓の中央に置き、すっと広げた。
「では――これを見てくれ」
声は低く、落ち着いている。
描かれているのは、この一帯の地図だった。
山の稜線、谷、川筋、村々の位置。
線は簡潔だが、無駄がない。
風婆は、手元の灯火器を少し引き寄せた。油を含んだ芯が、静かに燃えている。
「まず、ここじゃ」
柳鷺は、地図の一角を指で示した。
「幽声という玄道士と蛙王が姿を消した深潭村」
虎嵐と凌蓮は、黙って頷いた。
「この村の周囲には、龍脈が通っておらぬ」
指は、地図の線をなぞり、龍脈の走るべき経路を示す。
「そして、この村が、最初に黒藻の発生が確認された地点ではない。周辺の村々や、
「離れた地点からも。ほぼ一斉にじゃった」
風婆の目が、わずかに細くなる。
柳鷺は続けて、
「これは異変というより、怪異じゃ。わしら、羅道士は手をこまねいて見ていた訳ではない。
「水明観や近隣の道士達の力を借りて、黒気の濃度、水質を調べ、土を掘り、近隣の村々から
「話を集めた――時間が掛かったがの」
指が村から別の地点へと移動する。
「――このように、線で繋げる」
「……黒気の流れ(気脈)ですか?」
虎嵐が低く言った。
「そうじゃ」
柳鷺は頷く。
「線の方向へ繁殖する方が、周囲へ広がるより早い――とすれば、地下に〝黒い気脈〟があるのでは、
「と考えられる」
指が止まる。
石卓の上に、静寂が落ちた。
「そして、弟子達が玄道士を退治してから、砦の兵達が村を調査して分かったのだが」
柳鷺は一息ついて、
「彼の玄道士は村人を殺し、手の者と入れ替えたばかりか、屍人を使い地下を掘らせていたようだ。
「〝獄門〟を掘り当てようとしていたのかもしれぬ」
「屍術士めが」
風婆が吐き捨てるように言った。
柳鷺は筆を取り出し、
「村々の藻の繁殖速度、水の濁り、臭いの変化……これらが発生した時を、できる限り古い方へ辿る……」
地図へ印を付ける。
一つ、
深潭村よりさらに北の水路に○。付近には森。
二つ目、
川が合流する所に○。付近には村がある。
三つ目、
南西の水路に○。近くには廃坑がある。
「黒気の源たりうる要所は、この三点が濃厚じゃ」
柳鷺は筆を置いた。
「ここまでが、知識と観測で辿れる範囲じゃな」
「……風を読まずに、そこまで行ったかい」
風婆は、ようやく口を開いた。感心とも警戒ともつかぬ声。
「じゃが……どれが〝獄門〟に最も近いか。それは、わしの手には余る」
柳鷺は、はっきりと言った。
「なるほどな」
風婆は灯火器の火を見つめ、ふっと息を吐いた。そして、地図の三つの○を、順に見渡す。
「ここから先は、風水の占術が役に立とうぞ」
石卓の脇に伏せられたままの道具――
骰子、札、盤に目をやり、
「準備は、良いか?」
風婆は三人を見た。
「考える段は終わり、無心に感じる番じゃ」
風婆の言葉が、石卓の上で静かに落ちた。
「――まずは、ここじゃな」
柳鷺は地図の一つ目の○に、指を置いた。北の水路、森に近い地点。
風婆は頷き、
「順に行こう。占いは、急ぐと濁るからの」
石卓の端から三つの骰子を寄せた。
形はいずれも四面。だが、正四面体ではない。
どこが面で、どこが稜か、ひと目では分からぬ、丸みを帯びた、不安定な形。
「天、地、人」
風婆は順に並べる。
「振るのは、お前たちだ」
虎嵐と凌蓮を、交互に見た。
「場所ごとに、同じ手順で。余計な考えは要らん」
最初の地点。
虎嵐が天骰子を取る。
手の中で重さを確かめ、振った。
低い音を立て、骰子が止まる。
「兆天」
風婆は覗き込み、即座に言った。
次に、凌蓮が地骰子を振る。
転がり、止まる。
「動地」
最後に人骰子。
再び虎嵐。
「兆人」
風婆は三つを見比べ、軽く首を振った。
「極はない。ここは――流れの途中だ」
「候補から外す」
柳鷺は地図に小さく印を付けた。誰も異論を挟まない。
二つ目の地点。
川の合流点、村の近く。
同じ手順。
天骰子――動天。
地骰子――兆地。
人骰子――動人。
風婆は少しだけ考え、
「人は動く。だが、地が決めきらん」
首を横に振る。
「ここも、決定にはならない」
柳鷺が静かに印を重ねる。
そして――三つ目。
南西、水路沿い。
廃坑のある地点。
最初に凌蓮が天骰子を振った。
止まる。
「……極天」
風婆の目が、わずかに細まる。
一瞬、誰も動かない。
次に虎嵐が地骰子を取る。
深く息を吸い、振った。
――止まる。
「極地」
風婆は、はっきりと言った。
人骰子は、まだ振られていない。
だが、風婆は手を上げた。
「……もういい」
「二極じゃな」
柳鷺が、ゆっくりと瞬きをした。
「そうだ」
風婆は頷き、
「天と地が行き切ってる。人がどうでも何かが起きる」
石卓の脇に置かれた札へ手を伸ばした。
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【捜神人物図 公開!】
活動報告に【捜神人物図】を追加しました。




