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#30 「悩み」

遂に、夢乃原高校文化祭当日となった。

隼人のクラスは出店の屋台をする事になり、これまた知らない内に飲食店でアルバイトをしているという謎の理由で人生で作った事のないたこ焼きの屋台の担当をさせられ、開場の時刻から雪崩のようにやってくる地元の人や他校の生徒、先輩後輩への応対に目が回りそうになっていた。

 文化祭開幕から時刻が二時間程経った所で、ようやく交代をしに梨花がやってきて、梨花へと全てを任せたところで隼人は逃げる様に屋台から去った。


校舎内ですれ違う人々はだれもが楽しそうな雰囲気。

死んだ魚の様な目をしながら当てもなく彷徨っている様な人間は見渡す限り隼人くらいだ。

瑠香も、また冬葵も。友人達と楽しそうにはしゃいでいるのを遠巻きに見かけて、何とも楽しそうだとも思う。

本当ならば隼人も少しは楽しみたい、けれど気が乗らない理由があった。


「私決めたんだ、自分の気持ちに決着をつけるって」

「だから隼人、力を貸して。隼人も知ってる、上野結衣ちゃんに別れを告げる事に」


隼人の脳裏に、あの日の悠未の言葉が反響する。

園崎悠未、何処かで聞いた名前だとは思っていたが気のせいでは無かった。

悠未が現世に未練を残している、友達に別れを告げたいという理由の根源、それこそが隼人の友人である上野結衣。

結衣が持つ、()()()()()()()()を見る力。

その能力発現の根本的な理由こそが、何の因果か隼人も交流がある園崎悠未の死。

だからこそ、隼人の悠未の願いを叶えるという気持ちに若干の揺らぎがあった。

悠未は、気持ちの整理をつけたいと願う。けれども、それは結衣の心に再び傷を付ける事になるかもしれない。

仮に、結衣の建てた仮説通りに接触を伴う事で悠未の姿を見せる事が出来たとして、悠未の願いを叶える事で悠未が消える事が確定してしまう。

花火大会の夜、姉の春奈がそうだった様に。

隼人はそれを受け入れた上で前に進む事を選んだ、けれど結衣は果たしてそうだろうか。

悠未との再会は、心に更なる傷を…


考え事をしながら無意識に歩き続け、気が付けば隼人の足が図書室の前で止まる。

スライド式のドアに手を当て、横にずらすも鍵が掛かっているのか開かなかった。とどのつまり、騒がしい今日の校舎で想いに耽る様な逃げ場はない。

再び当てもなく歩き続けて、隼人は屋上に向かう。

屋上は鍵が掛かっておらず、図書室と違って立ち入る事が出来た。教師に見つかれば恐らく怒られるだらうが、監視の目がこちらに向かない事を祈って柵にもたれかかる。

頬を撫でる風は、何処か冷たい。

まもなく、冬が近づくのを何となく感じた。


「黄昏れてどうしたの?」


聞き覚えのある声がして、隼人は驚きながら振り返る。

視線の先、帽子とマスクを被った私服の女性が居た。

この高校の生徒ではないのは、制服じゃない時点で確定する。

そして、隼人は目の前が誰かなのかを声で理解した。


「夏希…だよな」

「うん!休みだから来ちゃった」


帽子を外し、マスクをずらして、夏希は笑いながら隼人へとそう告げる。

山下夏希、アイドルユニット5☆STARSのリーダー。

今は色々あり、芸能活動を休止している。


「お前、どうやってここが」

「後ろから追いかけてたのに、気付かなかった?」

「今度はお前がストーカーか」

「はぁ!?あんな奴と一緒にしないでくれる!?」


何処かぷりぷりしながら、夏希は隼人の隣へとやって来て、同じ様に柵へと寄り掛かる。

海の方から吹き付ける少し強い潮風。そんな風が、夏希の長い髪を靡かせる。

気持ちよさそうに目を閉じて風を感じているので、あまり潮風が髪に良くないのは、黙っておく事にした。


「海に近い学校って憧れてたんだよね〜、私も小さい時に引っ越さなかったら結衣や隼人が居る夢乃原高校通ってたのかな」

「今からでもウェルカムだぞ」

「編入ってハードル高いし、それにもう引越し先決まったから」

「そ。そりゃ残念」

「思ってないくせにー」


その言葉を最後に、二人の会話は止まる。

聞こえて来るのは、下の方で騒ぐ生徒らしい声や風が切る音。

二人はただ、視線だけは真っ直ぐに向けて、水平線の方を見ていた。

長い沈黙が続く中で、夏希が静寂を切る。


「私ね、アイドル辞めようと思ってるんだ」

「…」

「隼人はどう思う?続けるべき、それともやめるべき?」


夏希から投げ掛けられる問い掛け。

答え難い質問ではあったが、返す言葉は秒で思い浮かんだ。


「知るか」

「はぁ!?」

「続けたいなら続ければいいし、辞めたいなら辞めればいい」

「なにそれ!普通お前はアイドル向いてるから続けた方がいい…とかじゃないの!?」

「要はそうやって、背中を押して欲しいんだろ。その時点で答えは出てるだろ」

「うぅ…」


隼人の言葉が図星だったのかは、夏希の反応を見るだけで何となく理解できた。


「好きなら続ければいいし、苦しくて枷になるなら辞めたらいい。実際どうなんだ、アイドル好きなのかよ」

「…初めは、少し嫌だった。人の心が読めるからこそ、見たくもない気持ちを見る事もあったし…けど、心の底から応援してくれる人もいて、少しずつ好きになった。踊りも歌も、頑張れば頑張るだけ応援してくれる人も増えていって、好きだと思ってくれる人もいる。そりゃ、邪な考えもいまだに見えたりもするけど、それが気にならないくらいには好き、だよ」

「そこまでの理由があるなら、僕が背中を押さなくても十分だな」

「…うん、確かに隼人の言う通りだよ。私は誰かにこの道を肯定して欲しかったのかも」

「僕はさ、やらなくて後悔するなら、やって後悔した方がマシだと思ってる」


この信念はずっと変わらない。

この考えがあるからこそ、隼人は春奈に別れを告げられた。

瑠香が自分を責めない様に未来を受け入れた。

夏希を守る為に立ち向かった。

例えその行動の先に後悔があっても、きっとその先の未来では愚かだったと笑い話になるかもしれない。

挑戦しない限りは結果も分からないからこそ、尚更そう思う。


「だとしても、隼人は命知らず過ぎだね」

「それはそうだけど、それで何とかしてきたからな」

「確かにそうかも」


夏希は笑いながら、そう答える。それに釣られて隼人と笑った。

ひとしきり二人で笑ってから、夏希は何かを決意したかの様にこう続けた。


「私も、やって後悔してみる」

「ああ、そうしろ。お前がその道を選ぶなら、僕も応援し続けてやる」

「なら!復活ライブ絶対来てね!結衣も!」

「ああ、悠未も連れて行ってやる」

「え?なんで悠未の事知ってるの」


困惑する夏希へと、隼人は今自分が悠未が見えている事、そして友達に別れを告げたいという理由で現世に留まっている事を話した。

きっと、悠未の言う友達の中に、夏希も入っていると思ったから。


「そっか、悠未が…」

「ああ、僕と夏希が友人なのを悠未は知らないだろうから伝えてないけど」

「私は、引っ越す前に悠未と喧嘩したまま別れて。悠未から手紙が届いたけど返してないんだ。だから、そう言う意味じゃ悠未にちゃんと別れを言いたいのは私も同じかも」

「じゃあ本人に直接伝えればいい。折角それが出来るんだ。」

「出来る?」

「ああ、やって見せる。別れはちゃんと伝えたほうがいい。じゃないと一生の枷になる」


この経験も、全て春奈が隼人に教えてくれた事。

何が起きるか分からない世界で、ちゃんと別れを告げる事の大切さ・尊さを、隼人はこの夏に学んだ。

その経験があるからこそ、隼人は自信を持ってそれを夏希に教えられる。


「分かった、私も悠未に別れをちゃんと言いたい」

「任せろ、ちゃんと叶えてやる」


やる事は決まった、後は結衣がそう望むかどうか。


◇◆◇◆◇


屋上を後にして、夏希は再び変装モードに入る。

行く当てがない なんて思っていたが、思い返せば一つあった。だからこそ、そこへ夏希と共に向かう。

二階、2-1の教室が見える。教室の前には隼人の思った通り、メイド喫茶と書かれた看板があった。

これこそが、結衣が隼人を拒んだ最大の理由。

何故そこまでして拒否して来るのかなんて、隼人は梨花経由で2-1の出し物を聞いてから理解していた。


「いらっしゃいま…げ。」


入ってきた隼人と変装モードの夏希を見て、メイド服を纏った結衣の表情が、ただでさえ死んでいるのにそれを加速させる。顔を真っ赤にしながら、持っていたお盆で咄嗟にそれを隠した。


「結衣、可愛いぃ〜!!」


スマホを取り出し、まるでカメコの様に結衣の周りをぐるぐると回って写真を撮る。

心底嫌そうにしながら、結衣は持っていたお盆でカメラレンズを隠すが、それを上回るスピードで夏希がシャッターチャンスを狙う。


「上坂、どう言う事」

「知るか、なんか来てた」

「こっち見て笑って!」

「夏希、後で写真を頼む」

「オッケー!」

「上坂に夏希を紹介したのは間違いだったかも…」


この後、結衣に『手が滑った』というふざけた言い訳でお盆で頭を叩かれたり、わざとお冷を零されたり、見えない様に足を踏まれたりしたが、大盛況の中、今年の夢乃原高校文化祭は幕を閉じたのだった。


文化祭終了後、片付けを終え帰路につく隼人は一人で駅のホームに立っていた。

 夏希は打ち合わせやらなんやらで先に帰り、結衣は不明。冬葵と梨花は打ち上げへ。隼人は勿論そんな物に誘われる事無く、こうして暗い中電車を待っている。

 当然、誘われても行くつもりは無い。家には心臓に病気を患った妹が待っているのだ。

 なんて強がりを自分に言い聞かせながらも、少し寂しくなった。


「今頃アイツら楽しんでんだろーな」


 突風の様に吹いて頬を撫でる風が冷たい。まもなく冬がやってくる。

 数ヶ月前まで暑かったのがまるで嘘みたいだ。


『一人で可哀想だね 一緒に家まで帰ろうか?』

「同情すんなよ、もっと悲しくなる」


 いつの間にか横に立っていた悠未へと、隼人は反対のホームへと顔を向けたまま笑いながらそう言い返す。


「どうせ聞いてたろ夏希との会話」

『アイドルに復帰するまでしか聞いてないよ』

「全部聞いてるじゃん ま、言った通り 今度の夏希の復活LIVEまで頼まれ事待っててくれないか」

『いいよ、私も夏希ちゃんのLIVE見たいもん それにもう決めたから、心変わりする事はもう無いよ。隼人こそ、どうやって結衣ちゃんに伝えるか決めたの?』

「一個だけ方法がある、それで無理なら無理」

『信用していいの?』

「きっと未来の僕が何とかしてくれる」


 自慢ではないが、この数ヶ月で様々な逆境を超えてきたのだ。

 きっとこの事も、何とかなる。

 言い切れはしないけどそんな予感がする。


「だから、結衣になんて伝えるか決めとけよ。中途半端だと成仏出来ないぞ」

『言われなくても分かってるよぉ ……ほら電車きたよ』


 悠未の言葉の通り、遠くから、ライトが眩い光を放ちながら暗闇を掻き分けて電車がやってくる。

 定刻通りやってきた電車は、隼人一人と幽霊一人しか居ない駅へと停車した。

 そして、中に入った隼人と悠未を乗せて、次の駅へと向けてゆっくりと走り出した。


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