#29 「やり残した事」
十月も中旬になった。
体育祭のノリで誕生したカップルが別れ出すこの時期。
上坂隼人はこの日、昼休みにいつも通り別棟の図書室で結衣と他愛のない話を繰り広げていた。
「夏希、アイドル活動休止するんだろ?」
隼人の口から語られたのは、数日前の一件の後日談。
あの日、隼人達がストーカーとの死闘を繰り広げた後、男は捕まった。
近くの防犯カメラにはナイフを持った男の様子が映っており、男には夏希のに対して接近禁止命令や出禁が言い渡されたものの、夏希自身はアイドルとしての活動を休止し、近々家も引っ越すらしい。
何とか終わったとは言え、結末は何とも胸糞悪いもの。最近人気が出始めたばかりなのに、5☆STARSのユニットも、何より夏希自身も報われない結末に終わってしまったのは何とも言えない。
とはいえ、あれだけの危ない目に遭えばそれも仕方がない事だろうとも隼人は思った。
「夏希の事、ありがとう」
「感謝なら僕だけじゃなくて冬葵にも言ってくれ」
「あの後、夏希からなんか聞いた?」
「特には、とりあえず親御さんからも感謝の言葉とお菓子をもらった」
夏希の律儀さは親譲りなのだろうと、わざわざ家までやってきて感謝の意を述べた夏希の母を見てそう思った。
確かに危ない目にはあったとは言え、隼人自身は夏希が無事ならそれでいい。
「そう言えば、上坂今週の文化祭、私の教室には来ないで」
思い出したかの様に結衣が口を開くと、何を言い出したのか突然結衣に拒絶される。
結衣の言う通り、今週末は夢乃原高校の文化祭がある。だからこそ、他の生徒達はその文化祭に備えて何処か舞いがっていた。隼人を除いて。
「理由は?」
「きてほしくないから」
「うわー傷つくわ、僕とそんなに友達と思われたくないのかよ」
「そう言うわけじゃない」
「じゃあなんで」
「とにかく来るな」
そこまで拒絶されると、逆に行きたくなるのが人間の性というもの。
当日は何としてでも時間を作って見に行こうと、隼人は強く思う。
「上坂のクラスは何やるの?」
「出店、たこ焼きとかじゃないか」
「じゃないか…って何で知らないの」
「知らない間に決まってたからな」
クラスの中で空気の扱いでいると、こういう時に困るのだ。
知らない間に様々な事が既に決まっており、そして毎回厄介事を隼人自身の承諾も聞かずに押し付けて来る。
瑠香との一件以降、クラス内で上坂隼人の評価が少しだけ上がった時期もあったが、それも三日程で終わりを迎えて、またいつもの居てもいなくても変わらない存在でしかない。
「ま、好き勝手に決めてくれていい。別に、僕は文化祭なんかでときめいたり、喜んだりする様なキャラじゃないし」
「上坂、それ負け犬な台詞だよ」
「負け犬で結構、そんな事より大事な事が僕にはあるんだ」
脳裏に過ぎるのは、由希の病気の事。
そして、現在進行形で何とかしないといけないのは悠未の願い。
友達にお別れを言う
それこそが、悠未が今も現世に囚われている理由。
悠未の姿が幼いままで止まっているのも、きっとそれが理由だろう。
前に進む事を願って、大きくなった姿を選んだ春奈と、亡くなった時のまま時間が止まり、その友達に気付いて貰えるかもしれないという届くかも分からない願いを抱えて幼いままの悠未。
叶えてやれるのなら、叶えてやりたい。
悠未が前に進むためにも、そしてその悠未が別れを言いたい友達とやらの為にも。
それが出来るのは、悠未を見る事が出来る隼人自身だけなのだから。
とは言え、だからこそぶつかる障壁もある。
隼人には視認できても、その友達に見えないならまるで意味はない。言葉だけ伝えた所で、果たしてそれは悠未が現世に残した未練を断ち切れるのか。
「柄にもなく悩んでるね」
「僕にだって、考えすぎて眠れない夜もある」
「よく分からないけど、どうせこの前話してた幽霊の件でしょ?」
考えている事を結衣に当てられ、隼人は鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
その表情が面白かったのか、結衣は珍しくくすりと笑いながら口を抑えた。
「友達に別れが言いたいんだと」
「なら叶えてあげればいい」
「随分と簡単に言ってくれるんだな」
「だって、上坂なら出来そうだもん。出来なくても何とかする。それに」
「それに?」
「神崎さんの件、神崎さんが見た未来を上坂もみたんでしょ?」
「一応な、確証はないが」
「これはあくまでも仮説に過ぎないけど、上坂は神崎さんと共鳴したんじゃない?未来を見たいと思っていた上坂と、未来を見ていた神崎さんが」
結衣の言う事が正しければ、希望は見えて来る。
確かに、隼人自身もあの迫り来る最悪の未来の中で何度も未来が見えたら…なんて思う事は確かに多々あった。
そしてその考えの果てに、魘されていた瑠香に触れ、未来を見た。
だとするならば、何らかの強い想いを持った状態で触れる事が、見ている物を共有できるトリガーになるのかもしれない。
「結衣に話して正解だったかもな」
「解決しそうなら何より」
やはり、持つべきものは賢い友だと隼人は思う。
道が切り開かれたなら、あとは悠未にその友達が誰かを聞くだけの話。
「その子、その友達にお別れを言えるといいね」
「ああ、それで前に進めるならな」
予鈴が鳴り、二人が居る図書室にもそれが聞こえて来る。
昼からの授業の為に隼人と結衣の二人は立ち上がり、教室へと戻る事にした。
廊下を歩きながら、隼人は悠未の事を考える。
夏休みに出会った迷子の幽霊、園崎悠未。
その名前を考えて、何処か引っかかる気がしていたがどうせ思い出せないので考えない事にして、隼人は教室へと戻った。
◇◆◇◆◇
そんなこんなで日々が過ぎ、毎日の様に放課後行われた文化祭に向けた用意も終盤、遂に前日準備となり校内も更に騒がしくなる。
和気あいあいとした雰囲気の中、死んだ目をしながら屋台を組み立てていた隼人は、クラスの同級生から『体育館裏の倉庫にある設営の部材を持ってきて』という司令を受けてとぼとぼ歩いていた。
正直言って帰りたい。
朝早くから始まった前日用意だが、想像以上の進行の遅さに休憩返上で行われている。せっかく人目の少なそうな場所へと行くので、隼人は密かにサボるつもりだった。
体育館裏倉庫へと到着し、とりあえず壁にもたれる様に腰を下ろす。
周囲に人は居ない。サボりには絶好のチャンス。
大きな溜息を一つつきながら俯いていると、突然、横に人の気配がした。
まさか先客が居たか、隼人は恐る恐る横を見ると……
「お前……」
「隼人 サボってるの?」
そう笑顔で聞いてくるのは、悠未。
まさか夢乃原高校に居るなんて想像もしていなかったので、驚きの表情を隠せない。
「お前なんでここに?」
『隼人に会いたくて』
「僕?」
『うん、私決めたんだ 自分の気持ちに決着を付けるって』
"自分の気持ちに決着を付ける"
いつになく真面目な顔をしながら、悠未は正面から隼人の顔を見て、そう言った。
そして、それが指し示す事は……。
「だから隼人、力を貸して。」
『隼人もよく知ってる "上野結衣ちゃんに別れを告げる"事に』




