#28 「冬葵へのSOS」
冬葵へと連絡して三十分後、机に置いていたスマホが振動した。
スマホを手に取ると、それは冬葵からの着信だった。
「もしもし」
『駅着いた、どこ?』
「近くのファミレス。奥の方の席にいる」
『おけ、着いたら何用か教えろよな』
「ああ約束する」
「何だって?」
「着いたとさ」
再びスマホを机に置き、数分待つ。
しばらくすると、入店を知らせる音が鳴り、冬葵が入ってきた。
隼人を見つけ、夏希と隼人の座る席へとやってきて隼人の隣へと座る。
「わざわざ悪いな」
「隼人から頼られるなんて雨でも降るのかと思った。で、この子は?」
「冬葵頼むから大声出すなよ」
とりあえず釘を刺してから、夏希は周りにバレない様に小さな声で自らの自己紹介をした。
その自己紹介を聞き、「え!?あの山下…」と声を上げそうになったところで隼人は必死に冬葵の口を塞いだ。山下夏希がここにいるとバレればストーカーどころの騒ぎじゃなくなる。
「馬鹿!お前声がでかい!」
「だって…! おほん…アイドル宣言聴いてます…」
咳払いを一つして、先ほどとは打って変わって小声で冬葵は夏希にそう告げる。まさか、冬葵が5☆STARSのファンだとは知らなかった。
当の夏希も、そんな冬葵に少し困惑しながらも「ありがとう」と礼を言う。
とりあえず、面子は揃った。隼人は改めて、冬葵へとどうして呼んだのかと、夏希を取り巻く状況と、なぜ上坂隼人が山下夏希と知り合いなのかの三つを説明した。
三つめに関しては、そんな奇跡もあるんだななんて言いながらも納得して、一つ目と二つ目に関してはオタクの風上にも置けないな なんて隼人も抱いた感想と全く同じことを言う。
「じゃあつまり、ストーカーのストーカーをしたらいいんだろ?」
「まぁそんな感じ」
「それならお安い御用だ。夏希ちゃんを泣かせる奴は俺が許さないし」
「だってよ」
「ありがとう…二人とも…」
隼人、そして冬葵の協力を受け、夏希はそんな二人に感謝を述べる。
ただ、これで解決ではなくて問題はここから。
本当に夏希のストーカーなのかも分からないし、仮にそうだとして、そもそも都合よくストーカーが現れるかも未知数。
今日だけで解決すればいいとは思うが、これが何日も続く様なら負担は冬葵にも及ぶ。
それだけは何としても避けたいと隼人は願う。帰宅部で暇な自分とは違い冬葵には部活もある。
「とにかく、始めよう」
終わる終わらないは、まずはここを出ない事には始まらない。
そして三人はファミレスを出た。
◇◆◇◆◇
ファミレスを出た後、夏希を先導に、隼人と冬葵の二人はその後ろを少し離れた所から追う。
ストーカーに変な詮索をされない様に、ファミレスを出る際も夏希から先に席を立たせて、二人は遅れて出た。
時刻は十八時半。駅前の街灯の灯りが眩しく感じるほどに暗くなった夜道をただ歩き続ける。
変装用につけていたマスクも外して、まるで気づいてくれと言わんばかりの風貌、アイドル・山下夏希の状態でストーカーをまるで誘い出す様に。
作戦は一つ。ストーカーを誘い出し、この行為をやめる様に促す。危害を加える様なら、隼人と冬葵の二人が偶然を装って飛び出してストーカーを止める。
夏希には実質的な囮となってもらう事になるが、本人が望んだ事なのでそうしてもらった。故に、危ない時は如何に早くそれを止めるかが二人の大事な役目。
不安はありながらも、一応念の為にスマホでいつでも警察は呼べる様にしておく。
歩き出して十分程経った頃、前を歩く夏希と、その後ろを歩く隼人達の間に男が割って入る。
全身黒い服、その服装を見て隼人は嫌な記憶が蘇る。だからこそ、少しばかり警戒心を強めた。
「なぁ…」
「ああ、分かってる」
隣を歩く冬葵も、隼人と同じ様に突如として現れた男に対して警戒心を抱いていた。
当の男も、気持ち先ほどより歩くスピードが上がった様に思えた。隼人達も同じ様に歩くスピードを上げる。
男と夏希の距離が次第に近づき、男の手が夏希の方へと伸びる。
そして、男が夏希へと声をかけた。
「あ……あの5☆STARSの山下夏希さんですよね?」
「え?は、はい」
「お、俺ずっとファンで!握手してもらっていいですか!?」
「はい、どうぞ!」
握手を求める男へと、アイドルモードになった夏希が快く応える。流石は"神対応アイドル"だと隼人は思った。例え相手にストーカー疑惑があってもファンサは欠かさない。
この感じならタダのファン(付き纏いは別として)だが、何だか夏希の様子がおかしい。動作ではない、顔がだ。隼人から見ればどうにも怯えているように見える。
「なぁ、なんか顔が怯えてるよな」
「……暗くてよく見えないけど確かに」
夏希にはある隠し事ある、隼人と結衣しか知らない隠し事。
それは"相手の心が読める"目を持つ事。
恐らく夏希が怯えているのは、男が考えている事を読んだから。何を考えているかなんて、同じ男だからこそ何となく想像できた。
「冬葵、もしかしたら不味いかもしれない」
「なんで分かるんだ?」
「そんな予感がするから!行くぞ!」
「ちょ!隼人!」
冬葵を置いて、隼人は駆ける。
待っていても仕方がない、事が起きてからでは遅い。
夏希の身に何かあれば結衣が悲しむ、それに折角できた友人を傷つけたくない。
この先に起きそうな事なんて、夏希の表情が全部教えてくれた。
「俺さ、実は夏希ちゃんの事ずっと追いかけてて…アイドルとしても、一人の人間としても…だからさ、その色々教えてくんない?他のファン達が知らない事を」
「嫌…!」
「逃げないでよ、悲しいじゃん」
そう言って、男はポケットからある物を出す。
それが何かは隼人にはすぐ分からなかった。けれど、街灯の灯りで鈍く光ってすぐに理解した。
同時に、嫌な記憶過ぎる。一ヶ月前のあの出来事。
「やけに今日は嫌な予感が当たるな…!」
もう遠慮は要らない。だからこそ、隼人は加速した。
今日は何も防御手段がないからこそ、真っ向から立ち向かうのは無理だ。
だからこそ、不意を突く。
男に近づいた隼人は、その勢いのまま飛び上がって両足を前に突き出す。
この前がパンチなら、今日はキック。
力を込めた渾身のドロップキックは男に命中して、その衝撃で男は倒れ込んだ。
手から落ちたナイフ。隼人は立ち上がり、それを男が拾う前に蹴り払う。
「夏希ちゃん!」
後から来た冬葵も、怯えた様子の夏希に寄り添い、庇う様に前に出る。
「な、何なんだよお前ら!」
「それはこっちの台詞だ、物騒なもん持ちやがって」
「くそ、覚えとけ!」
「逃すか!」
走って逃げる男を追い、隼人は駆ける。
ここで逃せば同じ事になる。だから、何としてでも警察へと突き出す。
都合よく、巡回中のパトカーを見つけて隼人は声を上げた。
「その男を捕まえてくれ!ナイフを持ってた!」
隼人の声が届いたのか、パトランプが光り、男の行先を防ぐ様に止まる。
まさかの警察の登場に男は焦り、路地へと逃げるも、車内から出てきた警察が男を追いかけて、身柄を抑えた。
…終わった。
息が上がり、隼人はその場に倒れ込む様に路上へと転がる。
足と胸が痛い、慣れない事はやるものではないと思った。それでも、何とか危害が及ぶ前に止める事はできた。
警察官二人に取り押さえられ、暴れる男を尻目に、緊張などが混ざり合って爆発しそうな心拍を感じる。
「隼人!」
倒れ込む隼人の元へと駆けて来る二人。
夏希は泣きそうな顔をして、冬葵は心底心配した表情を浮かべながら隼人へと寄り添う。
「怪我、は?」
「ない…ごめん隼人」
「馬鹿言え、お前が無事でよかった」
「隼人こそ怪我は?」
「ないけど、今は横になりたい」
荒い呼吸を整えながら、二人の腕の中でようやく落ち着いて来る。
これで何とかなればいい、というよりなってほしい。
とりあえず生きている事に安心しながら、隼人は胸を撫で下ろした。




