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#27 「夏希のSOS」


懐かしい夢を見た。

懐かしいと言っても、凡そ一年や二年前の記憶だろうか。

まるで気が付けば何処かの建物の中に居て、その中をただ歩いていた。

硝子越しに、夕陽が差し込む。その光が、眩い光と共に廊下で反射する。

目が眩みそうにならながらも歩き続けた先で、誰かに呼ばれた感覚がして、歩みが止まった。

一度だけは聞き取れない。けれど、二回、三回と呼ばれる内に声がはっきりと聞こえてくる。


()()()()


ようやく聞き取れて、隼人の足が止まる。

振り返った先に、声の主はいた。

腰近くまで伸びた綺麗な黒い髪の活発そうな少女。身に纏っていた制服が中学時代のそれだと気づき、自らが居る場所が中学校の校舎だと気づく。


目の前に居る、自らを呼び止めた少女を前にして、隼人はその少女の名前を思い出せなかった。

まるで、記憶に靄がかかった様な…そんな感覚がした。

 "知らない"。目の前の彼女の名前を。

 だけど、断片的に彼女の事を覚えている。遡った記憶の中に、僅かに彼女の笑顔がある。

気不味くなり、その場を取り繕おうとする隼人を見て、少女は笑いながらこう返す。


「私の事、忘れちゃった? 私は──」


◇◆◇


視界が鮮明になっていく。

放り投げていた意識が現実へと戻され、隼人はそこで自分が居眠りをしていた事に気付いた。

目を擦りながら前を向くと、何か言いたげな様子で隼人を見つめる教師が立っていた。

あ、まずい。教師の視線を感じ取って、隼人はそう思った。どうやら、授業中に居眠りをしていたらしい。

置かれている状況を把握する為に辺りを見渡すと、笑いを堪える様子をした生徒が数人、その中には梨花も居る。


「悪いなぁ上坂。眠たくなるほど退屈な授業で」


声を荒らげずに、教師はそう言う。むしろその方が怒られる側としては怖い。

……そうか、さっきまでのは夢か。未だに眠い目を擦ろうとする手をグッと堪え、


「おはようございます、先生」


 と、寝起き一番、とりあえずそれらしい言葉を返した。

 そんな隼人の言葉を聞いて、耐えきれず吹き出す生徒が居た。この声は多分梨花。そしてそれに釣られて周りの生徒も笑い出す。

 最初こそ、今にでも怒りだしそうな雰囲気の先生だったが、クラスの空気が変わり、 もうどうでもいい という表情を浮かべ、『次授業で寝たら今度の中間考査はとびきり難しい問題にするからな』という脅しを一つしてから授業に戻る。一番前にある隼人の席の背後からは『えー!』『上坂のせいじゃん』という声が上がる。

 隼人はそれを聞こえないフリをして、大きな欠伸を一つしてから、教科書を再び開いて再開した授業に戻る。その中で、先程の夢にでてきた少女が何度も脳裏にチラついた。


「(あれ、誰だっけ)」


 それから授業が終わるまでの三十五分間、どれだけ記憶を遡っても結局答えは出ないまま。

 思い出せそうで思い出せない、まるで味のないガムを噛み続けさせられている様な不快感の中、この日の隼人は放課後を迎えた。


◇◆◇◆◇


放課後、特に予定がないので隼人は足早に教室を出た。

冬葵は部活、結衣は別用、梨花や瑠香は言わずもがな友人達と帰り、隼人はただ一人、寂しく駅までの海岸沿いを歩いて帰る。

もう気が付けば十月。あれだけ海水浴客等で賑わっていた海岸もこの時期となれば流石にサーファーの姿すら見えない。

もう少しすれば冬が来て、あと二ヶ月もすれば今年が終わる。光陰矢の如し、なんて言葉があるが確かにそうだ。

気が付けば日は過ぎて、気が付けば歳を食う。前に父親が歳を取ると一年が早い、なんて言っていたがこの歳にしてそれの片鱗を味わっている気がする。


視線の先、水平線近くに陽が見える。

この時期ともなれば日照時間も減って日の落ちも早い。家に帰る頃には日も完全に落ちきるだろうか。

そんなことを考えながら歩いていると、ポケットに入れていたスマホが鳴った。

手に取り、通知を見る。珍しく入ったメッセージアプリの通知。しかも、その主はまさかの夏希から。

開くよりも先に、嫌な予感がした。

恐る恐る開くと、その予感は的中する。


『隼人、今大丈夫? ()()()


読み切った後、次の瞬間には、溜め息を一つ吐きながらも隼人は駅へと走っていた。


◇◆◇


時刻は十八時。

本来ならば降りるはずの夢乃原駅を素通りして、隼人は朝陽駅に居た。

ここに来るのは、夏希と出会ったあの日以来。

退勤や帰宅で混雑する駅前を、人の群れを掻き分けながら進み続けて、隼人は待ち合わせ場所のファミレスへと入った。

待ち合わせをしている旨を店員に伝え、奥の方の席にいる如何にもな風貌の人間の前へと座る。


「夏希、だよな」

「うん、来てくれてありがとう…」


マスクを少しずらし、顔を見せる。

間違いなく、目の前の女性は夏希だった。


「で、何用だ?助けてとか」

「…言いにくいんだけど、実はずっと前から悩んでる事があってさ…」


何処か怯えた様な、そんな様子をしながら夏希は言う。言葉を発そうとする度に辺りを気にしている様なそんな様子。

心配はしなくても、騒がしい店内で話している声が周りに響く事はないと思う。余程声がでかいと言う訳でもなければ。もしくはアイドルという職業故に男性と居るのがバレたらまずいのか、もしくは…

再び、隼人の中に嫌な予感が過ぎる。


「なんだよ、結衣と大喧嘩したか?」

「ううん、別にそういう訳でもないの」

「じゃあ一体…」

「ストーカーされてる」


夏希の口から出た、ストーカーという言葉。

そのワードこそ、隼人の中に浮かんでいた嫌な予感であり、モヤモヤの正体。


「いつから」

「先々週から。私の家、この駅の近くなんだけど、最近ずっと後ろをつけられてて」

「週刊誌か」

「ううん、多分ファン。前に顔が見えた時に特典会で見知った顔だったから。話したこともあるし」


だとするならば、推しをつけ回すなんてオタクの風上にも置けない野郎だと思う。ましてや付き纏いだなんて、それはもう犯罪だ。


「てか、なんで僕に言う。普通運営だろ」

「逆上されて襲われたりしたら、嫌じゃん それにまだストーカーとは決まってないしさ……」

「……まぁ確かに」


 とはいえ、隼人自体に出来る事はそう無いと思った。

 魔法が使えるわけでもなければ、腕っ節が強い訳でも無い。精々人より違う事は『見えない物が見える』事だけ。それも、幽霊が見えるだけだ。

 この状況をどうにか出来る力は無い。


「てかなんで、僕なんだ?」

「この前の動画は私も見た。」

「……あー、アレね」


夏希の言う動画とやらが何なのかはすぐにわかった。凡そ、自分が刺されている奴だろう。

 アレは相当拡散されているらしく、あの事件から数週間経った今でも、『アイツ動画の奴じゃね?』というヒソヒソ話と共に、電車や駅なんかで好機の視線を感じる程。あの一件以来、ますます生活しにくくなった様に感じる。


「正直カッコいいと思った、ナイフ持った人間に立ち向かえる人なんて滅多に居ないし」

「あの時はどうかしてたからな、それに"ああなる未来は知っていた"。」


未来を予習していたからこそできた行動。

それでも今考えてみれば命知らず過ぎる上に、相当な賭けだったと思う。あの時はただ瑠香を救いたいと思ったからこそあれだけの無茶が出来たのだと思う。

仮にストーカーが本当だとして、どう対処するというのか。


「僕は何をしたらいいんだ」

「帰り道、ついてきてほしい。そしてストーカーが本当かどうか判断してほしいの」

「ストーカーのストーカーをしろって事か」

「大体、そう… 駄目?」


何処か潤んだ瞳で、夏希は隼人へと頼み込む。

不安そうな、それでいて何処か絶望を感じさせる様なそんな顔。

脳裏に、由希や瑠香の顔が過ぎる。あの時の様な顔を浮かばせる夏希を見て、隼人に否定の言葉を吐く事なんて出来なかった。


「あー…わかった、やってやる。だからそんな顔すんな」

「本当…?」

「とはいえ僕一人じゃ無理だ。危ない事したらまた結衣泣かせるし」


もう梨花や結衣達を悲しませる様な事はしたくない。

一人でまた危険に立ち向かう事は出来ない。

だからこそ、隼人は最強の助っ人を呼ぶ事にした。

スマホを取り出して、一言メッセージを送る


()()()()()


ただその一言を送り、即座に既読が付く。

直後返信が返ってきた。


『分かった、どこ?』


それは、隼人が信頼する友。冬葵からだった。

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