#26 「見えないもの」
「私は山下夏希。結衣の幼馴染で、私は人の心が読める」
目の前の少女はそう言うと、ここに来るまでの間に乾いた喉を潤す様にオレンジジュースに口をつけた。
人の心が読める。山下夏希は確かにそう言った。
だとすれば、隼人がインチキ超能力だと思っていたそれは売れる為のキャラ作りでもなんでもなく、夏希が本当に持つ自分達と同じ様な見えないものが見える力と言うことだろうか。
「でもやっぱり、結衣の言う通りだね。結衣だけなのかと思ってたけどこの人の心が読めないや」
夏希は何処か残念そうにしながら、もう一度オレンジジュースに口をつける。
何が残念なのかは隼人には分からない。けれど、見えない物が見える力を持つ者にその力は干渉しないと言うのは既に聞いた話でもある。
結衣が隼人の残された時間が見えなかった様に、夏希は結衣と隼人の心を読めない。
だとすれば、何故自分は瑠香の見た未来が見えたのか。
力が干渉しないのならば、同じ様に見えないものが見える筈がない。
例外があるのか、もしくは特定の条件を満たせば見える様になるのか。はたまたもしくは、結衣が前に言っていた様に偶然それらしい夢を見たのか。
どれかは分からないまま、隼人は取り敢えず難しいことを考える事はやめにした。
「で、君は?私は自己紹介したのに」
「あぁ…僕は上坂隼人。結衣と同じ高校の生徒で、おそらく幽霊とやらが見えるし触れられる」
「何それ、こわ」
「別に怖くもない。大体、現状二人しかこの力で視認してないし、そもそも幽霊が全部怖い思いさせてくるわけでもないしな」
「ふーん、まぁいいや。とにかく、同じ様な物が見える同盟って事でしょ。なんか仲良くなれそうだし連絡先だけでも交換しようよ」
「仲良くなれそうか?」
「多分、そもそもあの結衣が心を許す相手だから少し気になるしね」
「まぁ、別にいいけど」
隼人はスマホを取り出し、夏希とメッセージアプリで連絡先を交換する。
数少ない友人の欄に瑠香に次いでまた一人と女子が増え、しかもまさかそれが現役のアイドルだとは。
人生、どこで誰と繋がるかなんて分からないものだと、隼人は改めて思った。
「じゃ、私この後用事あるから。またね結衣、隼人」
「おう」「うん、またね夏希」
夏希は二人に別れを告げて席を立ち、席に刺さっていた伝票を持って消えていった。
隼人はそんな夏希を律儀な奴だな思いながらも、会計を持ってくれるならもう少し食べればよかったと言う歪な考えも過ぎる。
「私たちも帰ろうか」と結衣に諭され、居続ける理由も特にないので隼人達も同じ様にファミレスを後にして、帰る事にした。
◇◆◇◆◇
次の日、朝からバイトのシフトを入れていた隼人は、開店からバイト先の喫茶店で働いていた。
日曜という事もあり、昼には小さな喫茶店にしては多いと感じる程の客で席の殆どは埋まり、その客の応対でまさに忙殺されそうになる程。
客足のピークは十四時過ぎまで続き、少しばかり余裕が出来てきたくらいで待望の休憩に入る。
落ち着いたとは言え、まだ若干騒がしい店内では何とも気が落ち着かず、一応店長へと了解をとってから近所の公園のベンチへと逃げるように店を一度後にした。
「はぁ…」
ベンチの背もたれへと思い切り寄りかかりながら、魂が抜けるのかと思う程に大きな溜め息を一つ吐く。
日曜の昼は毎度の如く忙しいのが当たり前だが、とはいえ慣れるものではない。
特に今日は隼人と店長しか居ないので尚更な事。小さな喫茶店なので元々従業員が多い訳でもないが、こんな事なら日曜だけでもヘルプでもう一人だけでも雇って欲しい。
あと三十分程こんな感じで休もうかと思った矢先、聞き覚えのある声が隼人の背中からした。
「あ、隼人」
振り返る訳でもなく、隼人は背もたれによりかかったまま頭だけを上に上げる。
隼人の視界からは上下逆さに見える悠未が、そこに居た。
「何その態勢?」
「疲れたから振り返る事すら惜しいんだ」
悠未は笑いながら「変なの」と言い、隼人の座るベンチの隣へと腰を下ろす。
「散歩か?」
「うん!隼人は?」
「バイト。ほら、この前言ったろ。」
「あ!駅前の喫茶店!」
「そ、あれ」
隼人が指差した先に、店がある。
レンガ調の少し古い佇まいの小さな喫茶店。少なくともこの店は隼人が生まれる前よりずっと前からこの夢乃原に存在する。何なら、隼人の父親の同級生である店長で二代目。
「へぇ、じゃあ隼人が何でも作るの?」
「僕は接客だけ、調理は店長が。」
何でも、ここの人気メニューは店長お手製のオムライス。隼人もたまに賄いで作ってもらうが本当に絶品。この店が潰れない理由だと店長は言っていたが、あながち間違いでもないと隼人は思う。
「そういえば、気になってたんだが悠未は何歳なんだ?」
「なんで?」
「いや、単純に気になって」
「私は…生きてたら十七歳」
「僕と同い年か」
「そうなるね」
生きていれば十七歳。それなのに、悠未の姿は幼いまま。
この現象に、隼人は思い当たる節があった。
二ヶ月前。出会い、そして別れた忘れられない大切な人。彼女は四歳という若さでこの世を去ったが、大人の姿で隼人の前へと現れた。
本人曰く、大人の姿は自らが望んだ物。それに当てはめるのならば、今の悠未の姿は同じ様に本人が望んだ物だろうか。
「なぁ、こうして成仏せずに残ってるって事は、悠未も何か心の残りがあるのか」
「心、残り?」
「ああ、僕には姉ちゃんがいてさ。悠未と同じ様に僕にしか見えない存在だった。亡くなってからも幽霊としてずっと病院に居た。やり残した事があるって。」
「隼人のお姉さんはなんだったの?」
「大きくなった僕と、花火を見る事。だから、叶えた。本人がそう望むから。それに、見える僕にしか出来ない事だと思ったから。だから悠未がもし心残りがあるなら叶えてやろうと思って。別に消えたくないならいいぞ」
「心残り…あるよ。ずっと。そして多分それが私がこうしてこの街に残ってる理由」
悠未はまるで遥か遠くを見る様な視線を向けながら、地に届かない足を振った。
「お別れを言いたい」
「母親にか?」
「ううん、友達に。」
「友達?」
「上坂」
背後から突然声をかけられ、肩を上げて隼人は驚く。
声の主を見ると、それは結衣だった。
「びっくりした!なんだよ…」
「上坂こそ何してるの?バイト中に」
「休憩中」
「ふーん、てっきりサボってるかと思った」
「こんな大胆にサボる奴がいるか、あと話してたんだよ…ってあれ?」
横を見ると、悠未の姿がない。
辺りを見ても、その姿は見えなかった。その様子は初めて悠未と出会った時を思い出す。
「またいきなり消えたのか…」
「また幽霊とおしゃべり?」
「まぁな、てかやば!もう休憩終わりかよ」
悠未と喋っている間に、気が付けば休憩時間が終わりを迎える。
まだしばらく休んでいたいが、そういう訳にもいかず、渋々店へと戻る事にした。
「で、結衣は何用?」
「昼食を摂りに。折角だから上坂のバイト先で」
「おけ、じゃあ戻るわ」
大きく伸びと、欠伸をもう一つして、隼人は結衣と共に店へと戻る。
そんな二人の背中を見送りながら、悠未は隼人にも届かない小さな声で呟いた。
「結衣ちゃん…」
と。




