#25 「超能力アイドル」
神崎瑠香と共に、最悪の未来を変えてから数週間が経った。
気が付けば月日は過ぎて九月が終わり、十月に入る。
季節も秋へと変わり、少しばかり過ごしやすくもなってきたこの頃。
この日、アラームが鳴るよりも先に、隼人は人に起こされた。
「ほら、お兄ちゃん起きて!朝だよ」
「朝な事くらい分かってる…休みなんだからもう少し寝かせてくれ…」
「お兄ちゃんが起こしてって言ったんじゃん!起きないなら、布団没収するからね!」
そう言うと、由希は逃げ場を奪う様に隼人を覆う布団を剥ぎ取って、部屋の床へと置いた。
布団を失い、温もりを失った隼人は僅かに寒さを感じながらも流石に目覚める事にして、嫌々ながらも目を開けて身体を起こした。
「はい、おはようお兄ちゃん」
「おはよう…」
まだ何処か眠そうな隼人に対して、妹の由希は朝から元気一杯だ。この瞬間だけでも、由希を蝕む病気が嘘の様に思えてくる。
振り返れば先週の事、ようやく一時退院の許可が降りた由希がこの家へと帰ってきた。
それに伴い、母も自宅へと戻り、隼人は一人で暮らすには少々大きすぎる一軒家での一人暮らしから解放されている。
「おはよう、母さん」
「おはよう隼人。ご飯できてるよ」
「先に顔洗ってくる」
欠伸を噛み殺しながらキッチンで洗い物をしている母へと朝の挨拶を済ませて、隼人は洗面台へと向かい、これでもかと冷水を浴びせた。
半分まだ夢の中へと投げていた意識を何とか戻して、歯を磨く。
今日はバイトのシフトもない。本当ならば好きなだけ寝ていたい気持ちもあるのだが、珍しく結衣に会って欲しい人物が居ると言われ、十時に駅前で待ち合わせがある。
時刻は八時半。
母の用意した朝食を食べ、支度を済ませてから九時半には由希に見送られて家を出た。
◇◆◇◆
集合場所の駅までの間、特に変わった事は無かった。
誰もが当たり前の日常を過ごしながら、その平穏とやらを謳歌している。
それは隼人も同じで、瑠香とのあの事があってからは特段変わった事もないまま、普通の日常を過ごしていた。強いて言うならば、まだ時折電車の中でも視線を感じるくらいだろうか。あの動画が残した影響とやらを僅かに感じるくらい。
駅までの僅かな近道になる河川敷を歩きながら、隼人は欠伸を一つする。
天気も良く、散歩日和。予定さえ無ければこのまま芝生の上に寝転がって昼寝でもしたい気分。
とは言え、待ち合わせ時間までそんなに余裕もないので誘惑を断ち切って歩き続ける。
「あ!あの時のお兄ちゃん!」
隼人の背後から、どうにも聞き覚えのある声がした。
声がした方を見る。視線の先に、聞き覚えのある声をした、これまた見覚えのある少女が居た。
「…君、駅の!」
少女の顔を見て、隼人はある事を思い出す。
かれこれ二ヶ月ほど前の事。夏休みに夢乃原駅で梨花とばったり会った時に泣いていた、隼人にしか視認出来なかった迷子の少女。
この少女と出会った事で、隼人は自らが霊視をできる事に気付いたのだ。
「久しぶりだね!」
「二ヶ月ぶりか。てか、あの時なんで消えたんだよ」
あの時は梨花に声をかけられ、視線を戻せば気が付けばもう居なくなっていた。
結局逸れた親とは会えたのかも分からないまま。
「お母さん見つけたから!」
「そ、合流出来た様でよかったよ」
「まぁ、お母さんからは見えないんだけどね」
少女の言葉を聞いて、隼人は一瞬胸が苦しめられる様な気持ちになった。少女がそれを惜しく思ってもいなさそうに語る故に、尚更の事。
確かに、どれだけ少女が母を想おうが、肝心の母の方は少女を見えない。触れられない。
「…まぁ、僕で良ければまた話し相手くらいにはなってやる」
「本当?よかったぁ!話し相手が居ないから暇だったんだよね!」
「おう、僕は上坂隼人。君は?」
「私?私は園崎悠未!」
「悠未、…?」
どっかで聞いた様な名前。それも、割と最近。
思い返そうとした先に、待ち合わせまでの時間にそれ程の猶予がない事に気付いた。
「やべ!結衣に怒られる! 僕は駅前の喫茶店でバイトしてるからたまに顔出してくれよじゃあ!」
「うん!またね!」
悠未に見送られて、隼人は河川敷を駆けた。
死に物狂いで走り続け、待ち合わせ時刻の二分前には駅前の広場へと辿り着いた。
時計台の下のベンチでは、既に結衣が本を読みながら座っているのが見える。
「悪い、遅れた」
息を切らして、隼人は結衣へと声をかける。
そんな様子の隼人を見て、結衣は不思議そうな顔を向けた。
「別に、遅刻ってわけではないけど。というか、何で走ってきたの?」
「幽霊と話してたら遅れそうになった」
「お姉さん以外の幽霊の知り合い居たんだ」
「まぁな、なんなら幽霊が見える様になったのに気付いたキッカケだし」
「へえ、まあそれはいいけど早く行こ。電車来るし」
「で、どこまで行くんだよ。普通デートなら目的地教えてくれるだろ」
本を鞄にしまい、歩き始めた結衣の足が止まる。
そして振り返ってから何か言いたそうな目で隼人を見る。
「上坂」
「なんだ」
「よくもデートとか軽々しく言えるね」
「男女が二人きりでどこかに行くならデートだろ」
「よく分からないけど、とにかく付いてきて。隣町まで行くから」
「あいよ」
結局どこに行くかは分からない・教えては貰えないまま、隼人は結衣について行く形で、隣町の朝陽市まで向かう事になった。
◇◆◇◆
電車に数分揺られ、朝陽駅へと着く。
隼人達と同じ様にゾロゾロと降りる人達に続きながら、駅前の大通りに出た。
目の前に広がるのは隣接するビル群。夢乃原市よりも人口の多いこの町は休みの日ということも相まって、大勢の人で溢れかえっていた。
「で、どこ?」
「着いてきて」
相変わらず、結衣は目的地を教えてくれないまま歩き出し、隼人はそれを追う様に、人の波で結衣を見失わないように気持ち早足で歩き出す。
現時点で分かっている事と言えば、結衣が会わせたい人がいると言う事の一つだけ。
きっと、この先にその会わせたい人というのがいるのだろう。だとすれば、目的地とやらはファミレスや喫茶店なんかの会話がしやすい所だろうか。
自分の中である程度の仮説を立てながら歩き続けると、とある建物の前で結衣の歩みが止まった。
「ここ」
「ここ…?」
視線の先にはビルが聳え立つ。
外見は、少し古いようなビル。入っている物件を見ても、喫茶店やファミレスなんかが入っている様には思えない。
「十階だから、エレベーター乗ろう」
「おう」
こんな場所に何があると言うのだろう。
次々と浮かび上がる疑問と共にエレベーターに乗ると、低い機械音と共にエレベーターは上昇を始めた。
それから、ゆっくり上昇を続けて、二人は十階へと辿り着く。
扉が開くと、既に人の行列が出来ていた。
結衣はスマホを見ながら、折角エレベーターで登ったと言うのに階段を降り、列に並ぶ。
「何これ」
「もう少しでわかる」
ゆっくりと進む列と共に、目的地が何かが隼人は何となく分かってきた。
二人の番が来て、結衣はスマホを係員に見せて1400円を支払うと水を貰ってから隼人に手渡す。
また列を進み、ようやく会場の様な所へと出た。
中にはそれなりに人がいて、立ったまま開場を待っている。
隣の結衣は鞄を漁ると、ペンライト二本取り出してから隼人へと手渡した。
ボタンを押すと、それはオレンジ色の光を放つ。
「驚いた、結衣ってアイドル好きなんだな」
「別にそう言うわけじゃない」
「いや、その言い訳は無理があるだろ」
「静かに、始まるから」
照明が落ち、暗くなる。
ステージに明かりが灯り、それに連なる様に五人のフリフリの衣装を着た少女が姿を現した。
「皆さんこんにちは〜!」
「5☆STARSです!」
息ぴったりに、五人の少女は決めポーズをしながらそう告げる。
それから、一人ずつ自己紹介が始まった。
「はい!みんなを照らす太陽になりたい!元気溢れるオレンジリーダー!山下夏希です!」
「あいつ…」
山下夏希、名前も姿も見覚え・聞き覚えがある。
少し前にテレビで見た、インチキ超能力アイドル。何でも、人の心が読めるとか何とか言っていた気がする。
そんな事を考えている間に自己紹介が終わり、まず一曲目が始まった。
「それでは一曲目聞いてください!アイドル宣言!」
◇◆◇
ライブが終わり、隼人は結衣と共に会場を後にして近くのファミレスへと入った。
そこで二人は簡単に夕食を摂り、各々が本を読んだりスマホを弄ったりしながら適当に時間を潰していると、入店を知らせるチャイムが聞こえた後に、誰かが二人の席へと座った。
「ライブ来てくれてありがとう、結衣」
帽子を深く被り、マスクをした如何にも変装をした少女は、古くからの知り合いの様に結衣へとそう声を掛けた。
対する結衣も「ううん、良かったよ」なんて親しげにそう返す。
その様子は、隼人から見れば新鮮でもあった。
学校では隼人以外の生徒と話しているのを見た事がない。精々、最近仲良くなった瑠香くらいだろうか。
「で、隣の人が結衣が言ってた人?」
「そう、前に話してた上坂。上坂、この子が会わせたい人。覚えてる?私が見えているものを上坂に話した時に言った幼馴染の事」
確かに、隼人は二ヶ月前に結衣からその話を聞いた時にこの事を幼馴染に話したと言っていた事を何となく覚えていた。でもまさか、その幼馴染の正体がインチキ超能力アイドルの山下夏希だったとは。
驚いた様子の隼人を尻目に、続ける様に夏希は自己紹介をした。
「改めて自己紹介するね、私は山下夏希。結衣の幼馴染で、私は人の心が読める」




