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#24 「辿り着いた明日」

 瑠香との水族館デートから二日後。

 休み明けでいつも通りに登校した隼人が教室に入ると、既に教室にいた生徒の視線が全て隼人に向いた。

 誰もが何か言いたそうな視線を向けながらも、特に声を掛けてくる訳でもなく、また「で、この前彼氏がね〜」なんて元の会話に戻る。

 今朝は廊下ですれ違う先輩•後輩•同級生から似た様な視線を向けられ、隼人は謎の生き辛さを感じていた。

 そして、その誰もが特に何かを言ってくる訳でもなく、通り過ぎて行く。


「(聞きたい事があるのなら聞いてこいよ…)」


 この教室、そして学校において、上坂隼人という人間は空気其の物。

 何かした訳でもないのに同級生からはほんのり嫌われているし、部活に入っている訳でもないので横のつながりもない。

 冬葵、梨花、結衣、それから瑠香。この四人が居なければ、隼人はその一日、一言も言葉を発さずに帰宅しようと思えば帰れる。

 そんな人間だからこそ、気になる事はあるけれど、だからと言って別に話しかける程ではないと思われている。


 こんな状況になっている理由を、隼人自身は知っている。

 思い返せば一昨日の夜の事。

 瑠香の見た未来の通りに不審な男に刺された後、一応病院に運ばれ、検査を受けた。

 特に大きな傷もなく、日付が変わる前には病院を出たが、次に待っていたのは警察からの事情聴取。

 そこでは色々と状況を聞かれ、現場に落ちていた穴の空いた国語辞典のことも聞かれた。

「後輩が僕が刺される未来を見て〜」なんて口が裂けても言える訳もなく、適当に本屋の帰りだった、なんて嘘をついて解放された。

 大変だったのはここからで、家に帰れば警察から事情を聞いた母親が帰ってきており、人生でこれ以上ないだろうと言うほどの心配をされ、深夜には冬葵と梨花の二人も母と同じくらい深刻そうな顔をしながら訪ねてきた。

 そこで、SNSで上坂隼人が不審な男に刺されている動画が出回っている事を知った。

 顔くらいモザイクかけてくれればいいのに、何もかかってないが故の今日。

 最初に動画を上げたユーザーはそれなりに叩かれて動画を消したらしいが、消したら増えるのがネットというもの。瞬く間に動画は広がり、望んでもいないのに一躍時の人となった。

 自分が蒔いた種とは言え、想像以上に大変な事になった。けれども、それで後輩の未来が守られたのならばそれで良いと、隼人は思う。

 神崎瑠香を待っていたのは、いまの自分自身よりも恐ろしい結末の未来。

 未来は変わった、今はそう信じたい。


 ◇◆◇◆◇


 時は進み、昼休みに。

 騒がしくなる教室を抜け、いつもの様に別棟にある図書室へと向かう。

 結衣には、まだ事の顛末を報告していない。どこまで知っているのかも把握していないまま、隼人は図書室の扉を開いた。


「うっす」

「……上坂」


 結衣が入り口に立つ隼人へと視線を向けると、持っていた本を置き、立ち上がって少し小走りで隼人に近づく。


「…上坂、よかった」


 力無く、そしえ少し抱きつく様に結衣は隼人へと身体を預ける。

 その姿を見て、流石の隼人も罪悪感が募った。


「ごめん、けどアレしか思いつかなかった」

「分かってるよ、上坂ならそうすると思ってた」


 隼人の意思を尊重するように、結衣は隼人の行いを肯定した。

 上野結衣にとっても、無難な落とし所はその一択しか思いつかなった。


 瑠香の未来を守りながら、他の誰も犠牲にしない


 その結末を辿るには、上坂隼人が代わりに刺されるという未来をある程度は受け入れながらも、最後だけは抗う。

 両者共にこの結論には辿り着いてはいたが、結衣からすればそんな提案ができる訳なく、また隼人もそんな事を結衣に言える訳もない。

 すれ違いながらも、ただ答えは統一されていた。

 とはいえ、いくら無傷の生還をしたと言えど、もうこれから先一生、自分の腹部に刃物が刺さっている光景なんて見たくない。あの時の自分はどうかしてたのであんな行動が出来たが、今振り返ってみると命知らずも甚だしい……と思う。


「まぁこれで、一件落着だろ」

「そうだと、いいね」

「そうなってもらわないと困る。暫くは何も考えたくもない」

「けど、上坂。来週から中間考査だよ」


 一難去ってまた一難、今度は、"自分の進路"という名の未来と戦わないと行けないらしい。

 しばらく未来の事についてを考えるのは辞めよう。


 ◇◆◇◆◇



 更に時は進み、放課後に。

 冬葵は部活、梨花はバイト。そして結衣も野暮用があるらしく、隼人は一人寂しく駅までの通学路をとぼとぼと歩いていた。

 歩道から、道路を挟んだ先にある海の方から聞こえるさざ波の音に耳を傾け、ふと海を見た。

 九月に入ると、流石に海で遊ぶ人間の姿は少なくなったが、相変わらずサーファーは波に乗っている。

 『いくら何でももう寒いだろ』と、そんな事を考えながら歩いていると、後ろからやって来た誰かが隼人の横でスピードを落とし、並んで歩く。

 隼人は隣を見ると、それは瑠香だった。


「……瑠香か」

「先輩、一緒に帰りませんか?」

「良いけど、友達は?」


 瑠香を見て感じた違和感の正体。それは、いつも瑠香の周りに居るはずの友人の姿がない事。普段は学校に居る時も、登校も下校も一緒の筈だ。


「昨日の先輩の動画、私のクラスでも出回ってて、それでそれを見た友達が 私と先輩が付き合ってる って思いこんで……」

「あー…… 瑠香も映ってたもんな……」

「はい! で、『今日は私達とじゃなくて先輩と帰りなよ!』って言われて……」

「そりゃあ……また変な勘違いされたな」


 とはいえ、隼人は心の底から安心した。

 瑠香が友人から避けられている訳では無い事に。


「……まぁ私は別に勘違いされたままでもいいですけど」

「え?」

「い、いえ! なんで、一緒に帰りませんか?」

「そうだなぁ、一緒に帰るか」


 そうして瑠香と並んで歩く、駅までの通学路。

 他愛のない話に花を咲かせながら歩いていると、あっという間に駅に到着。

 瑠香の自宅は駅から五分ほどの場所にある故に、電車に乗って、夢乃原駅に着いてしまえば即解散になる。

 それが……今日は何だが惜しい気がして、二人はせっかく歩いてきた駅を引き返し、理由もなく先程見ていた海岸へと向かった。


 時刻は十六時になる。いつもならば駅に到着して帰路に着いている筈だが、二人が居るのは砂浜の上。

 ズボンが砂で汚れるとは分かっていながらも、砂の上に腰を下ろして、体育座りで、海辺に足を海に付けている瑠香の様子を見守る。


「先輩も一緒にしませんかー?」

「いや、僕はいい」

「えー……」


 瑠香は少し残念そうにこちらへと戻ってくると、僕と同じ様に砂の上に腰を下ろす。スカートの中が見えるのを気にしてか、しきりに足の位置を試行錯誤しているが、周囲にはもう誰もいないし、隼人の座っている位置からは、残念ながら角度的に見えない。

 忙しない動きを何度かしてから、ようやく納得の行く状態になったのか、身体の動きを止めて、代わりに口を開いた。


「私、先輩には本当に感謝してます! もしあの日、先輩達に会わなかったら こうして今日の私は生きてなかったですから」


 視線を海の方へと向け、瑠香はそう語る。

 視界の先には、真っ赤に燃える太陽が水平線の向こうへと吸い込まれようとしていた。


「そういやずっと気になってたんだけど、なんであの日 図書室に居たんだ?」


 隼人はずっと瑠香に聞きたかったことをようやく口にして問う。

 隼人が結衣と『見えないはずの物が見える』事について話していた時 、偶然その場に居たのが瑠香。

 図書室には滅多に人が来ない。現に僕は二年間学校に通っていて、昼休みに図書室に来た人間を目撃したのなんて片手で数えられる程の数しかいない。それ故になんで図書室に居たのか知りたかったのだ。聞くチャンスなど幾らでもあったが、いつか聞こうと思って後回しにてすっかり忘れていた。


「『誰かに刺される未来』を見てから、私、ずっと護衛に関する本が無いかなって探してたんです」

「それでか……」


 腑に落ちた。とはいえそんな本、高校の図書室にある物だろうか。


「まぁ、結局見つからなかったんですけど…… でも、探している時に先輩達の話している内容が聞こえて もしかしたら、この人達も私と同じ様に『見えない物が見える』かも!って……」


 その出会いの結果、神崎瑠香は上坂隼人と上野結衣による干渉によって未来は無事に変わった……筈。

 未来なんてものは、案外小さな出会い一つで大きく変わるものなのかもしれない。

 それに、未来は変えようと思う意志があれば変えられるという事を学んだ。

 あの日、未来が変わったのは、瑠香が"生きたい"と思ったからだ。その思いを知り、隼人は覚悟を決めて立ち向かった。

 危ない目にはあったが、ある意味いい経験になった。とはいえ二度目はごめん蒙りたい。


「これからも、私は生きたい って思い続けます 先輩とはまだ話したい事もありますし、行きたいところもありますから!今度は上野先輩も一緒に!」

「ああ、だな」


 一週間以上にも及んだ、未来との戦い。

 一緒に笑って……泣いて…… こうして、僕らが辿り着いたのは、悲しい結末ではなく、"共に笑い合える未来"。

 危険な目には遭ったが、終わり良ければ全て良し。

 こうしてやっと、自分も……そして瑠香もいつも通りの日常へと戻れる。


 どうか、これ以上の厄介事が起こりませんように……

 そう願いながら、隼人と瑠香の二人は時間の許す限り、砂浜で海を眺めていた。



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