#23 「未来」
時刻は過ぎ、陽もすっかり落ちた。
見上げた空では、夕焼けと夜が混ざり合い、それに相槌を打つように街灯が灯る。その中を、隼人と瑠香の二人は駅へと繋がる道を歩いていた。
……本当はこのまま何も知らないフリをして走って駅まで行けば良い。
けれど、きっとそれでは何も解決しないのは分かっている。
自分が未来を変えようとしたから、誰かが犠牲になった。
間違いなく、目の前にまで迫った未来から逃げれば、瑠香はそう考えて自分を責め続けるだろう。知ってしまった以上は、見て見ぬフリなど出来ない。
未来を知るという事はそういう事だ。
だからこそ、向き合わないといけない。一度知ってしまった未来には。
二人の視線の先には駅が見えてくる。
このまま電車に乗って夢乃原に戻ればいいだけ。
目の前にゴールはあるはずなのに、遥か先にある様な感覚がした。
『きゃあああああ』
背後で誰かの叫び声が響く。
後ろで何が起こっているかなんて、振り返るまでもなく二人には分かった。なんせ自分たちは既に未来を予習しているのだから。
──だからこそ、隼人はその未来とやらを真っ正面から受け止めてやる事にした。
「瑠香、ここで待ってろ!絶対に動くなよ!」
「先輩!?」
予習をしているからこそ、無視できない。
隼人は繋いでいた手を振り解き、声の方へと走った。
「あぁくそ!腹立つ!未来なんてクソ喰らえ!」
走り出したからか、もしくはこれから自分がやる事を想像して緊張しているのか、或いはその両方か、どれかは分からないけれど、ただ心臓の鼓動が高まるのを感じた
震えが止まらない、口から内臓が出そうだ。
けれどやるしかない、逃げるわけにはいかない。
瑠香が明日に進む為にも、上坂隼人という自分自身の為にも。
少し遠くに人だかりが見える。その視線の先に、明日への障害はあった。
全身黒ずくめのナイフを持った男。あの日夢で見た姿のままだ。
街灯の灯りで、ナイフが光る。凶器も夢と同じ。
それがどうした!
「未来から逃げるのは、もう辞めだ!」
自分を鼓舞する様に、コレからする行動を肯定する様に声を上げ、男に迫る。
男は逃げ惑う人々に逆らいやって来た隼人の存在に気づいたのか、まるでターゲットを捉えたかのように、包丁片手に隼人の元へと駆け寄る。
その瞬間は、まるでスロー再生の様に感じた。
包丁の大きさは、見る限りは大した物ではない、ペティナイフと呼ばれる比較的刃渡りが短いもの。それでも刺されば致命傷にはなるだろう。"刺されば"。
隼人はその場に立ったまま。
そして男の持つナイフの刃先は隼人の腹部を目掛けて
────突き刺さる。
「……」
その瞬間、周囲は、まるで時が止まったかのように静かだった。
音一つない不思議な世界。
しかしその世界は、数秒後に、隼人の腹部へと突き刺さった包丁の刃先を目の当たりにした女性の悲鳴によって崩れ去る。
自分の腹部をチラッと見た、全部ではないが、確かに着ているパーカーの繊維を易易と突き抜け刺さっている。
だけれども、隼人の口から漏れたのは痛みに喘ぐ声ではなく───
「このパーカー、割と気に入ってたんだぞ…!」
男の右頬を視界で捉え、拳を握る。
渾身の力を込めたその拳は、面白い程に男の顔面へと命中した。
十七年生きてきて、初めての感覚。
上坂隼人は今日、人生で初めて人を殴った。
そんな隼人の渾身の一撃を喰らい、男がよろける。
その隙を見逃さず、隼人は声を上げた。
「誰か!そいつを抑えて!」
凶器を持っていたが故に近づけなかった周りの人が続々と男へと近づき、その身体を抑えた。
男も必死に抵抗はするが、複数人には流石に勝てず、そのまま取り押さえられた。
「終わった、か」
その光景を見て安堵し、隼人は自らの腹部に突き刺さったままのナイフを見る。
一応良くはないと分かっていながらも、隼人はそのナイフを抜き、懐から穴の空いた国語辞典を取り出した。
家を出る時に腹部に入れた最終防衛ライン。身の回りのもので身体を守れそうなものがこれしか無かった。そのせいで、不審に思われない為に身体のラインが出にくいパーカーを着る羽目に。お陰で暑い上に割と気に入ってたのにも関わらず穴が空いてしまった。
「はぁ…、まぁ終わりよければ全て良しか」
直後、緊張が解けたのか、隼人は膝から崩れた。
身体に思うように力が入らない。手足も、恐怖心を思い出したかの様に震え出す。
自分でも、とんでもない作戦だとは思った。周りに言えば絶対に反対される事も分かっていた。
とは言え、迫り来る未来とやらを大人しく受け入れるのも癪なので、ある程度は受け入れた上で抗った。
「僕の勝ち、だな」
未来に勝った。
自分を労う様に、そう言い聞かせる。
「先輩っ!」
「ぐおっ」
震えで動けない隼人に、背後から衝撃がかかる。
追いついた瑠香が、背後から隼人に抱きつく様に重なった。
「先輩のばか!ばかっ!ばかっ!」
「おいおい、命の恩人に馬鹿はないだろ」
「本当に馬鹿です!死んだらどうするんですか!」
「結果的に死んでないからいいだろ…てのはちょっと違うか。ごめん、瑠香。僕の頭脳じゃこれしか思いつか無かったんだ」
「本当に…先輩のばか… けど、生きててよかった…」
「ああ、ちゃんと生きてる」
「うわあああああん!!」
まるで幼い子供の様に、瑠香は泣き続ける。
精一杯の力を振り絞って、瑠香の頭に手を伸ばし、隼人は慰めるように頭を撫でた。
これで、君と笑い合える明日が来る。




