47話 レッドとリットは鍋を食べる
ゾルタンの周囲は草原が広がっている。
この時期、北区の農民達は冬場に向けて家畜の飼料を集めるべく、ゾルタンを囲む高さ2メートルほどしかない城壁、というより石垣を出て、外の草原で草刈りを行う。
下町からも飼料を求めて何人かが参加している。
Dランク以下の貧乏冒険者もバイトとして参加している。頻度は低いがモンスターが現れたときは駆除も行う。この仕事の報酬は低いが農家から野菜や小麦粉など食料をわけてもらえるのだ。
薬草集めにでもいけば簡単に稼げるのだが、この仕事なら周囲に仲間がいて、大怪我をしてもすぐに町に運んでもらえる。ほぼ命をかけずに済むというのは重要なのだ。
集められた草は北区の倉庫に積まれ干し草となり、冬になったら適当な価格で販売される。
「もうそろそろ冬だな」
空は綺麗に晴れていた。
気温は少し肌寒い。
俺はいつものシャツの上に、コートを羽織っている。
左手をポケットに突っ込みながら、右手に農家から薬と交換で貰った大量のジャガイモとチーズ、それにおまけでもらった栗の入った包みを抱え、店へと戻っているところだ。
「ロガーヴィアに比べたらまだ暖かいよ」
リットがそう言いながらも俺のコートのポケットに手を突っ込んだ。
俺の左手をぎゅっと握って、自分の少し冷えた手を温めようとした。
「まだ暖かいんじゃなかったのか?」
「冬は冬だもん」
ちょっと恥ずかしいのか、リットは首に巻いているバンダナを少しあげ口元を隠した。
俺がぎゅっと握り返してみると、バンダナの隙間から覗くリットの口元がニヤけたことを発見した。
それがなんだか可愛くて、俺までニヤけてしまい、
「あ、レッドがニヤけてる」
とリットにからかわれてしまった。
理不尽な。
☆☆
店に戻った時刻は昼前。
昼食にはまだ早い。
リットはアイテムボックスから同じく農家から薬と交換で貰った牛乳の10リットル缶を3本出している。
俺が運んでいるジャガイモもアイテムボックスに入れればいいと思うかもしれないが、アイテムボックスは、牛乳の入った缶は認識するくせに、ジャガイモの入った袋は認識せず、ジャガイモと袋で異空間に配置される。
とりだすときはそれぞれ違いをイメージして、ジャガイモやチーズを一個一個取り出さなければならないのだ。
入れる時に別々の野菜としてイメージを記憶しないといけないし、なかなか難しい作業で、袋に入れて運べるなら手で運んだほうが早い。
「牛乳は早く使わないと傷んでしまうな」
「1本は市場で別の食材と交換してくる?」
「そうだな、ちょっと行ってくるよ」
「私も一緒に行っていい?」
「もちろん」
さて、ここに別の誰かがいたら思うかもしれない。
2人とも一緒に出かけたら店番はどうすると。
……だって秋が終わるから2人で歩きたくなるのは仕方がないじゃないか!
ゴンズに聞かれたら腹を抱えて笑われてしまうだろうな。
だがここには俺とリットしかいないのだ。
存分に非合理的な生活を楽しませてもらう。
俺はコモーン銅貨の入った袋を手にすると、リットと一緒に再び外へ出た。
☆☆
市場にいくと夏のゾルタンの気だるさはもうすっかり抜け、少し厚着をした店主達が、大声を張り上げて自分の店の商品をアピールしている。
「さて、何と交換するかな」
アヴァロン大陸の市は、貨幣交換もあるが物々交換もまだまだ多い。
0.01ペリル相当という低い価値のコモーン銅貨は、この物々交換の補助貨幣として利用するのが基本だ。
以前、ニューマンの診療所でも、診療代として肉とコモーン銅貨で支払っていたお婆さんがいたが、あれはこの大陸ではよくある光景である。
聞いた話によれば暗黒大陸は貨幣経済化が進んでいるとのことだ。銅貨も小指先ほどの大きさで、私造銅貨すら混じっているコモーン銅貨と違って、しっかりと刻印されたものを使っているらしい。
アヴァロン大陸でも、質が高く価値が安定しているからという理由で、暗黒大陸製の硬貨を輸入して自国の硬貨として使っている国もある。
もし暗黒大陸へ行くなら、そういった国で両替していくといいだろう。
牛乳の価値はゾルタンでは少し高い。
乳牛はもう少し涼しい環境での飼育に適しているためだ。
他の地方に比べたら2割増しくらいするだろう。
普通は10リットルで5ペリルくらいなのだが、ゾルタンでは6ペリルの価値がある。
6ペリルとなると6日分の生活費相当になる。一つの店で交換するのではなく、食材を次々に交換していく形になるだろう。
それとも何か普段は買わない高価な食材でも買うかな。
牛乳は高めのかわりに牛肉はちょっと安い。
肉牛の畜産には適している環境だと、農家の人は言っていたな。
でも牛肉の値段は中央に比べて1割も安くならない。中央の95%、1キロで4.5ペリルくらいだ。
なんか納得がいかない。
「そろそろお鍋の季節じゃない?」
「鍋か、じゃあソーセージを買ってポトフにするか」
「牛肉をそのまま入れるのって駄目なの? シチューのお肉とか私、好きなんだけど!」
「それもありだな、よし牛肉鍋にしよう。野菜はたまねぎ、白菜、カブ、リーキあたりか。前菜に魚のマリネ。鍋と一緒に鶏の揚げ物。鍋が終わったらパスタを入れてシメに。デザートはフルーツヨーグルト」
「わっ、豪勢だね! でもいいの? こんななんでもない日に」
リットは俺の言葉に目を輝かせたが、少し首を傾げてそう聞いてきた。
俺は笑ってごまかす。
リットが料理のリクエストをしたので、嬉しくなってつい張り切ってしまったとは恥ずかしくて言いにくい。
☆☆
「できたぞー」
「わーい」
居間のテーブルに置かれた台に俺は鍋をのせた。
その後、火をつけた小さめの木炭を台に一つセットする。
火力は大したことはないが、木炭の熱を受けて鍋はコポコポと音を立てていた。
「さて食べようか」
「うん」
鍋を待っている間食べていた魚のマリネはもうほとんど無い。
前菜なのに少し食べすぎたかなと思ったが、鍋を前にしたらその心配は杞憂だったようだ。
俺達は楽しく会話しながら鍋をつつきあった。
「この鶏肉団子も美味しい」
「だな、肉屋に端数をコモーン銅貨にするよりこっちの方がいいって強くオススメされてつい買っちゃったけど、たしかに合う。あの肉屋には感謝しないとな」
食べ終わったらパスタを入れて煮込む。
食材の味がよく染み出したスープで作ったスープパスタは、またこれも美味しい。
食後のデザートにはぶどうと切ったバナナを入れたヨーグルト。
甘いものが好きなリットは嬉しそうに食べていて、その姿を見ていると、俺の分も食べる? と言いたくなる。
いやまぁ自分の分はしっかり食べるんだけど。俺も甘いもの好きだし。
「ごちそうさま!」
ふたりとも食べ終わり、リットは満足そうな笑みを浮かべている。
あの笑顔を見られただけで、俺は今日の豪勢な食事を作って良かったと、心から思うのであった。