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35話 リットの不安と失った片腕


 2時間前。

 夜のサウスマーシュ区。


「い、いててて、勘弁してくれよ!」


 リットに腕をねじりあげられ、チンピラ風の男は悲鳴をあげた。


「全く、手間取らせてくれるわね」

「“屋根歩き”の加護持ちである俺を街の中で捕まえるなんて、化物かよ!」

「そんなことはどうでもいいの、ほら、はやく隠してるもの出しなさい」

「畜生!」


 腕がミシリと鳴った。

 男の額から脂汗がにじみ出る。

 あとほんの少し力を入れるだけで、腕は折れる。


「あー、あと、腕は折るんじゃなくて、引きちぎるからね。折っただけじゃ治癒できるだろうから」

「て、てめぇ!?」


 男は察する。

 この女は、やると言ったら本気でやる。

 最悪、九割殺しにした俺を丸裸にしてでも“アレ”を探し出すだろう。

 こうして捕まった時点で終わりだったのだ。


「わ、分かった」


 男は力なく懐にあった薬の入った袋を渡した。


「売人に薬を渡すのに3段階も経由してるんだもの。苦労させられたわ」


 この男は偽神薬を販売する黒幕に近い存在。

 この男から別の3人の裏社会の大物に薬が渡り、それからその裏社会の大物達が取引している犯罪組織に薬が渡り、そして、犯罪組織は売人や配達人へと薬を渡す。

 それから売人や配達人が、直接薬を使用者に渡していた。

 普通に調べたら犯罪組織までしか調査が行き当たらない。そしてその犯罪組織を締め上げたとしても、背後にいるのは裏社会の大物。乱暴な尋問など不可能だ。

 衛兵ではここまでたどり着くことはできないだろう。


「警戒しすぎ、本当手間を掛けさせてくれたわ」


 連日の調査で、ようやくリットは薬を誰からも買わずに渡している男を見つけた。それがこの『屋根歩き』の加護を持つ男だ。

 こいつの背後を洗えば、薬の出所がわかるはずだ。


「…………」

「あら、急に静かになったわね……どうしたの?」


 男は何も応えない。

 口が力なく開き、ぽたりとよだれが落ちた。


「まさか!?」


 英雄リットといえども、やはりブランクで鈍っていた所はある。

 だが、このゾルタンで上級錬金術スキルが必要な“生贄爆弾”が埋め込まれているなどどうして予想できただろうか。


 男の体が破裂し、周囲に衝撃と、緑色をした液体がばらまかれた。


「ちぃ!?」


 素早く後退したリットだったが、避けきれず液体が腕や足にかかる。


「粘着爆弾!」


 トリモチのような粘性を持つそれは粘着爆弾と呼ばれる錬金術の加護が持つ固有スキルだ。

 爆弾の性能を変化させるスキルで、特殊な調合によって作られるその爆弾は錬金術で作られた粘着物をばらまく。


 リットの腕や足に絡まった粘着物は、そう簡単に取れるものではなく、リットの動きを制限していた。


(油断した!)


 男は胸のあたりに大きな穴をあけて倒れていた。即死だろう。


(誰か来る!)


 風を切るような音とともに、顔を布で覆った者が3人、建物の影から姿を表した。

 さっきの爆弾はこいつらを呼ぶためのものでもあったのだ。目撃者を消すために。


 リットは粘着物で制限された両手を動かし、ショーテルを抜こうとするが、


(さっきの粘着爆弾が鞘に!)


 運悪く、粘着物が剣に付着し、鞘に固定されている。力を込めてもショーテルは抜けない。


「シ……」


 3人の覆面が飛びかかってきた。

 精霊魔法を使う暇もない。リットは全身を粘着物に覆われたまま、横に飛んだ。


「グアッ!?」


 飛び退きながら繰り出されたリットの足に覆面の1人が蹴り飛ばされた。

 ゴロゴロと地面を転がり、粗末な造りの家の壁に激突した。


「……常人なら死ぬこともあるんだけどね」


 蹴り飛ばされた男は、軽く頭を振って立ち上がる。


「アサシンの加護……じゃないわね」


 アサシンの加護のような動きだが、どうも違和感がある。


(偽神薬で加護を加えている? でも斧を使っているわけじゃないわよね)


 リットは血を流している自分の左手を見た。

 さっきの接触で二の腕を相手の刃が掠めた。たいした傷ではないのだが……相手は、リットを傷つけられるほどの手練だということだ。


(万全ならなんとかなるけど、せめて剣を抜ければ)


 精霊魔法を使えば身体にまとわりつく粘着物を取り除くこともできるだろうが、相手がそんな隙を見逃してくれるとは思えない。


(こいつらは冒険者ならBランク下位くらいの実力かな。アルベールより強いんじゃないの?)


 剣さえあれば。

 リットは自分の油断に歯噛みした。


(それか、せめて相手が剣を使っていれば)


 覆面の武器は、手甲鉤テッコウカギ。拳に装着する武器で、鉄の爪が三本伸びた形状をしたものだ。

 あれを奪い取るのは困難だし、奪い取ったとしてリットにも扱ったことのない武器だった。


 リットは懐に入っている、投げナイフを取り出す。

 本来は遠隔武器として使うものだが、今はこれで戦うしかない。


 覆面の男達は自分たちの有利を悟りニヤリと目を細めた。


 その時、大きな影が覆面の頭上を跳んだ。


「ウゲッ!?」


 叩きつけられた拳が、覆面の頭蓋を砕く。

 覆面は一撃で絶命し、地面に崩れ落ちた。


「1人の女に悪党が寄ってたかって」


 男は血の付いた拳を見せつけるように威嚇した。

 リットは思わずまばたきして、眼の前にいる男が見間違いでないことを確認する。

 信じられない、なぜここにこの男が……そうリットは心の中で叫んだ。


「ダナン……!」

「ようリット。こんなところで再会できるとは思わなかったぜ。だが積もる話はこいつらを始末してからだ」


 2人に減った覆面も筋肉に包まれた大男の顔を見て、殺意をみなぎらせた。


「……ナゼお前が!」


 だが、二の句を告げる間もなく、覆面達はダナンの拳で瞬く間に粉砕された。

 文字通りの意味でだ。


 後には、もう人の形をしていない塊が残るだけだった。


☆☆


「水の精霊よ、我が身を清め給え」


 リットが集中して魔法を唱えると、鱗のない魚の姿をした水の精霊が現れ、リットにまとわりつく粘着物と、左腕の傷、そして血の汚れを洗い流した。

 体はきれいになったが、心は晴れない。


「ダナン、なぜあなたがここに?」

「俺もお前さんに同じ疑問を感じてるんだが、まぁいいだろう。アレだ。俺は勇者様に言われてギデオンを探しに来たんだ」


 リットは激しく胸が痛んだ。もちろん、肉体的な傷はない。

 だが、その痛みは先程の斬られた傷とは比べ物にならないほどに痛かった。


「じゃあギデオンを連れていくの?」

「そういう予定だったんだが」


 ダナンは後頭部をガリガリと掻いた。


「まだゾルタンに来て1週間も経っていないんだが、ある程度状況は把握しているつもりだ。……まさかあのギデオンとリットがねぇ」


 ニヤニヤとダナンは笑う。だがすぐに表情を引き締めた。


「俺は何も見なかった。そういうことにして帰るつもりだ」

「え?」

「ギデオンは帰る場所を見つけたんだろ? だったらそれでいい。わざわざ連れ出すことはない」

「本当に!?」


 ダナンは傷だらけの顔で頷いた。


「本当ならリットにも見つからないよう。さっさと出ていくつもりだったんだが……ちと、ここでも悪いことが起きているようでな」


 そう言ってダナンが倒した覆面の死体の覆面を剥ぐ。


「これは……!」


 リットはその姿を見て言葉をなくした。

 死体の頭には角があった。先程まで人間のような形状をしていたはずのその頭は、一本の体毛もなく、ネジ曲がった2つの角だけが突き出ている。


「ストーカーデーモン! デーモンの暗殺者! 中級デーモンがなんでゾルタンに!?」

「分からん。だが思ったよりこの事件、闇が深いぞ」

「……!」

「危ないから手を引け……とは言えんな、正直俺1人では辛い。お前たち2人が協力してくれると嬉しいが……ギデオンの前に姿を表すのはあまり良くないな。あいつは責任感強いから」

「そうね……」

「だから情報交換はリット、お前としたい。俺は、サウスマーシュ区の黒猫亭という宿に泊っている」

「分かったわ」


 それから2人は現在の状況の情報を交換し合った。

 情報を統合すると、やはりさっきの『屋根歩き』は盗賊ギルドの人間、それもビッグホーク派閥の男だと分かった。


「盗賊ギルドが黒幕とは、ちと陳腐だな」

「事件なんてそんなものでしょ?」

「ふむ」


 髭の生えた顎をさすりながらダナンは考え込んでいる。

 リットはしばらくその様子を眺めていたが、特にこれ以上進展もないようなので帰ることにした。


「じゃ、私は戻るわ」

「おう、さっきのように油断するなよ」

「肝に銘じておくわ」


 リットは音も立てずに去っていった。

 ダナンはリットの走り去る気配を感じながら、感慨深そうに唸る。


「ギデオンがいることは知っていたが、まさかリットもいるとは。世の理とはなんと面白い」


 ダナンの姿をしたソレは宿に戻るために歩き始めた。


「片腕しか食えなかったから記憶が不完全だ。ダナンのことをよく知るギデオンに会うのは拙かろう。デーモンどもの企みを破るまでは隠しおおせるといいが」


 ソレはダナンが本来する笑顔とは全く別の種類の笑みを浮かべて夜道を歩いて行った。


☆☆


 同刻。

 海辺の村。


「おお、気がついたぞ!」


 ダナンは目を開けた。

 どうやらどこかの村に漂着したようだ。

 猛烈な空腹感に襲われ、ダナンは弱々しく言葉を発した。


「め、メシをくれ」

「まぁ待ちなされ、まずは白湯を飲むのがよろしかろう」


 欠けたコップに注がれた白湯を渡され、ダナンは一気に煽る。

 途端、胃袋が痙攣し、激しい吐き気に襲われる……が、


「美味い!」

「なんと、普通、最初の一口は胃が受け付けないもんなんじゃが」


 ゴクゴクと喉を鳴らして白湯を飲むダナンの姿に、村人は呆れていた。


「とんでもないお人じゃ。1週間も意識が戻らなかったというのに」

「1週間だと!?」


 ダナンは肘から先が無くなった右手を見る。

 不覚を取った屈辱で顔が紫色に変わった。


「あの野郎おおおお! どうやって生き延びたのか知らんが、次あったら絶対に殺す!」


 たしかにあいつは殺したはずだ。ギデオンが剣で首を落としたのを確かに見た。


 アスラデーモンのシサンダン。


 ロガーヴィア公国の近衛兵団隊長のガイウスに成り代わり、裏から国を滅ぼそうとした魔王軍の将軍。

 ダナンを襲った相手は、間違いなくあのアスラデーモンだった。


「ちょうどいい、いくらでも生き返るならとりあえず10回くらい殺そう! そう決めた!」


 拳を突き上げてダナンはリベンジを宣言する。

 村人達は、お互いに顔を見合わせて、この超人かつ変人が何者かを予想し合っていた。

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