02_井戸掘り職人たち_2/3
旧来の知人であるらしい、表面で光を虹色に反射する大きな水銀の粒のような、基本的には不定形のそれを目の前に、トメは銀河標準信号語をタップダンスのように床で奏でながら、同時に銀河標準体現語でもって話し始める。
その一連の動きはふらつきも澱みもなく、時に激しく、時に緩やかになりながら、いかにもひとつの踊りのように、流暢に言葉を紡いでいた。
銀河標準音声語会話……主にチハと音声で会話する時……との時間的差異がほとんど感じられない、流暢な発言だった。
それに対して球形のそれは、その身体の上部から一本、触手のような腕をにゅるりと伸ばし、先端から二又に分かれた部分とあわせ、すいすいと前後に左右に、あるいは上下に舞い踊り、またくるくると動くさまはトメの動きとシンクロして、その間声のひとつも発していない二人の間には、確かに
通じ合うものがあるのが確かに見て取れた。
[お久し振り……で良いんですかね? 銀河標準時では四〇年ほど振りですが]
《我々は群体であって個の概念はないですからね。『あの時』の我々と『今』の我々は別物ですが『同一』ですよ。『お久し振り』です。ツギ駅長代理》
[仕事の調子はどうです? ……『トゥーヤ』のことも気になりますが。あと、当世個体名は『トメ』となります]
《了解しましたトメ駅長代理。……まあ、ぼちぼちですね。『エズンガル』『フュカヅヴ』他のブラック・ホールは甲殻化して電力生産も安定していますし、『エソンセク』『ンポォーフェ』他も泡化や群化に移行しています》
《……『トゥーヤ』は……あれは大概特殊過ぎて。慣性錨も力場網も何度も展開させてはいるのですけどね。今のところ速度も重力勾配も特に変化なし。どころか、宇宙ジェットで焼き切られる始末ですよ》
[四〇年かそこらでは当たり前に大きな変化はなし、と言ったところですかね。我々の大半の時間感覚だと結構な時間ではあるのですけど]
《まあ、やむなしでしょう。とは言え、トゥーヤのアウトバーストを見ていますとね、思うんですよ。アレは重力偏差密度の低いところを辿っているような軌道で迷走遷移してるようで》
[……まさか]
《そのまさかも有り得るのではないかと。次の評議会にでも提出しようと思っています》
[評議会も意思疎通方法の模索にてんてこ舞いになりそうですね。新しい型でしょう?]
《そうですね。当面は便宜上ケイ素系として分類されるのでしょうが……どうなるものやら》
[ヒドロイド以外をひとまとめにソレノイドに分類するのも乱暴ではあると思うんですけどね]
《我々としてはあまり気にしてないのが大半なんですがね》
そんな二人のやり取りを、チハは翻訳投影を通してフキダシ表示にした字幕で眺めていた。
決して話せない訳ではないし、聞けない訳でもない。苦手なだけだ。
信号語も体言語も、標準語程度ならばひと通り会話は可能だが、目の前の二人の会話はあまりにも流暢過ぎてチハの脳内翻訳では間に合わなかったからだ。
《とりあえず、汎銀河独立国家共和国連邦航空宇宙運輸事業団独立防衛戦闘部隊デルタSVの姿を借りても?》
[私としては構いませんが。……最近のモード誌です。衣装は適当に見繕ってください]
てのひらの上にポンと呼び出したファッションカタログの縁を、ひとさし指ですい、とスライドさせて、「それ」の脇に滑らせる。
「それ」は「それ」で生やした触腕を使い、ぺらりぺらりとページをめくる。
時折、ふるふると表面に虹色の細波と小さな紫電を奔らせ、所々をひらひらと変化させる「それ」のさまは、ファッション雑誌に掲載された服の組み合わせを楽しんでいる様にも見えた。




