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00_プロローグ_2/3

 先に動いたのは、小さな女の方だった。

 体高はおよそ一・三メートルになるか、ならないか。艶々とした、腰まである長さのハニー・ブロンドに、白磁のようなきめの細かい肌。アクアマリンの瞳の、その少女とも言える容貌は、今時分になっては珍しい、純血の地球人(テラリアン)の、コーカソイド種のようにも見える。

 その少女が、堂々としたソプラノで、朗々と言の葉を紡ぐ。そこに迷いや戸惑いはない。

 彼女にとって、これらの手順は日常の一部でしかないのだ。

「星暦標準時一九八九(ヒトキュウハチキュウ)〇一〇一(マルヒトマルヒト)〇〇(マルマル)時。ステーション・アモリ駅長代理、トメ=一一一六(ヒトヒトヒトロク)=金木より、ステーション・ハクディトへ業務連絡。全星間連絡船の離岸、および接岸の完了を確認」

 その少女の、堂々とした態度と音声による連絡を受けた身体の大きな女の方は、眼を潤ませ、昂る感情を堪えながら、それでもホールに響き渡れと言わんばかりの大声を張り上げて、復唱をし始める。

「一九八九、〇一〇一、〇〇時! ステーション・ハクディト星間連絡船航行部々長! チハ=ヌイ=タキアより、ステーション・アモリへ! 全星間連絡船の離岸、および接岸の完了を確認、了解! 星暦一九八九、〇一〇一、〇〇時! ステーション・ハクディトより、ステーション・アモリへ、業務連絡! 全星間連絡船の離岸、および接岸の完了を確認!」

 体高一・七メートル程の彼女の、おおいぬ座星系人特有の、動物のものに似た尖った耳と、腰から生えているふさふさとした尻尾が、言葉を紡ぐごとに、段々としょぼくれ、垂れてくる。

「一九八九、〇一〇一、〇〇時。ステーション・アモリより、ステーション・ハクディトへ。全星間連絡船の離岸、および接岸の完了を確認、了解」

「ステーション・ハクディトっより! 全、星間連絡、船! 業務終りょっ……を、確認!」

 従順なイヌ科の動物の様な、黒目がちで円い目からは、涙が堰を切ったかの様に溢れ、言葉も徐々に切れ切れになってくる。

「ステーション・アモリより、全星間連絡船、業務終了を確認、了解」


 超時空間通信により、生命居住可能領域(ハビタブルゾーン)……それが意味する生命体は地球人類(テラリアン)に限らない……内ならば、タイムラグなどほぼ無しに連絡を取り合うことが出来るこの当世である。

 にもかかわらず、わざわざ顔を突き合わせ、口頭による伝達と復唱による確認は、時代錯誤(アナクロ)気質も甚だしいが、古式ゆかしいこの方法は、彼女らと彼女らの組織にとって、指差し確認と同様に、知性体(ナレッジ)・エラーを回避するために有効な方法であると信じられ、また実行され続けていた。

 もちろん小さな騒動は……大きな騒動も……起こったこともある物の、ステーションが壊滅する様な大事はほぼ全て、大事になる前、小事の段階で、その芽を摘みきった実績で、カテゴリ・(イエロー)以上の案件は、今もなおこうして、それなりの「役職付」の伝達と復唱によって行われ続けていた。


 トメは、頭一つ二つばかり大きい彼女の顔を見つめながら、さらに言葉を重ねて行く。

「全星間連絡船定期便、全船就航完了を確認。一九八九、〇一〇一、〇〇時」

「ステっショ、ハク、ディトっ! ぜ……っ、星間れ、ぁぐせっ、て……ぎびっ! 就ごっ、ぁんりょを確にぅ! ひときゅ、はちきゅっ! ばるひと、ばるひと! ばるばるじ! りょがぃ!」

 もはやその顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、むせび泣きながら、チハは、コード(レッド)、つまり特級連絡事項連絡要員として、「ここ」に訪れている。そして、その責任は、彼女の肩書きに懸けて、果たされなければならない。

「ステーション・アモリ、了解」

 彼女が、そんな醜態とさえ言える姿を晒してでも果たされなければならない、コード(レッド)

 それは。


「星間連絡船アモリ・ハクディト航路。星暦標準時一九八九、〇一〇一、〇〇時。廃止確認」

 相対する二人にとって、それは、ある意味では死刑宣告だった。

 自らが就いている仕事と、職場の廃止の報告と認証なのだから。


 滂沱し、ひきつけさえ起こしかけて肩を震わせているチハに、トメは、優しい視線を送ると、ほんの僅かに頷いて、そして、決して声には出さないものの、その唇は、小さく、しかし確かに「頑張って」と動いていた。

 あと一言。

 あと一言で、チハの任務は果たされる。

 しかしそれは、同時に彼女が物心付く前から見続け、育ち、憧れ、目指し、働いてきた、星間連絡船に対する、最後通告でもあるのだ。

 言いたくない。

 大好きだった星間連絡船に、引導など渡したくはない。

 言わなければならない。

 誰よりも星間連絡船を愛し、携わってきたからこそ。

「廃、止、確にぅ! か……りょっ! しば、したっ!」

 どこか現実離れしたところを、ふわふわと飛んでいる。チハは今、そんな気分だった。

 ぺたりと頬に触れた手が、それを急激に現実に引き戻す。

 見れば、それはトメ駅長代理で。

「チハ。頑張った」

 それだけ言って、頬に触れた指先で、昔と同じく撫でこ撫でこしてくれる。

「……お母さ……っお母さああああああん!!」

 それが嬉しくて、チハも、トメの胸に顔を埋めてわんわんと泣く。

 すっかり床に押し倒された格好ではあったが、そんな泣きじゃくる「娘」の頭を撫でたり、背中をさすったりしてあやしてやるトメの目は、我が子を見守る母親のそれだった。

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