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歳を重ねた者たち

「あ、宿屋のおばあちゃん」

「あんたか」


「すみません、しばらく宿に戻らないままで」

「いいって。アルバート殿から話は聞いている。それより、あんたの方こそ、大丈夫かい?」


 アルバート様……。

 私の知らないうちに、きちんと伝えてくれてる。あの人には感謝しないと。


「大丈夫……とは言えないですけど、目標は決まりました」

「そうかい。辛くなったら、頼ってくれてもいいんだよ?」


 私に対して、緑葉亭のおばあちゃんは笑いかけてくれる。

 しわでいっぱいになったその顔を晴れやかに見せつける。ああ、確かにこの顔、辛い時に見せられたら、蒼真みたいに泣いちゃいそう。


 このおばあちゃん、本当に良い人だ。


「ありがとうございます。私は私なりに頑張ってみます」

「良い顔をするようになったね」


「そう……ですか?」


 正直自分でも疑問だった。

 このおばあちゃんの言葉の意味は分かるけど、私がそんなふうになっているとは思えなかった。


「いや、前に見たときはどこか覇気がなかった。そう、自分自身何がしたいのか、それが分からぬまま、ただ彼についていっているようにも私の目には映ったんだよ」

「そう……かもしれないですね」


 アルバート様に言われて、自分自身がどうしたいのか悩んだ時のことを想い返す。


 そう、私は蒼真のために何かをしたいという理由のために動いていて、それは結局自分で考えるのをやめていただけだった。

 蒼真のすることをサポートし続ける、それも確かに立派な目標の一つだろう。


 実際、仕事として、執事という者がいるのからも分かるように、誰かのサポートをしながら生きていくというのは十分なものなのだとは思う。


 けど、仕事のそれと私のそれは違った。


 だから、蒼真がいなくなって、私はどう動けばいいのか全くわからなくなってしまった。

 だから、こうして、自分でこうしようと考えて動くまでに時間がかかってしまった。


「ただ、一人で無理はしなさんな。あんたの周りにはたくさん頼ってもいい人がいる。私だってそう、アルバート殿だってそうだ」


 アルバート様は私が鉱山へ行こうとするなら、その手伝いをしてくれるだろう。


 私は一人じゃ弱い。

 一人じゃ迷ったら、立ち止まって周りすら見えなくなってしまうほどに脆い。


「私は一人じゃないんですよね」


 けど、そんな私のことをアルバート様は想って行動してくださったし、見知らぬ店主は優しく接してくれた。

 さらに、目の前のおばあちゃんだって、私のことを慰めてくれてる。


「そうだよ。だから、頼りなさい。そして、こんな可愛い女の子を残していくようなバカをさっさと連れ戻して、私のところに来なよ。いつだって、私はあんたたちを歓迎する」


 おばあちゃんは、あんたたちという部分を強調して私に言った。

 その言葉の意味ぐらい分かる。


 知ってる。


 蒼真と二人できちんと宿屋まで帰ってこいってことだってことぐらい分かってる。

 まだどうなるかは分からないけど、私は私なりにやれることをやってみせる。


「ありがとう。きっと見つける。見つけて、また泊まらせてもらいます」

「うんうん、その意気だ。頑張れ。ちょっとばかりぶらぶらしていくから、私はこの辺で失礼するよ」


 そう言って、おばあちゃんはそそくさと、私のそばから去っていく。

 もう高齢ということもあり、腰が曲がって小さくなった背のおばあちゃん。弱弱しくも、彼女はしっかりと歩いていく。


「それでは、また」


 そんな背中を見ながら、そう一言だけ告げると、自分が進むために歩み始めた。



 人通りの少ない通りを迷うことなくするすると進んで行き、アルバートの屋敷へと着いた私は、門の前で警備をしている者に顔を一瞥されると、何も言われることなく、そこを通された。


 アルバート様の配慮によって、すぐに通れるようにしてもらっている。

 そんなことでもなければ、まずはあの警備の者に呼び止められて、入るために色々としなければならない。


 現に、一人の警備の者と一人の男が話し込んでいる。

 男の片手には、様々な金属がつめられた袋が、そして、もう一方の手には丸められた紙が何枚か握られている。


「この金属は……」

「駄目だ、今は……」


 遠くにいるから、よくは聞き取れないが、あの金属が関係した取引といったところだろうか。


 ドラゴンの鱗などという高級品は、滅多に見ることが出来ない特別品だからこそ、私と蒼真はすぐに入れたのだろうなぁ……。


 けどまぁ、今の私には関係ないことよね。



 そう思いながら、アルバート様の屋敷の敷地に入り込んだ瞬間、私は違和感に気付いた。


 なに、これ?

 まるで、この敷地だけ別の空間みたいじゃない。


 これがまさか、結界っていう物なの?

 今までなんで気づかなかったの?


 なんていうんだろう。肌を撫でる空気、踏み込む地面の感触、何もかもが違うような。


「この結界を認識できるようになったんだね」

「アルバート……様?」


「これはある程度熟練した魔法使いではないと見る事および感じることが叶わない結界さ。と言っても、これは導入したばかりなんだがね」

「どうして、このような物を?」

「第一に、悪魔という存在への対処さ。こんなものじゃ気休めにしかならないだろうけども、この結界は魔の者に対して有害だが、私たちには無害なのだよ」


「第一にということは、他にも理由が?」


「私たちのそばにいる者たちの力量を改めて測ろうと思ってね。これを認識できるか出来ないかは私の護衛として働けるか働けないかのラインでもある」

「……」


「悪魔という存在が動いているならば、私は私なりに動かないといけないからね」


 そうアルバートは険しい表情で言葉を告げる。


「ただ、君の顔を見るに、君自身の用件もあるのだろう? この話はここまでとしようかね?」


「アルバート様、お時間はありますか?」

「うむ、今は時間がないな」


 少し考えた後の返答。

 それはアルバートの商人としての時間かそれとも魔法使いとしての時間か。いずれにせよ、彼にとって必要な時間なんだろうな。


 なら。

「いつなら……」

 大丈夫ですか?

 そう聞こうとした時だ。


「ただ、時間は作るものだ。ちょっと君いいかね?」


 私の言葉を遮るようにして、近くにいた一人の執事に声をかけた。


「はい」


 そして、その執事も突然の呼びかけに対して、即座に反応し、アルバート様のそばへと駆け寄る。


 白髪で長身の老人。

 顔に一直線に走る古傷や加齢によるシミやしわは、彼が重ねてきた年月の長さを物語っている。


 彼は朗らかな笑みを浮かべながら、アルバート様に対して一礼する。


「これから予定していた会議を明日に延期したいと、第三通りのケイネック商店の店主に伝えてくれ。重要案件が舞い込んできて、私自身がそちらに赴くことが出来なくなったと伝えれば、彼なら分かってくれるはずだ」

「分かりました。今すぐ伝えてまいります」


 老人とは思えぬ軽やかな足取りから、足腰が十分に鍛えられているのが分かる。彼は魔法を使っていないのだから。


 見立てでは、七十代後半にさしかかっていてもおかしくないとは思うんだけど、あれだけの体力を維持しているのは相当な物だよね。


「さて、時間は出来た。行こうか」

「えっと……、いいんですか……?」


 私は思わず聞いてしまった。

 商談と言う仕事の一つを放棄してまで、私の話に付き合ってもらっていいのかという思いから。


「いいのだよ。私は君のために出来る事なら、サポートしていくと言ったじゃないか。それにあそこの店主は私の親友でね、最悪いつでも話せるのだよ」

「分かり……ました。ありがとうございます」


「ふむ。では色々話すことにしようか。ついてきなさい」


 そうして、アルバート様は歩き始めた。


 私自身がこれからどうするかだけじゃない。

 悪魔、それがどういうものなのか、それについてもきちんと話をしなきゃ。


 そんな思いを胸に、私はアルバート様の後ろをついていく。


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