感情と実力
もう何度打ち返したことだろう。
もう何度受け止めきれずに血を流したことだろう。
もうエイダがいなくなってからどれだけの時間が過ぎたのだろう。
俺には分からない。
もうわからない。
それほどまでの余裕はない。
打ち返すたびに傷が増えていく。
まだ致命傷はない。腕が飛んだりはしていない。
だが、時折放たれる魔法や悪魔の爪が俺の体を蝕んでいるのは、はっきりとわかる事実だ。
現に、身体強化で定義し、動かせる状況にしているはずの体も、徐々に動きが悪くなりつつある。
致命傷に至るのも時間の問題だ。
苦しい。
死ぬほど苦しい。
だが、それに対して、悪魔は最初の銃弾だけしか傷がついていなかった。
人間という矮小な生物を蔑む目と嘲り笑う口がそこに余裕があることを物語っている。
おそらく、彼は俺をいかに殺そうか考えているのだろう。
初撃を当てる権利を俺に与えたのもそうだ。
あくまで、すぐに殺してしまっては面白くないという思いがあるからこそ、じわじわと傷をつけている。
俺が苦しいと感じるように。
戦えていると勘違いさせるために。
最高の苦しみを与えて、殺そうとしている。
このくろやろうが。
そう心の中でぼやくものの、これは負け犬の遠吠えに過ぎない。勝てない者が勝者に対して、いちゃもんをつけているのと等価だ。
わかっている。
悪魔の掌の上で転がらされていることぐらいわかっている。
だが、その手のひらから抜け出すことは叶わない。
それほどの実力もない。
だとしても、俺は必死に戦い続ける。
たとえ、どんなにみじめだろうと。
たとえ、どんなに苦しもうと。
たとえ、どんなに体が休息を求めようと。
「さて、つまらなくなってきたな。そろそろ死ねよ」
だが、そのあがきすら許されなくなった。
一瞬。
身体強化で銃弾すらスローモーションに見えるほどに強化されたその眼でとらえることができない、本当の意味での一瞬。
見ることすらかなわなかったのだから、それはそうなのだろう。
両腕が肩から飛んだ。
そこにあって当然の人間の部位が切り飛ばされた。
だが、そう認識した瞬間。
両太ももから下も切り飛ばされた。
俺の体は空中に浮かぶ。
そして、重力という誰も抗えぬ力が俺の胴体にかかり、地面にたたきつける。
背中に衝撃が生じる。
もう動かせない。
高周波ブレードはもちろん、銃も扱えない。さらに言うなら、腕を切り飛ばされたおかげで、それらの武器は遠くに飛ばされて、近くにもない。
「くそが」
もうだめなのか。
まだ何か手はないのか。
まだこの危機を脱するための手段があるのではないか。
思考するのをやめてはならない。思考するのをやめては完全に負けてしまう。死んでしまう。
そう思いながら、俺は悪魔のことを窺い見る。
すると、悪魔はにやりと笑って、右手の指をはじいた。
真っ黒な杭。
それが五本出現したかと思うと、そのうち四本が体の節々に突き刺さった。
両肩と両太もも。その杭は深く突き刺さっているのか、体を動かそうとしても全く動けなくなってしまっている。
もう体を動かすことすらかなわなくなったわけである。
唯一動かせるのは頭の部分のみ。
だが、俺は体が動かせないことよりも、違うことが気になっていた。
それは、変な感覚だ。
杭が刺さった部分を中心として、その違和感を感じた。直感的に理解できたのは、単に何かが肉を貫いているときとは違うということ。
そう、言うなら、不快なのだ。まるで、何かが俺のことを蝕んでいくかのような感覚がする。
だから、まだ動く首を起き上がらせて、杭が刺さった場所を見た。
すると、刺さった個所を中心として、徐々に黒く染まりゆく皮膚。それは禍々しさをはっきりと感じられるような黒。
そう、言うなら、先ほどのコカトリスのような。
コカトリスのような……?
これはまさか。
「その驚愕と恐怖に滲んだ顔良いねぇ。そう、お前を黒化するのが俺の目的。殺すなんて言うのはブラフさ。味方を放置しておいたのは、どこかに行ってもらったほうが都合がいいからに過ぎないんだよ」
都合がいいというのには引っかかる。
だが、引っかかろうとなんだろうと、俺には今何も出来ない。
手は尽くした。
残された杭の最後一本がどこに打ち込まれるのかぐらい想像がつく。
心臓もしくは頭という致命傷になり得る箇所。
貫かれれば、俺の生命は潰え、それと同時に黒化して、人としてはいられなくなるのだろう。
ああ、生きたかった。
生きて、エイダに返事をしたかった。初めて受けた告白の答えを返したかった。
俺が元の世界のこと、この世界のこと、様々なこと、まだ全くと言っていいほど、けりがついていない。
なのに、俺は。
「ばいばい。そして、ようこそ」
悪魔はそう言い放つと、その杭を心臓に向けて、動かし始めた。




