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最初の試練

「あんたらの部屋は、一番奥の一○五号室な。これが鍵だから」

「はい。ありがとうございます」


 老婆は去っていく。

 よろよろとした足取りで。


 そんな彼女には先ほどまでの気迫は見受けられない。


 彼女はあくまで老婆であり、魔法が使えると言っても、自由に使い続けられるほどの力が残っているわけではないのだ。


 そんな姿を見ながらも、俺たちは歩き出す。

 自分たちの部屋、一○五号室に向かって。


「ここか」


 俺は鍵を入れ、そこを開く。


 ちなみに、この世界における鍵は、元いた世界の鍵とほぼ同等の物のようである。良くわからない形状の金属を鍵穴に刺し込んで、回す。


 ただ、それだけ。

 と言っても、そこまで精度よく作られている物でもないから、コピーしようと思えば、簡単にコピーできそうでもある。


「やっぱ、ここは片付いているなぁ」


 部屋の中に入って最初の一言。

 そう片付いている。


 宿の外の外観を見る限りだと、部屋の内装もケチって、碌なものではないだろうという先入観があるのだ。


 それゆえに、実際に見ると、驚く。


 シンプルに木だけで作られた部屋。


 壁、床、天井、どれも研磨が施され、表面は滑らかだ。そして、質素な木で作られたベッドに敷かれる布団は、柔らかく、じっくり眠れそうである。


 そこに、寝る上で不要なものはないかと言うと、そうでもなく、遠慮がちに一輪の花が花瓶に備え付けられている。


「では、そこに座って、さっそく話を始めよう」


 俺が座るように指示したのはベッド。


 二つ置かれたベッドにはそれぞれ五十センチほどの間隔があり、今朝のようなことは起きないようになっている。


「電話について、まず聞きたいことはないか?」


 俺とエイダ二人とも、腰掛けたことを確認してから、俺は話を始める。


 昨日のように、自分たちで寝る場所から食事まで用意しなければならないというわけではないから、そこまで急ぐ必要はない。


 ただ、電話というのはこの世界にない物。

 色々と彼女自身聞きたいこともあるだろうと思ったのだ。


「そうですね。その電話というのは、どこの誰とでも自由に通話できるのですか?」

「いや、違う。ある程度制限がある。理想的には、制限なしまで持っていくことが可能だが、それをすると、年単位で動かなければならない」


 そう、制限はある。

 性能は劣化し、制限もある。


 正直言って、今から作るものは、元いた世界の電話の劣化版にすぎない。


 宮本正邦であれば、現代に存在するモノをそのまんま、いや、それどころかそれ以上のモノをこの世界にもたらすことが出来るだろう。


 だが、俺はあくまで電話がどういう原理なのかを知っているに過ぎない。


 原理を知っているから、作れるか。

 原理通りにうまくいくのか。


 そうとは限らないことぐらいわかっている。何度か作り直しも必要となるだろうと知っている。


 けれど、この世界に宮本正邦が追求したのはリアルさ。


 二カ月の期間があれば、出来るはずだ。いや、成し遂げなければならない。


 成し遂げることが出来なければ、他のβテストプレイヤーに比べて元々のスペックが劣っている俺がゲームクリアするなど夢のまた夢だ。


 そして、いかに元の世界から見れば、低性能な物となったとしても、この世界にとってみれば、電話というのは非常に便利なものとなるはずだ。



 特に、この商業都市では流行ってもおかしくない代物。


「この街の内部限定。さらに、購入していただいた方から順番につなげるようにしていく」


 その言葉を口にした瞬間、少しだけエイダが残念そうに唇をきゅっと噛みしめたのを俺は見た。


 ああ、そうか。

 見えない相手との会話。


 それは、彼女の家族との会話を可能にするかもしれないという一途な希望を招いてしまっていたのか。


 それに対して、申し訳ないと思う。


 だが、彼女はそれについて口にすることはない。

 それには触れることなく、彼女は別のことを口にした。


「そこについては詳しい説明でも触れるんですよね?」

「ああ。どういう仕組みでやっていくのか分かれば、どうしてこうする、というか、こうなるのかは分かるはずだ」


 彼女は、自分の思考を、まざまざと見せつけるようなことはしなかった。

 見せたのは先ほどの一回だけ。


 といっても、これは仕方ないと俺は分かっている。言葉にしないだけ、十分すごいと思う。


 彼女が口にしないのなら、それは彼女自身の決断の意思を持ってのことだ。


 それに触れる必要はない。

 いや、触れるべきではない。


「とりあえず、それだけです。あとは説明を聞いた後にさせてほしいです」

「分かった。では、具体的な話をしていこうか」


 さて、これからだ。

 これから、どう分かりやすく、彼女に伝えるかだ。


 エイダという俺とは別の世界に住んでいた人間に対して。

 それが出来なければ、そもそも、この電話というのを作っても、意味をなさない。大量生産していく上では、当然人手がいる。


 そのためには作る側に、どのような物がいり、どのような組み立てによって成り立たせ、どのように電話線等を用意するのかについても理解してもらわなければならない。


 一人相手に理解してもらうのが困難であれば、大人数に理解してもらうのは不可能と言っても過言ではない。


 そう、これが最初の試練だ。


 俺はそのような思いを胸に、気を引き締めていく。


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