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007.好色王と当たりの強い母


「セイラ・バファイ・リンドバーグです」


 そう名乗ったのは、十六歳の少女だった。本人がそう言っていたので、目算などではない。


 そこは私に与えられた部屋ーー部屋と呼ぶには広すぎる、"区画"と呼称すべき場所の一部。


 何故、こんな事になっているのか。

 話は少し前まで遡る。


 * * *


「アリアリーシェよ。大きくなったなぁ」


 そう言って父様が私達の住む部屋を訪れ、私を抱き上げたのは、私が二歳を迎える頃だった。

 産後は全く訪れなかったのだが、成長するにつれ頻度が増えていった。


 母様は、


「手のかかる時期は避けて、子供が一番可愛い時期にだけ来たのよ」


 と毒付いていたが、普通に出産で情緒の乱れる母様を気遣っただけだと思う。だって、父様が来るたびに部屋が大掃除されるのだから。

 国王を迎えるから必要な事とはいえ、あんな事を毎度毎度やられてはたまったものじゃないだろう。


 まあそんなこんなで、父様の訪問は珍事ではなかった。月に一回程度で行われていたのだ。


 だから、珍しいのはそっちじゃなく。


「ニアム様。わたくし、このたび妊娠しましたわ」


 お腹をさすりながらそう報告する、ルーシー義母様だった。


 * * *


「……シエンナとの婚約発表といい、あなたは本当にサプライズが好きなのね」


 つい驚いてしまった母様が、負け惜しむ。それを見て機嫌を良くする父様。


「そなたの驚く顔はそうそう見れるものではないからのう」

「そういえば、あの時は最悪のタイミングだったわね。閉会した後にサプライズなんて……帰る貴族がいてもおかしくないのよ?」

「だが、他の時ではシエンナを伴えぬであろう?」

「シエンナ様は、グランデンバルグ家の者として注目が集まっておりますものね」

「その通り。そんな中で連れ出せば、何かあると他の貴族共に勘づかれてしまうであろうが」

「勘づくって言うより、最初から分かって……なんでもないわ」


 一応は父様に配慮したのか、言いかけてやめる母様。だが配慮虚しく、言いたい事は伝わってしまったらしい。


「それはまあ……な? あの頃は余も若かった訳だし」

「……陛下は失敗から学ぶ御仁ですのよ」

「別に言い切ってないじゃない」


 母様が雑に応じて、場が沈黙する。


 ていうか、母様って父様には結構当たり強いんだよね。もちろん他の人の悪口も言うんだけど、父様にはそんなに仮面被ってないというか。


「ま、まあまあ。折角の慶事だ、そのような昔の失敗談を持ち出すのはなしにしようじゃないか」

「そうですわね。ええ、それもそうですわ」


 父様の言葉に、ルーシー義母様がこれ幸いとばかりに頷く。


 母様がため息をついた。


「わたしは、そんなもの持ち出してないわよ。言い切ってないなら持ち出した事にはならないわ」

「むぅ……」

「それより、用事はルーシーの妊娠だけなの?」

「おお、そうであった」


 納得出来なさそうな表情を消して、ぽんと手を打つ。

 そして父様は、私を指差した。


「アリアリーシェの事なのだが」


 はえ? 私?


「そろそろ後宮から移し、ニアムから離しても良いのではないかと思ってな」

「それは構わないけれど……侍女はいるの?」

「リンドバーグ家の長女を確保しておる」


 リンドバーグ家の長女。お披露目会の時にいたマーシェちゃんの、姉かな。そういやそんな話もあった。


「よく出来たわね。赤目だから、皆嫌がると思ってたのに」

「アリアリーシェが生まれる前から話はつけておったからの。それに、本人も目の色では判断しないとの事だ」

「なにせ、リンドバーグ家の長女は不倫の末に生まれた子供と言われておりますものね」

「ルーシー、あまり言うな」

「……申し訳ありませんわ」


 ルーシー義母様の言葉を止め、父様が渋い表情になる。

 

「不倫……?」


 母様が眉をひそめた。父様は手を振って誤魔化す。


「なに、あくまでも噂だ。容姿が両親のどちらにも合っていないだけの事。それに本人の能力や人格に問題はない」

「そうですわね。まあ、優秀と呼び声高いリンドバーグ家の長女を、鮮血王女の侍女にするのは、宝の持ち腐れ……というか宝の無駄遣いのような気がしますけれど」


 ルーシー義母様がそう言った途端、空気がピリリとした。


「まだ鮮血王女と言うか」

「ええ、もちろん」

「やけにアリアリーシェへの当たりが強いのだな」

「赤い瞳ですもの、当然でしょう?」


 ルーシー義母様と父様とで睨み合いになり、緊張感が高まる。

 それに割って入ったのは、母様だった。


「陛下、ルーシー。子供もいるのに、そのような怖い顔をするのはおやめなさいな」

「そなたは……」


 まるで他人事の母様に、父様が更に苦い顔をする。

 母様は言い訳のように話す。


「もちろん、陛下がアリアリーシェのために怒っているのは承知の上よ。でも、そういった大人の話は、大人がいる所だけでしましょうよ。いくらアリアリーシェがまだ赤ちゃんだとはいえ」

「はぁ……分かった。じゃあまた今夜にでも話すぞ、ルーシー」


 父様が嘆息し、立ち上がる。ルーシー義母様も一緒にだ。


「話す……口で、ですの? それとも……」

「分かっているであろう?」

「わたくしは今妊娠しておりますの。出来れば、ニアム様かシエンナ様にしていただけると助かりますわ」

「む……それもそうであるな」


 セクハラが見事に不発し、口を曲げる父様。

 そんな父様の肩を叩いて、ルーシー義母様が言った。


「もう。この子を生んだら、その時にたくさんお相手してさしあげますわよ」

「そうか。ならば許す」

「感謝申し上げますわ」


 そしてイチャイチャしながら、この部屋を去っていった。


「……さっきまであんなに険悪だったのに、単純ね」


 その呟きは、ちょっと否定しづらかった。


 * * *


 まあそんな感じで後宮から移され、やって来たのが彼女という訳だ。


 ちなみに、何故私にーー二歳児の私に名乗ったのかは不明である。天然かもしれない。


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